第2話 青いアスターとピンクのカンパニュラ


    ※


 小鳥の声が聞こえて、瞼をゆっくり開き。見慣れた天井が見えて、上半身を起こした。


 カーテンを閉めていない窓から朝日が差し込む、明るい自分の部屋。僕は、ベッドの上で寝ていたのが分かり、ぼんやりした頭で思った。


 一昨日から、自分に起こっていること。

 全てが悪い夢で、一階に降りれば、じいちゃんが朝食を用意してくれていないだろうか。


「にちか、おはよう。朝食ができているぞ」


 僕の願いは、顔をのぞきこんできた、やつの黒い瞳を細めた顔にくだかれ。

 僕は、とても驚き、ベッドの頭に背中をつけた。


「この家に入る許しは、光太郎からもらっている。光太郎が居ない間、にちかの世話を頼まれた」


 今日も、ぴしりとしたスーツ姿で、嫌な笑みを浮かべ。じいちゃんのことを、光太郎と呼び捨てにする。

 やつが、楽しそうな声で言い。


 僕は、「何で」ともらし、


『私は、悪魔。真の名前は、アスモデウス。人間よりもたくさんのことが出来る存在だ。にちか、悪魔の私の為、これから働いてもらうぞ』


 昨日、やつが、鈴谷あすもが言ったことを思い返した。


 今、目の前に居る、朝の白い光に照らされた姿。うさん臭さを感じるが、容姿が整っている若いサラリーマンの様で。

 昨日は赤く光っていた瞳が黒いこともあり。鈴谷あすもは、普通の人間のように見える。


「にちか。私に見とれていないで、ベッドから出て、服を着替えて顔を洗い居間に来なさい。私は、人間ではなく悪魔だが。朝日を浴びても、日中に動いても、なんら問題はない。闇に紛れなくても、私ぐらいの悪魔であれば、自由に行動することが出来る」


 鈴谷あすもは、長い説明をしたあと。嫌な笑みを残して、部屋を出ていき。

 僕は、色んなことを聞くため。しゃくだけど、言うとおりにして居間に入り。


『おはようございます。にちか様』


 昨日、田村のおばあちゃんの家に居た。ふたりの男の子たちに、同時に言われた。


「にちか様。卵は、スクランブル、目玉焼き、オムレツ、ポーチドエッグ、どのようにいたしますか。味付け、柔らかさ、お好みをおっしゃって下さい」


 右に立つ、黒髪のタウがはきはきと言い。


「にちか様。ラムは、眠いけど~。お掃除とお洗濯しておきました~」


 左に立つ、白髪の巻き毛のラムがのんびりと言い。

 ふたりは、昨日と同じで結婚式に参加する様な恰好だけれど。昨日とは違うところに気付いた。


 今日は、頭の左右にあった角がなく、タウの瞳は黒くラムの瞳は薄い茶色だ。


「タウとラムは、屋敷を出たら人間に近い見た目になる。学校は休みなのに、どうして制服を着ている」


 ちゃぶ台の前、ぴしりとした正座をしている。鈴谷あすもが、うちの家にはない華美なカップを傾けながら言い。

 僕は、ふたりにうながされて、向かいに座った。


「にちか様。卵のオーダーをして頂けませんか」


「にちか様。オレンジジュースと~、紅茶になります~。紅茶にミルクとお砂糖は、どれぐらいいれますか~」


 僕は、左右から言われ。タウに「目玉焼き固め」と返し、目の前にグラスとカップを置いてくれたラムに「多めで」と返した。

 タウが「了解しました」と、居間から続く台所に向かい。ラムは皿つきのカップにお茶を注ぎ砂糖とミルクをいれてくれてから、台所に向かった。


「光太郎が戻ってくるまで、タウとラムが、この家のことをしてくれる。どんなことでも、命じるがいい」


 僕は、あっけにとられしまい。向かいからの声に、我に返った。


「……命じるとか、言うな。……僕は、自分のことは、自分でする」


 僕は、思ったままを言い。鈴谷あすもは、瞳を大きくしたあと、とても細めて言った。


「そう言うだろうと、光太郎が言っていた。光太郎からの伝言だ。自分が入院している間、私を頼れ。自分でなんとか出来ると思うな」


 僕は、じいちゃんの伝言に、大きくショックを受け。


「にちか。私は、明日香が光太郎の息子との結婚を決めたとき。婚姻を許さないほうがいいと、ここへ忠告をしに訪れた。明日香には、私がついていること。悪魔つきの娘だと伝える為に」


 突然に思える、鈴谷あすもの話に驚き。下がっていた顔を、ゆっくり上げた。


「光太郎は、私の話を信じて、明日香と自分の息子、産まれてくる子供のそばに居るよう言った。どうしてだと思う」


 僕は、笑みを浮かべていない、鈴谷あすもの顔を見つめ。

 初めて聞く、じいちゃんとあすものこと。おとぎ話の様な話を、頭の中でくり返し。

 答えが出る前に、目の前のちゃぶ台の上、タウとラムが皿を置きはじめた。


「光太郎は、自分に何かあったときは三人を頼むと言い。ふたりがいなくなったあと、私と契約を結び、にちかを頼んできた。私にしか、頼めなかったからだ」


 クロワッサンとトースト、目玉焼きとベーコン。サラダにフルーツとヨーグルト。

 目の前には、湯気を上げる綺麗な朝食。昨日の昼、病院でうどんを食べただけ。

 お腹は空いているはずなのに、用意してくれた朝食を食べたいと思えない。


「……なんで、……お前にしか、頼めなかったんだ」


「私は、お前と言う名前ではない。今日は、私の仕事を手伝ってもらおう。朝食を食べなさい」


 僕は、質問に答えない鈴谷あすもに、ぴしゃりと言われ。とても苛立ちを感じ。


「普通の人間には見えないものが見える。それは、明日香の血を継いだからだ。明日香の家系は見えるものが多く、明日香の父親も見えていた」


 怒りを言葉にしようとしたけれど、言われたことに口を開けなかった。


「明日香と明日香の父親は、私と契約を結び、にちかと同じように契約のしるしがあった。それがあれば、私は人間のそばに、にちかのそばに居ることが出来る」


 僕は、ふたりにもあったことに驚き、左手の甲を見た。


 五百円玉くらいの大きさ。王冠のような、『赤いヒガンバナ』のしるし。

 洗ってもこすっても消えず。鏡には映らず、幸雄には見えなかった。

 なのに、じいちゃんは、しるしがあることを知っていた。


「私と契約をすると、どうなるかを伝えている。だから、光太郎は、にちかに私と居るよう言っている」


 疑問に思ったことを、鈴谷あすもが説明し。僕が顔を上げると、クロワッサンにジャムを塗りながら続けた。


「私の仕事は、最後の花を頂き、死者の魂を送ることだ。魂は、私をさけるが、にちかには積極的に寄ってくる。今日は、私の為に魂をおびき寄せてくれ。初仕事だからな、特別にお駄賃をやろう」


 僕は、ふざけるなと思い。口を開けると、クロワッサンでふさがれてしまった。


「冷めないうちに、朝食を食べなさい。タウの料理は美味く、ラムの淹れた紅茶は美味い」


 そう言って、あすもは、にやりと笑い。僕は、嫌な顔から目をそらしたかったけれど、にらみながら朝食を食べはじめた。


    ※


「今日は、近所の、さまよえる魂を送ることにしよう」


 朝食を食べたあと、あすもはお昼ご飯の提案の様に言い。僕は、全く気乗りはしないが、あすもと一緒に家を出た。


 外に出ると、空はどんよりとくもっていて、蒸し暑さを感じた。

 梅雨明けはまだだけれど、辺りは夏の匂いが漂い。僕は、背中にじんわり汗が浮かぶの感じ。悪い夢の中に居るようだと思いながら、あすもの少し後ろをついていった。


 学校を休んで、悪魔とともに坂を下り。十五分ほどの道のりが、とても長く感じ。  

 着いたのは、元町駅に近い歩道橋の上だった。


「半年前、ここから、この近くの中学校に通う女性徒が飛び降り。車に頭をぶつけ即死した。女性徒は、半年ほどこの辺りでさまよっている」


 僕は、大きな道路にかかる歩道橋の上から、下の景色を見た。

 せわしなく車が行き交うのを見ていると、くらりと目の前が歪み。ぐいっと、首根っこをつかまれ。背中が冷たい温度につき、後ろを向いた。


「女性徒が現れるまで、ここに居るように。では、頼んだぞ」


 そう言ったあと、僕から離れ。あすもは、すたすたと行ってしまった。

 僕は、あすもから温度を感じなかったこと、他にも聞きたいことが山ほどあったけれど。

 ひとり残されてしまい、手すりに背中をつけて大きく息を吐いた。


「……じいちゃん。……何で、あすもと仲いいんだよ」


 僕は、先ほど、あすもから色々と聞き。一番ムカついたことを口にした。


 一昨日、田村のおばあちゃんの家で、どうしたらいいか分からず。泣きそうな僕の目の前に、突然現れた。

 あすもは、手品みたいな光景を見せて、自分を悪魔だと言った。


 昨日、学校に行く途中に現れて、僕を田村のおばあちゃんの家に連れていき。

 あすもは、じいちゃんを助けるから、契約をして仕事を手伝えと言った。


 今日、目が覚めると居て、僕の知らなかった色んなことを話してきた。

 あすもは、母さんと母さんのお父さん、じいちゃんとも関りがあったと言った。


 僕は、母さんと母さんに関わることを、じいちゃんから話してもらうことはなかった。

 知らなかったことを色々と聞き。一番強く思ったことに、ぼそりと言った。


「……じいちゃん。……何で、あすもに、僕を頼んだの。……帰ってくるよね」


 僕は、自分が口にした言葉で、背中がとても冷たくなるのを感じ。


「……じいちゃん。……僕、じいちゃんが居なくなるの、嫌だ」


 僕は、とても頼りない声で言い。ポケットの中で携帯が震えるのが分かった。


「……はい。はい、最上光太郎の、家族の最上にちかです。……はい、はい。……分かりました。すぐに、向かいます」


 僕は、病院からの着信を切り。「よかった」ともらして、両手が震えているのが分かり。

 左手の甲に、ちりっとした痛みを感じた。


「ねえ、何で、悪魔の手下なんかやってんの」


 痛みに顔を向ける前。高い、女子の声が後ろから聞こえ。

 地面から身体が浮き、くるりと回転した。


「ねえ、何で、私の邪魔をしにきたの」


 僕は、今起きていることに、頭が真っ白になり。質問の答えが浮かばないまま、固い鉄の手すりにお腹を叩きつけられた。

 僕は、痛みから、うめき声を上げ。


「ねえ、何で、私の邪魔をしにきたの」


 めりめりと、鉄の固い手すりにお腹が押し付けられ。二度言われた質問に、痛みでうめき声を上げることしか出来ない。


 僕は、今の状況に混乱しながら、


『半年前、ここから、この近くの中学校に通う女性徒が飛び降り。車に頭をぶつけ即死した。女性徒は、半年ほどこの辺りでさまよっている』


 あすもが言っていたことを思い返した。


「ねえ、何で、私を消そうとするの」


 後ろから聞こえる女子の声。水の中で聞くような、ぼわぼわとしたものに変わり。

 僕にしか、聞こえてこなかった声だと思い。後ろに居るのは、生きている人間ではないのが分かった。


『私の仕事は、最後の花を頂き、死者の魂を送ることだ。魂は、私をさけるが、にちかには積極的に寄ってくる。今日は、私の為に魂をおびき寄せてくれ。初仕事だからな、特別にお駄賃をやろう』


 僕は、やつの言うとおりになったのが分かり。苛立ちよりも怖さを感じた。


「ねえ、何で、私を消そうとするの。私は、あの子に会いたいだけなの」


 最後、女子の声が人間のものに戻り。お腹が手すりから離れて、ふわりと身体が浮き。僕は、洗濯ものの様に、身体が手すりにぶら下がった。

 眼下に広がる、車が行きかう道路の光景。僕は、全身の温度が下がり、左手の甲が熱くなるのを感じながら言った。


「……君は、もう、死んでる。……僕は、見えるけど、みんなには見えない」


 僕は、物心ついたときから、みんなが見えない人が見えて話せた。

 じいちゃんと暮らすことになって、無視するように言われ。見えて話しかけられても、言うとおりにしてきた。

 こんな風に、何かをされることはなくて。「どうして」ともらし、恐怖より怒りを感じながら。


「……僕は、悪魔の手下じゃない。……君に会いにきたのは、勝手に、決められてたからだ」


 僕は、あすもとじいちゃんに苛立ちながら言った。


 少しして、「嘘」と聞こえ。僕は、手すりに身体を干されたまま、はっきり「嘘じゃない」と言った。


「悪魔の手下じゃないなら、どうして、私を消しにきたの」


 女子の声が、人間の頼りないものになり。


「私は、あの子に会って、伝えられたら。……消えるのに」


 最後、とても弱い震えたものになり。僕は「じゃあ」と言い。


「僕が、あの子に会って、伝えるよ。約束する」


 そう言ったあと、少しして、「本当」ととても小さな声が聞こえ。

 左手の熱が下がっているのに気付いたとき。


「にちか。そんな姿にされてまで、情をかける必要はない。低級な地縛霊が、私のものに手を出すな」


 いつもより低い、鈴谷あすもの声が聞こえ。僕の両耳を、高い叫び声が強くふるわせた。

 思わず、両目を閉じたあと。僕は、ふわりと身体が包まれ、地面にお尻がつき。


「にちか。どうして、左手の力を使わない。あのような低級なもの、すぐに消せただろう」


 両目を開くと、目の前に、両ひざをついた鈴谷あすもが居た。


「抵抗しようとする思いだけで、力は発動する。どうして、ひどいことをされ、なすがままにされていた。どこまで、同じなんだ」


 あすもが、表情のない顔で、とても低い声で言い。僕は、あすもの向こうに見えたものに驚いた。


 薄くすけている、制服を着た女子。地面に座る姿は、ぐるぐると、とげの見える太い茎に包まれている。

 女子の顔は、長い前髪で見えず。苦しそうなうめき声が聞こえ。


「……何で、あんな。……ひどいことになってる」


「にちかに、ひどいことをしたからだ。相応の罰を与えたあと、消えてもらう」


 僕は、かあっと身体が熱くなり、立ち上がって言った。


「あすもがやったのか。すぐに、やめろ」


「ここに訪れたのは、あれを消す為だ。私の仕事を手伝う、契約を忘れたか」


「覚えてるし、手伝ってやるよ。でも、勝手なことはやめろ!」


 僕は、最後、とても強く言い。下にある顔が、両目を大きく開いた。


「ひどいことを、するな。僕は、約束したんだ」


 あすもは、少しして、両目をとても細めて言った。


「悪魔だけでなく、死者の魂とも約束をするとは。本当に、どこまでも似ているな」


「訳の分からないこと言ってないで、早くしろ。僕が代わりに伝えれば、消えるって言ってたんだ」


 僕は、苛立ちながら言い。鈴谷あすもは、ふふっと小さく笑ってから、相変わらず嫌な笑みを浮かべた。


「おおせのままに。私は、最後の花を頂ければ、あとはどうでもいい」


 からかう様に言った、鈴谷あすもが立ち上がり。僕はにやついた顔を、下からにらんで言った。


「田村のおばあちゃんにしたこと、あの子にもするのか」


「最後の花は、生の残滓。私が花を取り出せば、地上にとどまることは出来なくなる。さまよえる魂は、今生から消える」


 僕は、あすもの分かりにくい言葉を、頭の中でくり返し。


「あすもが、花をとりだせば。ちゃんと、成仏出来るのか」


「成仏なんて難しい言葉を、よく知っているな。寺の息子に教えてもらったか」


「寺の息子じゃなくて、幸雄だ。馬鹿にするな」


「そうだと思ってくれても、構わない。よく、理解出来たな」


 僕は、笑みを浮かべたあすもに「偉いぞ」と言われ、とても苛ついた。


「ひどいことを、すぐにやめろ。あの子と話をする」


「死んだ人間の魂が今生にとどまる理由は、ふたつ。ご婦人のように死んだことに気付かないときと、今生に未練があるときだ。半年ここにとどまった、女性徒の未練。にちか、うまく晴らしてあげなさい」


 あすもが笑みを消した顔で言い。僕は、こくりとうなずき。

 一緒に女子のそばに立つと、あすもが茎に手を添えて言った。


「痛みはなくしたが、身体を自由にすることは出来ない。また、にちかにひどいことをすれば、私がすぐに消してしまうからだ」


 そう言ったあと、あすもは薄い笑みを浮かべ。僕は、うめき声が止まった、女子のほうを向いた。


「伝えたいこと、誰に伝えたらいいか。教えてくれないかな」


 薄くすけている女子から、声は聞こえず。


「私が居るから言いたくないか。さっさと言わなければ、にちかにしたことを償ってもらおう」


 あすもが、最後、楽しそうな声で言い。僕が口を開く前、「きゃあっ」と、女子の悲鳴が後ろから聞こえた。


「……あ、あなたたち、……その子に、何してるの」


 振り返ると、眼鏡をかけた、私服姿の女子が居た。僕は、とても驚き。


「……はなれてよ。……私の、……友達に、ひどいことしないで!」


 眼鏡の女子が震える声で、強く言い。見えないはずの、薄くすけた女子が目の前に立ち。レンズ越しの瞳を大きくした。


「初めての手伝い、よくやってくれた。手伝いのお駄賃だ」


 目の前の光景にとても驚いていると、隣に立つあすもが言い。眼鏡の女子が、薄くすけている女子に抱きついた。


「……ごめんね。……私が、気付いてたら。……死なずにすんだよね」


 眼鏡の女子が、喉をつまらせた声を上げ。僕は、胸がぎゅっとなり。

 あすもが、薄くすけている女子の背中へ、左手を差し込むのを止められなかった。


「それでは、最後の花を頂こう。ラスト・フラワー」


 豆腐に包丁を入れたときの様。音は聞こえず、血は流れず。あすもの左手が、すっぽりと背中に収り。


「にちかへの償いは、予想外の、素晴らしい花で許そう。半年ぶんの未練は晴らしてやろう、安心して逝きなさい」


 そう、静かに、低い声で言ったあと。あすもが背中から手を引き抜き。

 慌てて僕が駆け寄ると、薄くすけている女子は、さあっと姿を消してしまった。


「この花は、貴女に向けてのものだ」


 あすもが、瞳を大きく開いている眼鏡の女子に、握った左手を向け。僕が口を開く前に、ゆっくり開いた。


「この花は、アスターという。「アスター」はギリシア語が由来で、「星の形」という意味があり。日本名は、エゾギクという」


 あすもの手のひらの上には、五百円玉ぐらいの大きさの花がひとつ。

 鮮やかな青で細い花弁が、黄色い丸を中心に円を描く。小さな姿は、とてもかわいらしく見える。


「青いアスターの花言葉は、『信頼』『あなたを信じているけど心配』。貴女が供えようとしていた花は、カンパニュラだろう」


 地面に落ちていた、小さな花束を右手でひろい。あすもは、眼鏡の女子に両方の手を伸ばして続けた。


「カンパニュラの日本名は、フウリンソウにツリガネソウ。カンパニュラの花言葉は、日本では『感謝』『誠実』。欧米では『後悔』『守れなかった命』。ふたつの花がそろったことは、偶然にしては出来過ぎているが。この半年、ふたりの想いが同じだったからだろう」


 つりがねの形をした薄いピンクの小さな花。束ねた姿は、青い花と同じように見えた。


「貴女の友は、家庭の事情で自ら命を絶った。貴女の友は、自分勝手に自ら命を絶った」


 そう、あすもが歌う様に言い。僕が口を開く前に、明るい声で続けた。


「貴女は、貴女の友の死は自分の責任だと思い込み、家から出られなくなった。家から出るのは、月命日にここへ花を供えるときだけ。貴女の友は、死んでから、貴女が自分をどれだけ想っていたかを知った。貴女へ、後悔をやめるよう言う為、ここにとどまっていた」


「……私の、せいで。……ここに、ずっと居たのかな」


 眼鏡の女子が、ぐしゃりと顔を崩して、今にも泣きそうな声で言い。


「貴女の友は、半年の間とても幸せだった。貴女が、貴女の友に想いを与え続けたからだ。最後、貴女の友は、どんな顔をしていた」


 眼鏡の女子は、レンズ越しの瞳を大きくしたあと、とても細め。その場に崩れ落ちそうになった。


「にちか、大丈夫だ。気を失わせただけだ。食事が終われば、家まで送り届けよう。私が呼び出したのだから、最後まで面倒はみよう」


 そう言ったあと、あすもは両手の花を一瞬で食べ。寸前で眼鏡の女子を両腕で受け止めた、僕ににやりと笑った。


「にちか。食べ応えはないが、美味かったぞ。契約どおり、私に、最後の花を、美味い花を食べさせる為、これからも頑張ってくれ」


 僕は、少ししてから、言われた意味が分かり。


「そんな約束はしてない。……最後の花って、なんだよ」


 疑問を口にすると、あすもは嫌な笑みを浮かべたまま言った。


「最後の花は、魂の残滓。今生にとどまる死者の魂から、私が花を取り出せば、死者の世界に送ることが出来る」


 僕は、分かりにくい説明を、頭の中でくり返し。なんとか理解してから、新たな疑問が浮かんだ。


「最後の花は、人間の最後の魂。私は、悪魔で、人間の魂を食べる。人間と同じで、食事を楽しむ。私は、最後の花だけを食べるが。食べられなければ、生きている人間、にちかから花を頂くことになる」


 僕は、少ししてから、言われた最悪な意味が分かり。


「にちか。これからも、手伝いを頼むぞ。私に、花を差し出したくないないだろう。光太郎は、にちかの花は美味くないだろうと言っていたぞ」


 僕は、契約をしたことを後悔し、じいちゃんに何でだよと思い。

 楽しそうな悪魔、あすもをにらんだ。


第2話 青いアスターとピンクのカンパニュラ 了

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