エピローグ

第43話 俺の目標


 クリアナの処刑から三日。

 未だ喪失感は抜けきらないものの、努めて普段通りに鍛錬をこなし、アナリスとの対話を深めている中。

 俺は唐突に王城に呼び出された。


 いや、むしろ遅すぎたくらいか。

 先王、ハインリッヒは最期の時、エーリヒに俺が特殊な事情を抱えていることを匂わせた。そしてそれは、あの場で俺の魔力を見たエーリヒは重々承知だろう。

 その確認は一刻でも早く行いたかっただろうが、そんな必要な暇も許されないほどに戦後のこの国は危機的な状況にあった。それが呼び出しがここまで遅くなった理由だろう。


 しかし、それもクリアナの犠牲のお蔭でようやく一息つけるようになった。

 そう思って失って間もないクリアナの存在を思い出して心は痛むが、同時に休む間もなく別の問題に対処しなければならないエーリヒには同情を覚えた。まったく王なんてものは、ならなくて済むならそれに越したことはない。


「そんなしかめっ面するな」

 無言の俺の何を勘違いしたか、横を歩くアーサーが俺の頭を乱暴に撫でる。


「エーリヒ兄は賢いし、優しい。今までの生活が変わったりしないさ」

 笑ってしまうほどに見当違いも甚だしい。けれど、それが紛れもなく俺を気遣っての言動なのは嫌というほど伝わるから。


「はい」

 俺は湧き上がる感情を抑えて、ただ素直に頷いた。



   ◇◇◇



 最優先で修復しているのか。

 玉座の前の大通路は、戦闘の傷跡ももうかなり薄くなっていた。

 とはいっても、外壁等の大まかな部分はともかく、細々した内装等はどうしても手がかかるため、今も職人達が作業をしている。


 待たされることしばし。

 玉座の間の扉が開く。


 その扉から、ある一団が姿を現した。

 出てきたのは、白を基調に青で装飾された法衣に身を包んだ老齢の男と、逆に青を基調に白で装飾された法衣を身に着けた二人の従者。


「おや、これはアーサー様。我らのせいでお待たせしてしまいましたかな?」

 老人は柔和な笑みで問うてくる。


「いえ、大して待ってもいませんよ。アレンコフ枢機卿」

 対するアーサーは親しい相手に見せる馴れ馴れしさはなく、似合いもしない恭しさで返す。つまり、お気楽なアーサーをしてそう接しなければならない相手ということだ。


 見覚えはある。人族の間で流行る神聖教とやら。それのこの国の最高権力者が確かこの老人だったはずだ。


「そうですか。いや、しかし申し訳ない」

 重ねて謝罪しながら、老人は俺に視線を落とす。


「おや、これはクリス様」

 如才なく俺まで把握されている。


「夏のお披露目を拝見させていただきましたが、大変素晴らしいものを見させていただきました。あなたほどの才人は、私の長い人生の中でもほとんど見た覚えがありません」

「過分なお言葉を賜り、身に余る光栄です」

「やはり優秀でいらっしゃる」

 老人はどこか嫌らしい笑みに顔を歪める。


「お話し中失礼ながら、我らが王をお待たせしております。謁見に移らせていただければと」

 助け舟を出すようにアーサーが割り込んできた。


「これは大変失礼しました。そうですね、エーリヒ王もアーサー様もお忙しい身であられる」

 老人はあっさり身を引く。


「それでは、我らもこれにて。アーサー様、クリス様。よろしければ一度我が協会にもお越しください」

「ええ。国のことが落ち着きましたら」

 老人の申し出にアーサーは当たり触りのない応対をする。


 老人達は一礼して去っていき、俺達は入れ違いに玉座の間に入室した。




「エーリヒ王、大変お待たせしました」

 玉座の前に進み出て、アーサーが右膝を地について拝手する。まさかのアーサーの礼節を、俺も真似する。


「慣れないことはやめろ。お前にまでそんなことをされると気疲れして仕方ない」

 しかし、王であるエーリヒの側が、アーサーの礼を断った。


「なんだ。玉座での面会だから体裁通りにしたってのに」

 そう不平を口にしながらも、アーサーは早速口調を崩す。


「中々ここから離れられないから来てもらっただけだ。特に気を遣う相手もいないことだしいつも通りで構わないさ」

 エーリヒも苦笑しながら、言葉遣いはラフなものだ。


「そーかよ。それじゃ早速だけどエーリヒ兄。さっきのは」

 アーサーは扉の向こうを親指で示して尋ねる。


「半魔の処刑への賛辞とお決まりの国教化の打診だ」

 エーリヒは苦々しく眉間に皺を寄せる。

 処刑への賛辞という言葉に心がざわつくが、何とか抑え込む。


「しつこい奴等だな」

 俺と同じく気に障ったか。アーサーは吐き捨てるように毒づいた。


「まったくだ」

 エーリヒも頭が痛そうだ。


「まさか応じたわけじゃないよな?」

「当然だ。この件に関しては帝国も拒否しているからな。属国のうちとしても、それを理由にすれば当たり障りなく断れる」

「エーリヒ様。そろそろ本題に入った方がよろしいかと」

 エーリヒとアーサーが神聖教について話していると、エーリヒの後ろに控えた白髪の男が声をかけてくる。確か王に使える執事長だ。


「ああ、そうだな」

 その声掛けにエーリヒも思い出したように視線を俺に向ける。


「さて、それではクリス。君を呼び出した理由はわかっているな?」

「はい」


 ハインリッヒは死の間際に、俺に秘密があることを暗に示した。新しく王となったエーリヒにはこのことを話さざるを得ないだろう。

 しかし、エーリヒにはそうだとしても。

 俺は玉座の間にいる複数の人間に視線を巡らせた。


「エーリヒ兄。悪いが、俺達以外をこの部屋から退室させてくれ」

 エーリヒがこめかみをピクリと反応させる。


「アーサー様。それは承服しかねます」

 王と王弟の会話に、無遠慮な声が割り込んだ。


「我が責務は王の護衛。断じてその身を一人にするわけにはまいりません」

 王の左右に立つ二人の騎士が、腰の鞘をカチャリと鳴らした。


「我が力の不足で、偉大な王を失いました。断固として、ここで新たな王まで失うわけにはいかんのです」


 その言葉に思い出す。王の右手に控え今話している声は、半魔襲撃の際に玉座の間に続く大通路で老人と戦っていた全身鎧フルプレートアーマーの騎士、そして反対の左側に立つのは半魔の侵入地点で巨体の半魔に対処していた騎士だ。


「ということだが?」

 エーリヒはアーサーと俺を見る。その視線はどうするのかと言外に問うている。


「それでもだ」

 それをアーサーは真っ直ぐに見返した。


 エーリヒはふと気が抜けたように笑う。


「わかった」

「「王っ!」」

 エーリヒの承服に、二人の騎士は叫んだ。先ほどから無礼極まりないが、それでも職責を果たそうとする姿は、先に果たせなかった使命の後悔ゆえか。


「アーサーが何かするなんて思えないだろ? それにだったら、もっといいタイミングは幾らでもある」

 尚も言いつのろうとする騎士の言葉を遮って、エーリヒは続ける。


「ただクラヴェールは同席させてもらうよ。多分、彼には動いてもらうこともあるだろうからね」

「わかった。悪い、恩に着る」

「いいさ」

 エーリヒとアーサーは二人だけで話を進める。


 騎士達は反論しようとするが、


「申し訳ないフィンリル、ハーヴェル。これは家族の、ヴァーンハイム王家の問題だ」

 エーリヒは有無を言わさない。


「何かあればすぐに思念共有で呼ぶ。衛兵と共に扉の向こうで待機してくれ。これは王命だよ」

「……承知いたしました」


 そうとまで言われてしまえば、主君に仕える身である彼らは従うしかない。

 納得は見せずとも、騎士達は玉座の間から退出していった。



「さて、人払いは済んだ。クラヴェール」

「はい」

 エーリヒに呼ばれ、白髪の男は人差し指を立てる。その指から魔力が放出され、俺達の周囲に結界のようなものを張る。


「これでここから先の話が漏れることはない。君の秘密を教えてもらおうか」

 エーリヒが俺を見る。アーサーも気遣うように俺を見る。


 そのアーサーの気遣いに、俺は首を横に振った。


「僕……いや、俺は、魔族の生まれ変わりです」

 俺の告白に、エーリヒは目を見開いた。

 痛いような無言が、玉座の間を支配した。


「……冗談で言っているのかい?」

 ようやく口を開いたエーリヒの言葉がそれだった。

 信じられない、信じたくない。

 けれど理性は理解しているから、認めたくない。そんな声だった。


「わかってるんだろ、エーリヒ兄?」

 だから、アーサーはただそう確認した。


 そして、エーリヒは右の掌で伏せた顔を鷲掴んだ。


「信じられない。なぜ父上は君を殺さなかったんだ?」

 エーリヒの疑問は率直だった。


「エーリヒ兄っ!」

 アーサーは非難に叫んだ。

 しかし、エーリヒの疑問はもっともだ。


「信じたくなったそうです」

 口を挟んだのは、予想外なことにクラヴェールだった。

 驚く三者に見つめられたクラヴェールは、変わらぬ好々爺めいた微笑みを浮かべていた。


「クリス様が、自分で告白した場合のみ、口添えするように先王様から言付かっておりました」

 飄々ひょうひょうとクラヴェールは続けた。


「魔族とは思えないほどに人情に溢れるクリス様を。家族を、関わった者を大切にするクリス様を。信じて、見守ってみたくなったのだと。嬉しそうに笑いながら、先王は仰っておられました」


 クラヴェールの言葉に俺は思い知る。

 ハインリッヒに、自分の祖父に、この身は守られてもいたのだと。今更ながらに気付いて、死んでから気付いた間抜けさに湧いて出た申し訳なさに、俺は泣き出しそうになってしまった。


「……この者は邪悪なものではない、か」

 ポツリと、エーリヒは呟いた。そして、大きく。本当に大きく息を吐きだす。


「クリス。転生とはどういうことだ?」

「魔族として死ぬ時に、俺は転生の法を試みた。それが奇跡的に成功した結果、こうして人族として転生した」

「どうしてそんなことを?」

「心残りがあったからだ。自分の一族を、ゴート族を守るために俺は死ねないと思った」

 俺の答えに、エーリヒの質問攻めが止まる。

 彼は、驚いたように俺を見ていた。


「そうか。それじゃあ、君の目的はそのゴート族とやらを守ることなんだね」

 そうだ、と答えようとして、俺の口は止まった。


 ゴート族を守ること。

 それが俺の転生を望んだ理由で目的。

 間違いない。それで間違いない、はずだった。

 だというのに、どこかで引っかかってしまった。


 それが。それだけが《・・・・・》目的だと言い切ることに、どこかで引っ掛かりを感じてしまったのだ。


 少し考えて。そうして少し考えれば、すぐに違和感の正体がわかった。

 クリアナ。

 俺を育ててくれた大切な恩人。

 俺は、そんな彼女を守ることができず失った。

 それが、どうしようもなく許せなかった。


 己の無力さが。不甲斐なさが。

 クリアナがそんなことをしなくても、俺がどうにかしてやると言えなかった力不足が。

 どうしようもなく、悔しかったのだ。


「僕の……俺の目標は」

 肺から絞り出すように、言葉があふれ出す。


「大切な人を失わないこと。そのための争いのない平和な世界を築き上げることだ」

 言葉にすれば、それはスッと胸の中に落ちた。


 そうだ。


 ゴート族だけじゃない。

 アーサーもアリシアも、エルミアも失いたくない。そして、クリアナとハインリッヒだって失いたくなかった。


 だから、俺はもう失わない世界を作りたい。


 理解した自分の新たな願いに、俺は拳を握りしめた。


「爺、僕の頭がおかしくなったのかな?」

 自分の目的を飲み込んで身を震わせていると、ようやくといった調子でエーリヒが声を出した。


「いいえ。エーリヒ様はおそらくいたって正常かと。まさにハインリッヒ様がお話しされていた通りのお方のようです」

 白髪の執事長が応じる。


「ああ。まさに俺の息子だよ」

 アーサーはいつものように俺の頭をグシャグシャと撫で付ける。


 この国でもっとも格式高いだろう玉座の間で、俺たちは笑い続ける。


 そう。そうだ。

 こんな風にどこだろうと関係なく、大切な人達と笑いあえる世界がいい。

 だから、それを作るために。それを守るために。

 俺は地上にも、平和を作って見せようと。

 ステンドグラスから降り注ぐ眩しい光に、俺は伸ばした手を握りしめた。

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転生魔王は、真の世界平和を渇望する ~人族の王子に転生した元魔王は、地上の平和も目指す~ みどりいろ @tkizumi

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