第4話

 綾乃と陽一は、日を重ねるごとに互いに意識していった。だがそれは、それぞれ別の意味であった。

 綾乃は陽一の一挙手一投足に注視するようになった。どこまで晴斗と共通点があるかを確かめるためであった。

 結果としては、ほとんどのことが共通していたと言ってもいい。違うことといえば、通っていた学校くらいだろうか。生まれ故郷も県単位では符合していたし、軽音楽部時代に担当していたパートも一緒だった。さらに彼の癖もほとんど晴斗と同じもので、意識し始めれば声の質も非常に似ていた。

 こうした近づき方が良くなかったのだろうか、綾乃の意志とは裏腹に、有紀をはじめとしたプロジェクトのチームメンバーは皆、綾乃と陽一が恋に発展するのを今か今かと待っている様子だった。


「中本君とはどう? 上手いこといってんの?」


 ある時、痺れを切らした有紀がついにはっきりと訊いてきた。


「上手いことって、別に何でもないけど」


「うそ、明らかに中本君、あんたのこと意識してんじゃない。分かってて一緒によくいるんじゃないの?」


「そういうつもりはない。部長が言ってた通り、優秀だから仕事のことを教えてるだけだから」


「でも中本君いい子だと思うけど? 後輩とはいえ歳も一緒なんだし、あんたももう何年も彼氏いないんだから、付き合っちゃえばいいのに」


「そんなつもりないから」


「じゃあさ、いっそ本人に本当のとこ訊いてみたら?」


「どういう意味?」


「あんたへの気持ちよ。あんたのことどう思ってるか訊いたら、何か進展するかも」


 有紀は恋愛のことしか頭に無いようだ。しかし彼女の言うことは、ある意味もっともかもしれない。こそこそと調べるのではなく、本人にはっきりと確認してみる覚悟を決めた。



 そのタイミングはすぐにやって来た。その日の仕事終わり、陽一が声をかけた。


「上原さん、もし良かったら明日一緒に食事に行きませんか? 金曜日ですし、ゆっくりできるかと思って」


「構わないけど、急にどうしたの?」


「実は、ちょっとお話ししたいことがあって」


「ちょうど良かった。わたしも中本君に訊きたいことがあったから。明日ね。了解」



 そして約束の金曜日、仕事が終わってから、二人は陽一の運転する車に乗って目的地に向かっていた。


「本当に僕の行きたいお店でいいんですか?」


「誘ってくれたのは中本君だもん。任せるよ」


 口では普通にふるまっていたが、内心では自分の身に危険が及ばないように身構えていた。

 しばらくして辿り着いた店を見て、綾乃は跳び上がりそうになった。晴斗と何度も足を運んだ、あの洋食屋だった。


「僕もよく好きでここに来てたんですよ。上原さんは、来たことあります?」


「うん、一度だけ」


「じゃあご存じかもしれませんね。ここのお店、オムライスにマヨネーズかけてくれるんでありがたいんですよね」


「たしかそうだったね」


 そんなことを聞いてる余裕はなかった。一体彼は何を考えているのか?

 席につき、二人はオムライスを注文した。もちろん陽一はマヨネーズをお願いして。


「上原さんの訊きたいことって?」


 オムライスが届く前に、陽一が訊ねてきた。


「中本君からでもいいよ?」


「僕の話は別の場所でやりたいんです。わがまま言ってすみません」


「いいよ、別に。じゃあ、わたしの話から」


 綾乃は一呼吸置いてから話し始めた。陽一は優しく微笑んでいる。


「中本君って、昔彼女っていた?」


 訊かれた陽一は少し顔を暗くした。


「あんまり言いたくはなかったんですが、昔ここに元カノと来たことはあります。でも、元々僕の行きつけの場所でしたから……」


「別に責めてるわけじゃないよ。わたしもね、一度来たことがあるって言ったでしょ? 本当は何回も来たことがあって」


「もしかして、元カレさん?」


「そう。その元カレもね、オムライスにマヨネーズをかけるような人だったの。だからこのお店がすごく好きで。もう何年も来てなかったから、店員さんも変わっちゃってるけどね」


「僕も仕事を始めてから全然来れてませんでした。雰囲気は全然変わって無くて安心しました」


「そうね」


「訊きたいことって、それだけですか?」


 綾乃は首を横に振ってから続けた。


「本当に訊きたかったのは……馬鹿みたいなこと訊くけど、笑わないでね」


「何ですか?」


「あなたって、本当に中本陽一なの?」


「……え?」


「真剣に答えてほしい。あなた、わたしの元カレと共通点があまりにも多すぎるの。違うところを見つけた方が早いくらい。見た目も声も、ここまでの境遇もちょっとした癖も、全部元カレにそっくり。教えて。あなた、下野晴斗……わたしの元カレじゃない?」


 しばらく陽一は黙っていたが、ぷっと吹き出してしまった。


「ちょっと、こっちは真剣なのに」


「ごめんなさい、笑わないでって言われましたけど、我慢できませんでした。そんな漫画みたいなこと、あるわけないですよ」


 そう言いながら陽一は財布から免許証を出した。


「これが証拠です。スパイでもない限り、証明書を偽造できるわけありませんから」


 免許証の名前にはっきりと『中本陽一』と書き込まれていた。誕生日は晴斗と一緒だったが。


「疑いは晴れましたか?」


「なら、わたしの考え過ぎ?」


「そういうことですね。やっぱり上原さん、ちょっと面白い人ですね」


「ええ、中本君やっぱり馬鹿にしてるでしょー」


「してませんよ」


 二人の元にオムライスが運ばれてきた。陽一の前に置かれたものには、大量のマヨネーズがかかっている。


「これこれ、これを待ってたんですよ。さあ、食べましょうか」


「うん」


 やっぱり考え過ぎだったのかもしれない。もしかすると、これまで仕事を頑張ってきた自分への神様のご褒美として、晴斗にそっくりな素敵な男性を連れてきてくれたのかもしれない。嫌な疑惑を抱いてしまったが、その反動もあって彼に惹かれ始めている自分に気がついていた。

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