第四章 ~『承認の排除★ダリアン視点』~
『ダリアン視点』
アレックスとの密談のため、王都にある彼の屋敷へと到着したダリアンは、小さく息を吐く。
「ここがアレックス公爵の屋敷か……」
無骨な門構えの建物は、審美性よりも実用性を優先されていた。高い塀に囲まれた屋敷の門を潜り、中へと入る。
だが使用人が出迎える気配はない。密談を要求したため、そこに配慮したのだと理解する。
「この屋敷を漁るのは骨が折れそうだ」
ダリアンは捨て子である証拠が残されている可能性を危惧して、すべてを隠滅するつもりだった。狭い屋敷なら証拠を探しても良かったが、目の前に広がる建物では時間がかかってしまう。
「アレックス公爵を始末した後、燃やすとしよう」
王都で火災が起きれば注目が集まり、ダリアンの犯行だと露呈するリスクが増す。しかし捨て子である証拠をそのままにしておくわけにもいかない。
覚悟を決めて、ダリアンは屋敷の扉を開ける。
屋敷の中は薄暗く、窓から差し込む月灯りのおかげで、何とか見える状況だ。
だが向かうべき場所は分かった。廊下の突き当りの部屋から、威嚇するような強い魔力を感じたからだ。その挑発ともいえる魔力に従って部屋の扉を開けると、アレックスが待ち構えていた。
「久しぶりだな、ダリアン」
広い部屋の中央で、アレックスが腕を組んで屹立していた。肉体から棘のような魔力を迸らせて、ダリアンを威嚇している。
敵対的なのは室内に家具が置かれていないことからも察せられた。これは近接戦を得意とするアレックスが戦いやすくするための工夫であり、彼が戦闘を覚悟していることの現れであった。
「俺の事を覚えているか?」
「知らないな」
「お前が赤ん坊の頃にオムツを変えてやったんだぞ」
「…………」
さっそく本題を切り出してきたアレックスに、ダリアンは眉間に皺を寄せる。この場には二人以外に誰もいない。不機嫌になりながらも、彼は本音で語る。
「私が捨て子なのは本当なのか?」
「間違いなくな。俺が生き証人だ」
「そうか……」
「本当は誰にも言うつもりはなかった。クレアにさえもな」
「なら、なぜ話した?」
「俺も悩んだ。だが、お前はクレアから玉座を奪おうとしたからな」
ダリアンの出自について話したのは、アレックスも葛藤した上での結果だった。本当は墓まで持っていくつもりだったと続けると、ダリアンは目を伏せる。
「アレックス公爵、私の出自について話したのは、クレアとギルフォード公爵だけか?」
「ああ。二人は口が固い。お前が大人しくしているなら公言もしないはずだ。これまで通り、第二皇子として生きればいい」
「私を破滅させられるのに情けをかけるとは甘いな」
「まぁ、捨て子とはいえ、先代女王の子供であることに違いはないからな。クレアの害にならないなら、幸せになって欲しいのが本音だ」
「そうか……だが信じられないな。私は他人に命運を握られた状態を放っておけるほど、豪胆ではない」
ダリアンは懐からナイフを取り出す。白銀の刃が月灯りを反射して輝いていた。
「俺に勝つつもりか?」
「私は皇帝になるために戦闘訓練を積んできている。それに貴様の闘い方は知っている。武器を生み出せる錬金魔法で剣を生み出し、近接で振るう。私の最も得意とする相手だ」
ダリアンのナイフが魔力に包まれ、黒く染まっていく。その魔法の正体をアレックスは察する。
「毒の魔法か?」
「私の魔法を見ただけでよく見抜けたな」
「共和国で同じ魔法を使う奴と戦ったことがある。かすっただけで死に至る。厄介な力だな」
「知っているなら話は早い。接近戦では無類の強さを誇る魔法だ。大人しく死を受け入れろ」
「残念だが諦めが悪くてな。それに俺には頼りになる仲間がいるんだ」
アレックスが手を二度鳴らして、合図を送る。すると扉を開いて、金髪蒼眼の整った顔立ちの青年が顔を出した。
「ギルフォード公爵!」
「殺人未遂の現行犯だ。第二皇子といえども、言い逃れはできないよ」
「馬鹿な、貴様の相手はルイン公爵が……」
「ルインならクレアが相手をしているよ。彼女なら、そろそろ決着を付けている頃だろうね」
「…………」
ダリアンはゴクリと息を飲む。ギルフォードは炎や水のような自然を操る。遠くからの攻撃も可能なため、毒のナイフが届かない距離から責められれば近づくことさえできない。天敵ともいえる力の持ち主だった。
「さて、チェックメイトだ」
ギルフォードは宙に水の塊を浮かべると、その照準をダリアンへ向ける。
「諦めて投降するんだ」
「……私は諦めるわけにはいかないのだっ」
ダリアンはナイフをギルフォードに放つ。宙に浮かんだ水が壁となって、ナイフを受け止めるが、その隙に彼はアレックスへと接近する。
隠していた予備のナイフを首元に当てて、ダリアンはアレックスを人質に取る。申し訳なさそうに、アレックスは眉根を下ろした。
「すまん、油断した」
「叔父さんも歳をとって衰えたね……いや、情かな。叔父さんは甘いから」
赤子の頃に育てた経験が、一瞬の油断を産んだのだ。形勢は逆転し、ダリアンは口元に歪な笑みを浮かべる。
「でも油断していたのは僕も一緒か。まさか予備のナイフがあると思わなかったよ」
「ギルフォード公爵、貴様には大人しくしてもらう」
「人質を取られたなら仕方ないね」
ギルフォードは水の魔法を解除すると、両手を挙げる。
「僕からも提案がある。聞いてくれないかな」
「なんだ?」
「叔父さんの代わりに僕が人質になるよ。どうかな?」
「…………」
怪訝な目を向けるダリアンだが、悪い取引ではなかった。天敵のギルフォードさえ無力化できれば、アレックスに対しては勝算があったからだ。
「いいだろう。近づいてこい」
「では遠慮なく」
ギルフォードが少しずつダリアンへと近寄る。
ダリアンはナイフをいつでも投げられるように構える。躱せない距離に足を踏み込めば、始末するつもりでいたからだ。
「馬鹿な男だっ!」
ダリアンがナイフを投げる。必中の距離とタイミングであり、仕留めたと確信を抱く。
だが投擲されたナイフをギルフォードは手で受け止めた。突き刺されたナイフの痛みに耐えながら、彼は無事な拳を振り上げる。
そして勢いを付けた状態でダリアンの顔へと拳を叩き込んだ。鼻を潰され、吹き飛んだ彼は床の上を転がる。
「ば、馬鹿な。そのナイフは毒だぞ……」
鼻から血を流しながら、床に這いつくばるダリアンは戸惑っていた。致死性の毒を盛ったナイフを彼が受け止めると予想していなかったからだ。
「それなら心配ないさ。僕は信じているからね」
「いったい何を……」
「もちろん、頼りになる妹をさ」
ギルフォードの信頼を証明するように、部屋の扉が勢いよく開かれる。クレアが額に汗を浮かべながら現れたのだった。
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