第四章 ~『ルインとの決着』~
アレックスの部下から無法者を捕まえたとの報告が続々と上がってくる。戦場で鍛えられた彼らが、金で雇われただけの男たちに後れを取るはずもない。すべてを未然に防ぐことに成功していた。
(これで本命に集中できますね)
ルインの狙いは王国中の小麦畑を焼くことで、護衛の力を分散させることにある。だからこそ彼は無法者たちに昼の放火を依頼し、彼自身は夜に王家所有の畑を狙うつもりでいたのだ。
クレアはルインを迎え撃つため、王家所有の麦畑へ向かう。そこには見知った顔が腕を組みながら彼女を待っていた。
「お姉様、上手くやりましたわね」
「サーシャ……まずはあなたにお礼を伝えさせてください。助かりました」
クレアはサーシャからすべての計画を知らされていた。村を燃やし注意を引き付けること、王家所有の畑をルインが狙っていること、ダリアンがアレックスの屋敷に向かうこと。そのすべてを事前に聞かされていたからこそ、クレアは事前準備ができたのだ。
「私は帝国に嫁ぎましたが、お姉様の妹ですもの」
「サーシャ……」
「それに反省しましたの。私はもう家族に迷惑をかけたくはありませんわ」
ルインを略奪したことで、クレアは婚約を破棄されてしまった。その責任をサーシャは重く受け止めていた。
だからこそ二度と同じ過ちを繰り返さないと、彼女は姉を守る決断をしたのだ。
「許します。あなたはもう罪の意識を感じる必要はありません」
「お姉様……ですが……」
「これは私の本心ですから。それに、あなたのおかげで大勢の人が救われます。本当に感謝しているんですよ」
「…………ッ」
外は月灯りくらいしか光源がないため薄暗い。だが表情を伺えなくとも、サーシャの目尻に浮かんだ涙だけは、はっきりと輝いて見えた。
「そろそろ約束の時間ですね」
計画通りなら、ルインは姿を現すはずだ。それを信じていると、暗闇に松明の灯りが浮かぶ。
銀髪赤眼の特徴は忘れもしない。ルインのものだった。
「ルイン様、お久しぶりですね」
「クレア、そしてサーシャも。まさか……」
計画ではサーシャがクレアを引き付けておくはずだった。しかし二人が揃って、待ち構えていたのである。さすがの彼も事情を察する。
「裏切ったのか、このクズがっ!」
「あなたに言われてくありませんわ。王国のため、お姉様のため、私は良心を優先しただけですわ」
「うぐっ……まぁいい。私を止められるのはギルフォード公爵くらいのものだ。貴様らが手を組んだところで問題ない」
ルインは畑に火を付け、ギルフォードをおびき寄せるつもりだ。だがクレアたちも勝算がなければ、この場には居ない。
「ルイン様の相手は私で十分です」
「回復魔法しか取り柄のない貴様がか?」
「でも、あなたには勝てますよ」
クレアの余裕の笑みに、ルインは怒りで眉間に皺を寄せる。
「なら俺の力を見せてやる。恐れ慄くがいい」
ルインが空に向かって、手を掲げると、夜空を旋回しながら、巨大な魔物が急降下してくる。
緑の鱗に覆われた蜥蜴に似た外見に加え、巨大な翼を生やしている。獰猛な肉食動物のように鋭い牙を輝かせる魔物は、スカイドラゴン、帝国で最強と名高い怪物だった。
「見ろ、この雄大な姿を! スカイドラゴンを倒せるのはギルフォード公爵くらいのもの。貴様らでは手も足もでまい」
「まともに戦えばそうでしょうね」
クレアは臆さずに、スカイドラゴンへと近づく。ルインは大胆なその行動に戸惑い、指示を出すのが遅れる。
「いま、治してあげますからね」
クレアはスカイドラゴンの身体に触れると、回復魔法を発動する。癒しの力に包み込まれたスカイドラゴンは、雄叫びをあげた。
「ははは、馬鹿か、貴様は。回復魔法に何の意味がある⁉」
「意味ならありますよ」
スカイドラゴンはルインを一瞥すると、そのまま空高く舞い上がった。ルインから逃げるようにその影は闇夜に消えていく。
「ば、馬鹿な、なぜ俺の従属化が解除されたのだ……」
「回復魔法が状態異常の一種として、癒したからです。これであなたを守る魔物はいません。観念してください」
「回復魔法にそんな力が……だ、だが、まだだ。まだ俺は戦える」
ルインは懐からナイフを取り出す。銀色に輝く刃をクレアに向けた。
「魔物がいなくとも、非力な貴様ら相手なら俺だけで十分だ。覚悟するんだな」
「諦めの悪い人ですね。ですが、この展開も予想通りです」
クレアが手をパンと叩くと、小麦畑がゆらゆらと揺れる。姿を現したのは、巨大化した天狐だった。白銀の毛を逆立てながら、ルインを威圧する。
「吾輩の餌食になりたくないなら、大人しくするのじゃ」
「うぐっ……」
圧倒的な戦力差にルインは諦めて膝を突く。ナイフを落として、嗚咽を漏らす。
「き、貴様のせいで俺は破滅だ……やはり最初の婚約がすべて間違いだった。俺はクレアと出会うべきではなかったのだ」
「ルイン、あなたは……」
サーシャがルインに近づくと、目線を合わせるために膝を曲げる。そして彼の頬を平手で叩いた。
「サーシャ、貴様……」
「お姉様は悪くありませんわ。悪いのはあなた。そして――」
サーシャは自分の頬をパンと叩く。白い頬に赤く手形が付いており、手加減していなかったことが分かる。
「私も悪かったですわ。だから罪を償いましょう。ね?」
「……っ……ぅ……」
ルインはすべてを諦めたのかポロポロと涙を零す。サーシャもまた、ダリアンを裏切ったと知られては、離縁となるかもしれない。そうなれば社交界で、持て囃されることはなくなる。彼女としても覚悟しての裏切りだったのだ。
ルインの泣き声が寒空に反響する。その声には後悔が滲んでいたのだった。
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