第3話 ツルニチソウと白いニチニチカ


    ※


 初めて悪魔の仕事の手伝いをした日。眼鏡の女子をあすもと送り届け、家に一度戻り。

 薄くすけていた女子との約束を、守れなかったのに気づき。


 僕は、気を失ってしまい、目を覚ますと次の日の昼過ぎだった。


「来たのか。完全看護で、にちかが出来ることはないぞ。二日休んだぶんの、宿題や学校のことちゃんとやってるのか。飯をちゃんと食べてるのか」


 慌てて、病院に着き。病室に息を切らせて入ると、ベッドの上で新聞を読んでいた、いつも通りに見えるじいちゃんに言われた。


「病院の中を走ってはないだろうな。ひと様の迷惑になることはするんじゃないぞ」


 僕は、二日前、入院前と変らないように見えるじいちゃんの姿に、ほっと息を吐き。個人部屋のベッドのそばに近づいた。


「……じいちゃん、……身体、大丈夫なの」


「腕のいい医者に治してもらった。寿命までは生きられる。にちかが成人して、結婚するまでは生きられるだろうさ」


 病院のベッドの上、パジャマを着ているけれどしゃんとしている。じいちゃんは、新聞を置き、僕をじっと見て続けた。


「あすもから、色々と聞いただろう。じいちゃんが退院するまで、面倒を見てもらえ」


 僕は、ゆるんだものが固くなるのを感じて、何から聞けばいいか迷い。


「……じいちゃん。……あいつのこと、知ってるのに。……何で、僕を頼んだの」


「あいつじゃなく、あすもと呼びなさい。ずいぶん年上で、ずっと面倒を見てもらっているのだから」


「……あいつ、……あすもは、人間じゃないの知ってるんだろ。……なのに、何で…」


「あすもにしか、にちかを頼めなかったからだ。人間ではないから、にちかを、明日香さんをずっと守ることが出来た」


 じいちゃんが、僕の言葉をさえぎって言い。どういう意味かを聞く前。


「光太郎。身体の調子はどうだ。預かっていた、半分は返しておいたぞ」


 病室の扉が外から開かれ、今日目が覚めたときは居なかった、あすもが現れた。


「いいのか、返してもらって」


「契約どおりだ。にちかが契約をすれば、返す約束をしておいただろう」


「約束を守るかは、半信半疑だった。まあ、俺のなんて、大した価値はないだろうからな」


「その通りだが、契約には対価が必要だ。最後の花は、きちんと頂こう」


 僕は、僕のそばに立ったあすもと、じいちゃんが普通に会話をしているのに驚き。


「にちかと金屏風の前に立てたら、その日にやるよ」


「高砂に、私が和服で座るのか。初めての体験になるが、楽しそうだな」


「あすもが座るかは、三年後ににちかが決めることだ。そうならないことを、祈っているよ」


 口を開けず、ふたりの会話の意味は分からなかった。


「光太郎の花は、食べ応えはありそうだが、美味くはなさそうだな」


「田村さんの花は、美味かったか」


「とても、美味かったよ。同じくらい美味くはないだろうが、ご所望の甘納豆を買ってきた」


 あすもは、じいちゃんの好物の、甘納豆屋さんの紙袋を太ももに置き。固まっている僕に向いて、


「にちか。ここに来るなら、見舞いの品ぐらい持ってきなさい。私が洗濯物をまとめておくから、ナースステーションに挨拶をしてきなさい」


 そうぴしゃりと言い、紙袋に入った菓子折りを渡してきた。


「あすも、悪いな。にちか、あすもと居る間に、色々なことを教えてもらえ」


 そうじいちゃんに言われて、あすもににやりと笑まれ。僕は、何も言えず、病室を出た。


「……何で、じいちゃん。……あすもと、仲いいんだよ」


 廊下を足早に進みながら、思ったままをもらし。僕は、じいちゃんがあすもに、店の常連さんのように接しているのに強い苛立ちを感じた。


「……あいつは、悪魔で。……ひとの魂を、食べるのに」


 「何で」ともらし、僕は、改めて、あすものことを思った。


 鈴谷あすもは、三日前、突然目の前に現れた。

 スーツを着たイケメンで、うさん臭くは見えるが、普通の人間にしか見えず。

 正体は悪魔で、今生をさまよっている死者の魂を送り。『最後の花』を食べる。


『最後の花は、人間の最後の魂。私は、悪魔で、人間の魂を食べる。人間と同じで、食事を楽しむ。私は、最後の花だけを食べるが。食べられなければ、生きている人間、にちかから花を頂くことになる』


 あすもに、嫌な笑みを向けられ、言われたことを思い返し。


「……僕、食べられるかもしれないのに。……何で、あすもに頼んだんだよ」


 僕は、思ったままをもらして、病室であすもと居るじいちゃんが心配になった。

 ナースステーションには着いてないけれど、振り返り。元来た道を戻ろうとしたとき。

 背中に軽い衝撃を感じて、足を止めた。


「本当に、当たった。なあ、俺の声聞こえるか」


 そう聞こえた、後ろに身体ごと向くと。ひとの姿は見えず、床に黄色のビニールボールが落ちていた。

 僕の背中に当たったものだろう、ボールに手を伸ばす前。左手の甲に、ちりっとした痛みを感じ。


「なあ、返事してくれよ。ひと月、誰とも話せてなくて。気がおかしくなりそうなんだ」


そう聞こえ、ボールから視線を上げると。見知らぬ男子が、目の前に立って居た。


「なあ、俺の声が聞こえて、見えるのか。返事してくれよ」


 男子は、見知らぬ制服を着ていて、175cmある幸雄より大きくがっしりしている。僕より年上で、高校生かなと思い。


「なあ、俺の声が聞こえて、見えるのか。返事してくれよ」


 僕は、男子に正面からつめよられて、とても驚きながら「はい」と返した。


「本当に、聞こえて、見えるのか。すげえ、言われたとおりだな」


 男子は、張りつめていた顔を、くしゃりと崩して「すげえ」と明るく言った。


「ボール、背中にぶつけて悪かったな。痛くなかったか」


 僕は、呆気にとられていたけれど。男子の本当に心配している顔と声で我に返った。

 「大丈夫です」と返すと、「そっか」と男子は明るい笑みを浮かべ。


「加減はしたんだけど。君みたいなこが、俺みたいなでかいのにボールをぶつけられるのは怖いよな」


 僕は、男子に、小さいと言われているのが分かり。


「それに、小学生が、高校生に絡まれるの。すごく怖いよな」


 続けて言われたことに、ショックを受けてしまった。


「……僕、小学生じゃなくて、中学二年生です」


「そうなのか。身体が華奢だから、小学生かと思った。君を初めて見たとき、男子の制服着てるけど、女子かと思った」


 僕は、気にしていることを、全部言われてしまい。男子は、「ごめんな」と、明るい笑みで続けた。


「君に、ボールをぶつけて。俺の声が聞こえて姿が見えたら、頼んでもいいって言われてたんだ」


 誰から、そんなことを言われたのか聞く前。


「なあ、今から、俺に付き合ってくれないか。君にしか、頼めないんだ」


 そう、屈託のない、明るい笑みを浮かべた男子に言われた。


「……えっと。……僕、じいちゃんの見舞いに来てて…」


「見舞いのことは、心配ないと言われてる」


 僕は、言葉をさえぎられ。誰にと聞く前に男子が言った。


「君は、さまよってる魂を送る、手伝いをしてるんだろ。俺、さまよってる魂で、心残りがあるからあの世に行けないみたいなんだ」


 僕は、明るい声と笑みで言われたことに、とても驚き。男子が、にかりと笑んで続けた。


「俺、ひと月前に、交通事故にあって。植物状態ってやつになってんだよ。一週間前に、ここに転院して、ふらふらしてたらさ。昨日、鈴谷さんに声かけられたんだ」


 僕は、言われたことを頭の中でくり返し、


「……えっと。……あなたは、今、目の前に居るけど…」


 いくつか疑問を感じ、ひとつを聞いてる途中。男子は床のボールを拾い、僕らの横を通る看護師さんに投げた。

 僕は、男子の行動に驚き。看護師さんの身体をボールがすりぬけ。とても驚いた。


「俺の身体は、この病院の中の病室のベッドの上にある。俺の魂は、今ここに居る。このひと月、俺の魂が見えて話をしてくれたのは、鈴谷さんと君だけだ」


 男子は、床のボールを拾い。固まっている僕の前に立って、右手をさしだしてきた。


「手を、握ってみてくれ。俺が、魂なのが分かるよ」


 僕は、男子の大きな手を、右手で握ろうとし。握れなかったことに、とても驚いた。


「なあ、分かっただろう。魂の俺は、何も出来ないんだ」


 僕は、右手から顔上げて、笑みを浮かべている男子を見つめた。


「俺は、最後の望みを叶えたら、成仏出来るらしい。そう、昨日、鈴谷さんに言われた。俺でも持てるボールを渡されて、君に頼んで望みを叶えたらいいと言われたんだ」


 僕は、感じた疑問が全て晴れ。気分は、あすものせいで曇るのが分かった。


「なあ、頼むよ。今の俺は、君しか頼ることが出来ないんだ」


 男子が、笑みを消した固い顔で言い。僕は、鈴谷あすもの嫌な笑みが頭に浮かび。


「……いいですよ。……僕は、何をしたらいいんですか」


 あすもが勝手にしたことを、よくは思わないが。目の前の男子には、関係がないと思い。僕は、僕が出来ることなら、してあげたいと思った。

 昨日、約束をしたのに、薄くすけていた女子の望みを叶えられなかったからだ。


「ありがとう! とりあえず、病院の外へ行きたいんだ。君と一緒だったら出られるらしいから、付き合ってくれるかな!!」


 男子は、とても明るい笑みと声で言い。触れられず、魂なのだと分かったけれど。

 透けていないこともあり、昨日の女子と同じには見えなかった。


「……あの、……まだ、生きているんですよね」


「身体は生きてるけど、魂の俺みたいには動けない。前の病院でさじを投げられて、この病院に移されたが。もう、目を覚まして動くことはない」


 僕は、何でもないことみたいに言った男子に、驚き。


「俺、さっさと、この世界から消えたいんだけどさ。最後の望みが、分からないんだよね」


 男子が、にかりと笑んで言い。僕は、とても驚いた。


     ※


 男子は、昨日、あすもからボールと一万円札を受け取っていた。


「ひと月ぶりの、外! めちゃくちゃ、気持ちいいな!」


 渡されたお金で、タクシーに一緒に乗り。着いた先で、男子が大きな身体をのばしながら言った。


 僕は、男子の隣に立ち。男子が通っている高校の通学路を見渡した。

 大きな道路を挟む通りには、男子と同じ制服の男女が歩き。僕は、初めての景色を見ながら、思ったままを言った。


「……あの、……ここに居て、つらくないんですか」


「ここに、自分が事故にあった場所に来たいと思ったのは、俺だ。ここに来たら、分かると思ったけど」


 「分からん!」と、にかりと笑い。


「あ、学校の近くにさ、うまいたこ焼き屋があってさ! 久しぶりに、寄っていこうぜ!」


 ここで、歩道に乗り上げてきた、居眠り運転のトラックにはねられてしまった。そう教えてくれた。男子が明るく言った。


「鈴谷さんにもらったタクシー代。あまったら使っていいって言われてるから、たこ焼きおごるな」


 昨日、あすもは男子に僕を頼るよう言い、お金まで渡していた。

 勝手なことをするなと思ったけれど、


「行こうぜ! もう少ししたら、部活終わった奴らで混むから。俺、辛いの好きだから、唐辛子ましましにしよう!」


 病院を出てから、男子は本当に楽しそうで。僕は、自分が少しでも役に立っているのが、嬉しいと思い。


 鼻歌まじりで進みはじめた、男子の隣に並び歩きはじめた。


「君は、部活とかやってないの。俺は、小学校からずっとバスケやってる」


 男子が明るい声で言い。だから、そんな大きいのかと思った。


「……僕は、部活はやっていなです。家が、洋食屋で、……じいちゃんとふたりだから、手伝いたくて」


「偉いなあ。俺、バスケばっかりで、家の手伝いなんかしたことないわ。君は、見た目と違って、すごくしっかりしてるよな」


 僕は、ほめてもらえて恥ずかしくなり、


「俺も、生きてるうちに。もうちょい、家の手伝いとかしとけばよかったな」


 熱くなっていた頬が、男子の声で冷めた。


「俺、五歳下の双子の弟が居るんだよ。俺がいなくなっても、母ちゃんと父ちゃんは寂しくないだろうし。でかくてよく食べるのがいなくなって、せいせいすると思う」


 そう言ったあと、男子が明るく笑い。僕は、ぎゅっとなった胸で、口を開いた。


「……そんなこと、絶対ない。……家族がいなくるのは、嫌だよ。僕、両親がいなくて、じいちゃんだけで。……いなくなるの、絶対に嫌だから」


「君は、すごくしっかりしてて、いい奴だな。付き合わせて、ごめんな」


 僕は、隣を見上げ、何も言えなかった。両目を細めた男子の顔は、笑んでいる様には見えず。見ていると、胸がぎゅっとするのだった。


「着いたぞ。あ、俺、食べられないの忘れてたわ。君は、遠慮なく、好きなの食べてな」


 古い二階建ての民家の一階、軒の下にひとつ長いベンチがあるだけ。小さなたこ焼き屋に着き、「いいです」という前。


「俺、君が食べてるの、見てるだけでも満足だからさ。ひと月前から、俺、全然腹減らないんだけど。誰かが食べてるの見るの、楽しいんだよね」


 僕は、男子に言われて、喉が狭くなるのを感じ。自分のぶんだけ注文をした。


「あれ、君も、辛いの好きなんだ」


 ベンチに座る男子の隣へ、たこ焼きを持って座ると言われ。


「……好きって、言ってたでしょう。……いただきます」


 そう言い、僕は、見るからに辛そうなたこ焼きを口に入れた。


「おい、大丈夫か。それ、持っておくから、お茶買ってこいよ」


 ごほごほと咳込んでから、「すみません」と、たこ焼きの皿を渡し。僕は、ひりひりする口で、たこ焼き屋の隣の自販機でお茶を買った。


「なあ、今、君にして欲しいことがあるんだけど」


 ベンチに戻り、お茶を飲み干したあとに言われ。「何をすればいいですか」と返した。


「俺、事故に遭ってから。鈴谷さんにもらった、君に当てたボールと、一万円札しか持てなかったんだけど。今、たこ焼き、持ててるだろ」


 僕は、男子が両手に出来ている姿に、とても驚き。こくこくとうなずいた。


「たこ焼き、ひとつ、口に入れてくれないか」


 僕は、ひとつをつまようじに刺し、目を閉じている男子の開いている口に入れた。

 たこ焼きは、地面に落ちることはなく。男子は、目を閉じたまま、もぐもぐとそしゃくしてから言った。


「やっぱり、うまい! なんか、腹は減らないのに、食べるって楽しいな!」


 男子が、開いた両目をきらきらさせ、とても明るい声で言い。僕は、「もっと、食べて下さい」と言い、たこ焼きにつまようじを刺したとき。


 男子が、「何で、ここに」と小さく言い。僕は、男子の視線の先、たこ焼き屋のそばに顔を向けた。


「ここのたこ焼き、一番辛いの持っていったら。目を覚ますよね」


「分からない。でも、あいつ、食い意地張ってたから。目の前で食べようとしたら、目を覚ますかもしれない」


 男子と同じ制服を着た、女子と男子。ふたりはたこ焼き屋の軒に入り、男子が注文をしたあと、女子が暗い顔で言った。


「目を覚ましてもらわないと、困る。私たちを助けてくれて、格好いいヒーローのままいなくなるなんて、許さない」


「俺も、困る。あいつ、お前の告白断ったままだからな。俺は、とっくにフラれて、助けることが出来なかったのに」


 ふたりは固い声で言い、暗い顔を下に向け。「何でだよ」と、隣から小さく聞こえた。

 顔を向けると、ベンチの上にたこ焼きの皿だけがあり。僕は、慌てて立ち上がって、たこ焼き屋を離れた。


 通学路の道に戻り、ぐるぐると辺りを見回したけれど、男子の大きな姿は見えず。

ポケットの中の携帯が震えて、全身がびくりとゆれた。

 スマホを手にして、ばくばくと鳴る胸で、見知らぬ番号からの着信をとると、


『にちか。集中しろ。あのでかい男子を、頭に思い浮かべろ。早く、見つけだせ』


 あすもが、いつもより早口で言った。


『今、そちらに向かっているが。早く、見つけだせ』


 少しほっとしてしまった、僕が質問する前。


『早く、見つけ出せ。昨日より、今日のほうが深く後悔することになるぞ。早く見つけて病院に戻らなければ、身体と魂が別れて、望まない死を迎える。本当に、今生をさまよう死者の魂になってしまうぞ』


 あすもが早口で言ったことに、背中が冷たくなり。


「……そんなの、ダメだ。……僕は、どうしたらいいんだ」


 僕は、男子の明るい笑みを思い返しながら、情けない声を上げた。


『左手の甲を額に当て、思い浮かべろ。にちかには、居場所が分かる』


 「大丈夫だ」とあすもに言われ。僕は、言われたとおりにして、両目を閉じた。

先ほど見た、たこ焼きを食べられた、男子の嬉しそうな顔。頭の中に浮かべ、次に浮かんだ景色に両目を開けた。


 僕は、「切るぞ」とスマホに強く言ったあと。左手の熱さを感じながら、地面をけった。


  ※


 放課後でよかったと思いながら、見知らぬ高校の門の中に入り。土足で校舎の中に入って、階段を駆け上がり屋上に着き。

 扉を開くと、赤い夕陽が目をさし。閉じてしまった両目を開くと、大きな姿が遠くに見えた。


 僕は、はあはあと大きく息をしながら、男子の大きな背中の後ろに立った。


「……いきなり、いなくなって、……びっくりしました」


 屋上のフェンスの前に居る、男子から声は聞こえない。僕は、すうっと大きく息を吸ってから、口を開いた。


「……病院に、戻りましょう。……本当に、さまよう魂になる前に」


 男子は背中を向けたまま、ははっと、かわいた笑い声を上げ。


「俺は、このひと月、ひとりでさまよっていた。消えたかったのに、消えることが出来ずに」


 聞いたことのない、乾いた声で言った。男子は、何も言えない僕に、「ごめんな」と言い。


「俺は、最後の願いを叶えて、この世界から消えたかった。君は、心から、俺に協力してくれようとしていた。君と居て、俺は、最後の願いと自分が分からなくなった」


 僕は、かける言葉が見当たらず。少しして、男子が、初めて聞く頼りない声で語りはじめた。


「さっき、たこ焼き屋に来たふたり。女子は俺が居たバスケ部のマネージャーで、男子は俺の幼なじみでずっと一緒にバスケをしてた奴。俺のせいで、ふたりはくっつくことが出来なかった。俺は、ふたりを助けたんじゃない。俺は、ふたりに声をかけたあと、逃げなかった。今なら、トラックにはねられて、消えられる。そう思って、足を止めたんだ」


 小さいけれど耳に痛く響く声。僕は、聞いていると胸が痛くなり、ふたりの会話を思い返しながら言った。


「……ふたりは、目を覚まして欲しいって」


 男子は背中を向けたまま、「知ってる」と言い。ふっと小さく笑ってから、少し明るくなった声で語った。


「このひと月、何度も見舞いに来てくれて、俺の身体にふたりは話しかけてくれた。魂の俺は、なんとかして、ふたりに来ないよう伝えたかった。もう、いいから。俺は、消えるから、ふたりで仲良くやれって」


 僕は、「そんなの、ダメだ」とはっきり言い。男子は、ははっと、温度を感じる笑い声を上げた。


「ふたりとも、ずっと、同じこと言ってくれてた。俺が消えるなんて、許さない。ふたりで仲良くなんて出来ないから、早く目を覚ませ。早く目を覚まして、文句を言わせろ。もう、散々言ってるのに、ふたりはうるさく言ってくれてた」


「……病院に戻って、目を覚ましましょう」


「俺、格好悪すぎる。死に損なって、家族とふたりに迷惑かけて、君に迷惑かけて。こんなんで、目を覚ましていいのか」


 僕は、「いいです」と、はっきり言い。


「死んだら、会えない。僕は、両親に、会えるなら会いたい」


 両親と別れたのは十年前、ふたりの記憶はない。それでも、会いたいと思い続けている。僕は、じいちゃんには言ったことない、願いを静かに言い。

 振り向いた、両目を大きくした男子に続けた。


「目を覚まして下さい。大丈夫です」


 言葉を吐いたあと、なぜか、両目から涙がこぼれ。目の前がぼやけて、頭をやわらかくなでられるのを感じた。


「ごめんな。ありがとう。俺、最後の願いが分かったよ」


 僕の頭をなでる、男子がとても優しい声で言い。


「目を覚ましても大丈夫って、言われたかった。叶えてくれて、ありがとう」


 両目をこすると、男子の笑んだ顔が見え。


「残念だな。私は、花を頂けるかと思って、にちかを貸したんだが」


 僕は、すぐ、うしろから聞こえた声に驚き。あすもが、男子のお腹に左手を差し入れるのを止められなかった。


「にちか、ありがとう。気にするな」


 笑んだまま、お腹にあすもの左手をうずめたまま、男子が言い。

 僕は、かちんと固まったまま、男子の身体がすけてなくなるのを見ていた。


「にちか。これからは、充分に気をつけて、さまよえる魂と関わるようにしなさい。昨日、今日は、私がお膳立てをしたが。これからは、そういったものはなくなるのだから」


 そう言ったあと、夕日を背にして、あすもが振り向き。僕に、にやりと笑って、左手を伸ばしてきた。


 あすもの厚みが薄い手のひらの上。花弁を五つ広げた、小さな濃い紫の花がひとつ。


「『ツルニチソウ』、花名はつる性で毎日新しい花を咲かせることに由来する。花言葉は『楽しき思いで』『幼なじみ』。花言葉の「楽しき思い出」は、哲学者ジャン=ジャック・ルソーの自伝的作品『告白』に…」


 僕は、「何でだよ!」と大きく言い。あすもの説明をさえぎって、怒りを口にする前。


「あのでかい男子は、生気が多く、少し頂いただけだ。魂を送ったので、今頃、病院で目を覚ましているだろう」


 あすもが言ったことに、「え」と小さくもらした。


「電話で伝えたことは事実だ。あのでかい男子を見つけ、最後の願いを叶えてやらなければ、日が変る頃に魂と身体が離れていた。昨日のことは、後悔することではないが。にちか、今日は昨日の後悔を生かし、よくがんばったな」


 そう言ったあと、あすもは花を口に入れようし。僕は、腕をつかんで言った。


「……本当に、目を覚ましたんだろうな」


「病院に戻れば分かるだろう。私は、悪魔で、信用が出来ないだろうが。にちかに嘘は吐かない」


 あすもは、にやりと、嫌な笑みを浮かべ。僕が腕を離すと、花をごくんと飲み込んだ。

 僕はあすもを急かせ、高校から病院に向かい。こっそり、男子の病室をのぞくと、ベッドの上に座る目を開いている男子が見え。

 家族とふたりの友達に囲まれ、騒がしい中で、明るい笑みを浮かべていた。


 僕は、とても安心して、病院を出ると辺りはすっかり日が暮れていた。


「にちか。私のことを、もう少し信用して欲しいね。私は、悪魔で、神や天使よりも信用が出来る存在なのだから」


 隣を歩く、あすもが前を向いたまま言い。僕が突っ込む前。


「今日は、外で食事をしよう。何が食べたいか言いなさい」


 並んで歩くあすもは、じいちゃんの洗濯物が入った袋を持っている。悪魔のくせに、本当に、親戚のひとみたいだなと思い。

 僕は、食べたいものを言うより先に、聞きたいことを聞いた。


「……あすも。……昨日のこと、怒らないのか」


「私は、最後の花を頂ければ、あとはどうでもいい。ただ、これから私の手伝いをするなら、きちんと働いてもらわないと困る。そして、伝えるという約束を果たせず後悔をしているようだが、そんな必要はない」


 返ってきた答えに、足を止め。隣を向くと、止まっていたあすもは、にやりと笑んで言った。


「私が、最後の花を取り出して、言わせなかったからだ。にちかにしたひどいことを、償ってもらったからだ」


 僕は、少しして、言われた意味が分かり。


「私は、悪魔だが、にちかを何よりも大事なものとして扱っている。己の大事なものにひどいことをされれば、償いを求めるのは当たり前だろう」


 あすもは、笑みを消した顔で、僕をじっと見つめて言い。


「……何で、そんなこと言うんだ」


 僕が、思ったままを口にすると。あすもは、にやりと、頼りない街灯に照らされた笑みを見せた。


「にちかは、これから、私と一緒に居るからだ。さまよえる死者の魂に好かれ、最後の花を手にするのに役立つ。大事な、私のものだ」


 黒い瞳をとても細くした、相変わらず、嫌だと思う笑顔で言われ。僕は、今日は、少しほっとしたものを感じ。


「……僕は、あすものものじゃない。……役に立ちたくはない」


「大丈夫だ。にちかは、居るだけで役に立つ。昨日の件を誤解させたわびに、好きなものを食べさせよう」


「……役に立ちたくはない。……けど、ちゃんとするから、勝手なことするな。……ラーメン食べたい」


 そう言ったあと、あすもが「分かった」と、ふっと笑い。

 僕は、つられそうになって、前を向いて歩きはじめ。あすもが静かに隣に並んだ。


「……ラーメン、にんにくたっぷりのやつ。あすも、一緒に食べろよ」


「私に、にんにくの効き目はないが。付き合ってやってもいいだろう。昨日のことは気にせず、今日の様にきちんと働き。私に、最後の花を貢ぎなさい」


 僕が、足を止めて、言い返す前。


「にちか。お前の名前は、明日香がつけた」


 あすもが、「あれだ」と、長い腕で花壇をさした。


「『ニチニチソウ』、花名は毎日絶え間なく花を咲かせることに由来する」


 低く、みどりの葉っぱと白い小さな花をたくさん咲かせた姿。『ニチニチソウ』を見つめていると、あすもが静かに続けた。


「花は三日ほどで枯れ、短命だが。毎日のように、次々と花を咲かせ続ける。『ニチニチソウ』は『ニチニチカ』とも呼ばれ。明日香は、何が起こっても立ち直れる強い子になるように、『にちか』と名づけると言った。『ニチニチソウ』の花言葉は、『楽しい思い出』『友情』『楽しい追憶』。楽しい思いをたくさんして欲しいと言っていた」


 顔を向けると、あすもは花壇を向いたまま続けた。


「白い『ニチニチソウ』の花言葉には、『生涯の友情』の意味もあると言われ。明日香に、ひとつの名前に色々なことを込めすぎだと言ったら、うるさいと言われたよ」


 僕は、初めて見る、あすもの穏やかに笑んだ顔に口を開かず。

 薄闇の中街灯に照らされた、小さな白い花たち。『ニチニチカ』を、一緒に、しばらく眺めていた。


第3話 ツルニチソウと白いニチニチカ 了

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ラスト・フラワー アハハのおばけちゃん @obakechan2525

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