128.30F①
「なんだかお祭りみたいッスねー」
聖騎士団の騒動があってから数日後、東の空にのぼる朝日を見ながらウレラが言う。
城門からでてダンジョンへと向かう短い道の上、周囲には彼女たちシルバー等級の冒険者の他に、ゴールド等級の冒険者も複数組存在していた。
それ以下の冒険者たちも当然存在するのだが、本日の主役はやはり彼らだろう。
「今回はどういう流れになるか、私も興味があるわね」
数人固まっている冒険者のグループの内ウレラの隣に並んていたハイセリンが呟く。
「ハイセリンさんにもわからないことってあるんッスね」
「それはもちろんあるわよ。私だってなんでも知っているわけじゃないもの」
むしろ魔術の研究と探求を続ける彼女には未知の出来事こそが栄養なのかもしれない。
「とはいえ負けるつもりはないのです」
ハイセリンの隣に並んだヒナが気合を入れるように言う。
「それはそうッスよ」
同じシルバー等級の冒険者であり、20階層を最初に攻略したパーティーの二組である彼女たちが並んでいるのはもちろん偶然ではない。
20階層へと挑んだ際に手を組んだ彼女たちのパーティーは、30階層を攻略するために再び合同で協力体制を作っていた。
前回の20階層での戦闘を考えれば、30階層にて最初から手を組むのも自然な流れだろう。
特に今回はゴールド等級のパーティーも参加しているので、前回よりも更に競争が白熱することがわかっているので猶更だ。
ちなみに前回一緒だったアーシェラたちはこの場にはいない。
一度ギルドで顔を合わせた本人へとウレラたちは確認したのだが、丁寧にお断りされていた。
周囲には他にも合同でパーティーを組んでいるシルバー等級の冒険者たちの姿もあるが、お姫様と騎士たちはその中にも加わっていないようだ。
単独で攻略するつもりなのか、それとも別の方策があるのかは不明だが、少なくともスタートダッシュを決める様子はない。
そんな事情もあり、ウレラとハイセリンたちのパーティーは三組目のパーティーと新たに合同パーティーを組んでいた。
「みんなで戦うの楽しみなんよ~」
その新規パーティーのメンバーの一人、キリエが並ぶウレラたちへとそう告げる。
「まあ実力は十分わかってるッスけどね」
同じ王都を拠点にしていれば互いの実力は自然と把握しているもの。
とはいえ他のパーティーの冒険者と、生命の危険なく肩を並べて戦えるという稀有な機会にキリエは興味を惹かれていた。
「やーっと陸地に帰ってこれたッスよー」
29階層から続く階段を降り、30階層が水没してないことを確認したウレラが言う。
ここまで到達階層を進める道中でもう慣れたこととはいえ、純粋に水没した通路を進むのは余計な体力を使う分床が見えたことには全員がほっとしていた。
「俺たちが一番乗り、って訳じゃねえみてえだな」
足元の床は既に乾いているが、冒険者の目でよく観察すれば足跡が残っているのが確認できる。
「攻略済みかも分かれば良いんですけどね」
重要なのは最初の攻略がなされたかどうかなのだが、それは見た限りではわからない。
「んで、これは?」
ネジルの視線の先には焚火が一つ。
そのおかげでこの空間は上の階層よりもいくらか暖かい。
加えて服を乾かすのにも使えそうなので実際ありがたいものではあったが、そこにいる全員が疑問を浮かべる部分があった。
「これは、剣ッスね」
「そりゃ見りゃわかる」
焚火の中に一本の剣が刺さっている。
それは迷宮主のお遊びで、この世界の人間には伝わらないネタであった。
とはいえ冒険者たちが真面目に考察を始めるのも無理からぬ話ではある。
「抜いたら武器になるんじゃないッスか?」
「見たところ魔力は込められていないようだけれど」
「火の中に放り込まれてる時点で強度もお察しかと」
「というか熱くて触れないと思うんよ~」
なんてやり取りが何度か行われ、結局代表してエドガーが火耐性を持つ手袋をつけ燃える剣の柄を握る。
「ん! ……、これは抜けるように出来てないな」
どうやら倒れないように強めに固定されているらしい。
全力でやれば根元から引きちぎれるかもしれないが、そこまでする価値もないだろう。
「それじゃあ服を乾かしてしまいましょうか」
服が濡れていれば僅かだが動きが阻害されるので、万全を期すなら服は乾かしておいた方が良い。
流石に3パーティー合同では一度に全員が焚火にあたることはできないが、男女にわかれて順番に服を乾かしていく。
先に女性陣が靴を脱いで逆さまにし、靴下を絞ると滝のような水が流れ落ちる。
「防水性に優れていると、逆に靴の中に水が溜まるのが難点ですね」
「とはいえどうせずっと水の中ッスからね~」
「靴はともかく、ドレスまで重くなるのはどうにかしてほしいわね」
素足になったハイセリンが、ドレスの裾を持ち上げて絞るとそこからも少量であるが水が流れ落ちた。
「そっちは大変っすね。いっそもっと短くはできないッスか?」
同じく素足を晒して焚火へあたっているウレラだが、彼女はショートパンツ姿なので気楽な様子で質問をする。
「術師はそうもいかないのです。エンチャントされている分気軽に切ったりもできないのですよ」
術師の全身を覆うローブは熱や冷気などへの耐性を持つものが多く、肌を晒す面積を増やすことはそれ自体が防御力の低下を招く。
更にハイセリンが身に着けているドレスなどは、特殊な糸の縫込みによって術の向上が施されているので破れてしまえば大問題だ。
「早くお風呂に入りたいんよ~」
「その前に30階層ですけどね、というか本番ですよ。今回もそこまで身構える必要はなさそうですが」
足の指の間を布で拭き、そのまま足裏を焚火に向けながら扉の隣の壁を見る。
そこには以前と同じように注意書き。
読む限り今回も装備の没収はされないようで、命の保証をしないと注意書きがなされているがこれも実力が足りない者への予防線であると既に理解されている。
悪辣なダンジョンであればその前提自体が罠という線もなくはないが、徹頭徹尾冒険者との共生を示すこのダンジョンではその可能性は限りなく低い。
「一昨日までのお祭りも大盤振る舞いだったッスからねー」
ウレラが言うそれは聖騎士団の襲撃の翌日から三日間続いた出来事で、ダンジョンで手に入る報酬の質が特別高くなっていたというもの。
実際に明言されたわけではないが、冒険者のほとんどは落ちる魔石や宝箱の中身でそれを実感していた。
教会に明確に睨まれたダンジョンへの探索を敬遠する雰囲気も吹き飛ばす報酬で、探索に訪れた冒険者の多くは満足げな表情を浮かべていた。
「あたしは新しい手甲を使うのが待ち遠しいッス」
「ハイセリンの新しいマントはどうしたのです?」
「あれはこういう戦闘向きではないから今日は持ってきてないわ」
「そんなんあるんやね~、今度見せてほしいわぁ~」
「機会があれば、ね」
そんな話題で盛り上がる女性陣が服を乾かし終え、代わって今度は男性陣が焚火を囲む。
彼らは既に靴は脱いでいたので、既にいくらか乾いていたそれを焚火の前へ並べていく。
「30階層、どう見ます?」
「ここまでの流れを周到するなら厳しい戦いになるだろうな」
「ここからはゴールドの領域になりそうですからねぇ……」
29階層の攻略まででシルバー等級の冒険者にとってはかなりのリソースを搾り取られている感覚があり、順当にいけばここより先はゴールド等級推奨の空間になるという実感があった。
「俺は負ける気はねえぞ」
「それは私もですよ」
「俺もだ」
実際にゴールド等級が倒せるような魔物が待ち受けているならば、この合同パーティーでも倒せる可能性はある。
「実際何が待ってると思う?」
「エルダーリッチ」
「ヴァンパイアかもしれません」
「いっそスケルトンが100体くらい並んでたりしてな」
数で押してくれる方が、自分たちとしては可能性があるかもしれないと一行がその様子を思い浮かべる。
「ともあれ、実際に見てみないをわからんわな」
「それじゃあ行きましょうか」
男性陣が焚火に当たるのを切り上げて本格的に準備を終える。
そして、それぞれのパーティーのリーダーが30階層の広間へと続く扉を押した。
目指すは異世界で最強の王道ダンジョンマスター。~王都徒歩5分『美人秘書』付き~ あまかみ唯 @amakamiyui
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