最終話
洋食屋を出た二人は、再び車に乗って新たな目的地に向かった。
「今度はどこに行くの?」
「景色がいい場所があるんです。僕の話もそこでしたいんです。遅くなりますけど、構いませんか?」
「いいよ。最後まで付き合ってあげる」
周囲の風景は、都会の喧騒を感じさせるものから徐々に田舎町のようなものに変わっていった。この道を、綾乃は憶えていた。
その記憶は間違っていなかった。車は田畑の広がる農道を走っていた。あの忌まわしき山のある田畑である。
犯人は必ず現場に戻ってくる。誰が言い出したかは分からないが、今の綾乃はこの言葉がぴったり似合う人物となっていた。
「ここに何があるの?」
「素敵な場所ですよ。楽しみにしててください」
やがて車はある山道の前に停まった。時刻は22時になろうとしていた。時間もあの時と同じだった。
「登るの?」
「この上に展望台があるんです。行きましょう」
用意しておいた懐中電灯を手に取り、車をそのまま置いて二人は歩いていった。
「本当に大丈夫?」
どんどん進んでいく陽一に対して、綾乃は周りをキョロキョロと見ながら慎重に進んでいた。あの時とはある意味立場が逆になっていた。
「上原さんって、結構心配性なんですか?」
綾乃はあることに気づいて足を止めてしまった。あの日とほぼ同じ会話が今まさになされているのである。
「どうしました?」
「ううん、何でもない」
綾乃の返事を聞いて、陽一はあの爽やかな笑顔を見せた。だが今の綾乃には、闇の中ということも相俟って非常に奇怪なものに見えた。
そうこうしてる間に、例のバリケードの場所まで来た。陽一は気にせずに跨いだ。
「ちょっと、立入禁止って……」
「誰も見てないんだから、気にしちゃだめですよ」
これもあの時自分が言った言葉である。綾乃の顔は蒼ざめていた。
やがて二人は、綾乃があの日現場に決めた広い場所に出た。あの時とほとんど変わっていない。
「ちょっと休憩しましょうか」
陽一は岩に腰かけた。
「ええ? 早く行った方が良くない?」
「ここからまだ歩かなきゃいけませんから。それに上原さん、顔色悪そうですし」
「気を遣わなくていいから、早く行きましょうよ」
できればここにいたくはない。この斜面の下には、死体が埋まっているのだから。
「まあそう言わずに。僕のせいで上原さんが倒れたらいけないから」
親切心なのだろうか、陽一の考えていることが掴めなかった。
綾乃が座ることはなかったが、陽一は聞かせるように語り始めた。
「昔、親父に連れられて何回か来たことがあるんです。子供の頃はまだあんなバリケードや看板もありませんでした。上まで登って、そこにある展望台から街の夜景を眺めるのが好きでした。昔は夜でも何人かここを登ってたんですけどね。カップルのデート場所にも最適だったみたいだし。でも今は危ないからか入れないようになってて。まあ、僕らみたいに勝手に入ってくるやつもいるんでしょうけど」
「それ、元カノの話じゃないの?」
綾乃は鋭く質問した。驚いたように陽一がこちらを見た。
「え、どうして分かったんですか?」
やっぱりそうだった! 綾乃の考えは正しかったのだ。洋食屋ではあんなことを言っていたが、それは全て噓だったのだろう。本当の彼は下野晴斗だ!
「あんた、何考えてるの? わたしをここまで連れてきて」
「上原さん、どうしたんですか?」
「とぼけないで! わたし帰るから! あんたの手になんか絶対に乗らない!」
踵を返した綾乃の腕を陽一は掴んだ。
「待って! 上原さん、何か勘違いしてる」
「離して! 離してってば」
陽一は抵抗する綾乃の腕を引っ張り、そのまま抱きしめた。その刹那、綾乃の脳裡に自身の凶行の瞬間がよぎった。
「本当は展望台で言おうと思ってたんですけど、やっぱり今言います」
その声は綾乃には届いていなかった。陽一が彼女から体を離したその隙に、彼女は逃げ出した。しかし陽一は諦めずに彼女の後ろからしがみついた。
「だから待ってください!」
「やめて! あの時の復讐なんでしょ! わたしがやったみたいに!」
綾乃の目に、レンガ程のサイズの石が目に留まった。手を伸ばせば届く距離である。
「何言ってるんですか! そんなことしませ……」
陽一の声が止まった。綾乃が石を持って彼の頭を殴ったのである。
「な、何で……」
ふらついた陽一を綾乃は蹴り飛ばした。彼はそのまま後ろの急坂を転がり落ちていった。
埋めなきゃ! 綾乃はそのまま逃げずにその坂を滑り降りた。これが見つかれば、自分の人生は終わる――。
綾乃は以前晴斗を埋めた辺りをもう一度手で掘り起こし始めた。
この時に疑問を持てばよかったのだ。四年経った今も、なぜ地面がそのままになっているのかを。
「いやあ!」
彼女はその場から後ずさった。掘り起こした場所から、包丁の柄が出てきたのだ。あの時綾乃が使ったものと同じものだった。つまりここにはまだ晴斗が埋まっているということになる。では今綾乃が殴った男は誰なのか?
近くから話し声が聞こえてきた。その方を見ると、綾乃が先程殴った男が最期の力を振り絞るようにどこかに電話をしていたのだ。
「だめ! 切って!」
綾乃は感情に任せてまた近くの石を使って男を殴り続けた。
完全に息が止まった彼の手からスマートフォンを奪い取り、すぐさま耳に当てた。だがそこから聴こえてきた声は、綾乃を絶望させるには充分だった。綾乃から力が抜け、スマートフォンが手から落ちた。
『110』の数字が並んだその画面からは声が響いていた。
「もしもし、どうしました? 応答ください! ただいまスマホのGPS機能から場所を割り出しますので、そちらでお待ちください!」
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