第四章 ~『待ち人来る』~


 現れたクレアを確認し、ギルフォードは手に刺さったナイフを抜く。毒が身体に回っているためか、顔が青くなっていた。


「クレア、頼めるかな」


 血を流す手を一瞥し、クレアはすべてを察する。ギルフォードに駆け寄ると、回復魔法を発動させた。


 癒しの輝きに包み込まれたギルフォードの傷口は塞がり、顔色も良くなっていく。毒が消えた証明だった。


「九死に一生だったね」

「お兄様が無事で良かったです……でも、これからは、こんな無茶をしないでくださいね」

「分かっているさ。でも君が来てくれると信じていたからね」

「お兄様……」


 信頼してくれた嬉しさと、危険な目に遭って欲しくない不安が入り混じる。だがギルフォードの笑みが不安の感情を掻き消してくれた。


「ルインも捕まえたのかな?」

「はい。これで無事、すべての問題が片付きました」

「それは重畳だね」


 ルインとダリアンを現行犯で捕えたのだ。言い逃れもできない。彼らとの争いも終幕を迎えたのだ。


「私をどうするつもりだ?」


 ギルフォードに殴られた衝撃からまだ立ちあがれないのか、ダリアンは倒れながらも訊ねる。


「皇帝陛下に引き渡して、お説教してもらいます」

「お気に入りの王国に手を出したのだ。私は廃嫡かもしれんな」


 帝国と王国の友好関係にヒビを入れるような真似をしたのだ。皇帝の怒りは避けられない。最悪の場合、彼は皇族からただの一般市民に落ちぶれることになる。


「私の夢もこれで終わりか……」

「それほど王国が欲しかったのですか?」

「私は養子であることに劣等感を覚えていたからな。だからこそ誰よりも立派な皇帝を目指していたのだ」


 王国と帝国、二つの大国を支配する偉大な皇帝となるのが彼の夢だった。その夢が崩れたことで、乾いた笑みを零すが、その諦観をクレアが否定する。


「立派な皇帝なら統治で目指せばいいんです。民を幸せにすれば、きっと皆が評価してくれますよ」

「だが私は王国を敵に回した……廃嫡されれば私が皇帝になる道は潰える」

「安心してください。皇帝陛下には謹慎で許して欲しいと伝えておきますから」


 クレアの言葉に、ダリアンは呆然とする。なぜ彼女がこれほどまでに優しいのか理解できなかったからだ。


「同情しているのか?」

「まさか。ただあなたを破滅させるほど悪趣味ではないだけです」

「………」

「それに、もしあなたが皇帝になれば、王国とは長い付き合いになります。二人で協力して、民を幸せにしましょう」


 クレアは和解のために手を差し出す。ダリアンは苦笑を漏らした後、その手を握り返した。


「私の負けだ。人としても、王としてもな。クレアこそが王国の女王に相応しい」


 ダリアンは潔く負けを認める。クレアはギルフォードと目を合わせると、勝利を祝い合うように微笑み合うのだった。


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