第29話 一人相撲


僕は……本当に僕は何をしたかったのだろうか。本当に分からない。本当に知りたい。けれど、僕は現実世界で何をしたかったのか、何をしていたのか……もう全部分からない。いや、分かったところでもう普通の人間には戻れないのだ。

じゃあ、死んでもいい……短絡的だけど、本当に僕が死にたい人間になってしまっているのなら理由はそれ。


もし、現実世界に生きる価値を見いだせたなら……僕はもう一度、純粋に生きたいって思えるのだろうか。











(賢人には生きてほしいって思う……思うけれど、それもエゴの塊であって……もしも『賢人に生きてほしいんだ』と口にしてしまえば、今までの私の人生なんだったんだろうって思う)


伊吹は1階のロビーで考え込んでいた。賢人とは別行動をしている。


(それに、きっと賢人を『死にたい人間』にしたのは私であるのだから、次は生きたい人間になってほしいなんて……死んでも言えない)


伊吹は自問自答を繰り返していた。出会いも何もかも恨んでしまうが、それも仕方がない。賢人と伊吹が出会わなければ、2人は2人の道で生きて、死んで……運命に抗わない道を選べたのだから。


(楽希も世界も生死の決着をつけたと言ったが、それはなんで出来た?世界が自殺したのだとはいえ、楽希はそれをどう受け止めた……生きても死んでも、どちらとも幸せになる方法なんてない。それどころか、どちらも不幸になってしまう)


伊吹は考えれば考えるほど、追い込まれた。賢人が生きたいと思えば良い話だが、それは困難である。簡単では無い……ではなく、困難である。

賢人の純粋な笑顔を思い出して、伊吹は不覚にも泣きそうになった。


(でも、2人とも生きたいと思えたら……この上ない幸せだろう)











(伊吹さんのことを考えると、世界くんのことを考えると……なんでこんなことで僕は死にたいんだと思ってしまう。凄く自分のことを追い込んでしまう。それでも死にたいだなんて……なんでだろう。残酷な場面があったから……?人間の醜さが分かったから……?)


賢人は自分の言葉で自分を追い詰めた。


(それは楽希くんも同じじゃないか……)


自分の求めている答えに辿り着くことはなく、心を乱しそうになる。答えはいつまでも見つからない。賢人は唇を噛み締める。それで垂れてくる血がいつもより生々しい。これ以上噛んでしまえば戻れないような危うささえも感じる。


(この血もこの体もこの心も、何か1つでも欠けてしまえば人間は死んでしまうのになんで人間は生きていくことができるの。そんな大きな奇跡を背負って前を向けるの……)


賢人は伊吹の姿を思い浮かべる。何もかも失っても尚、何かを求めて追い求める姿。自分には到底眩しい光なのに、きっとそれが自分の理想だと分かっている。彼女の人生が続くようにと強く願っている。それは分かっている。けれど、檻の中から抜け出せない。


(僕の人生、何が足りなかったんだろう……)


あまり思い出すことの出来ないリアルを考えると苦しくなる。きっとこの人生寂しいことばかりだったんだろう。それでも人間の使命として生きてきた……でも、その使命が危ういことも分かっている。全て全て……理解しすぎた。


(僕は一生このまま……それなら僕が)


賢人は結や世界の姿を思い浮かべる。


(これで僕の一人相撲も終わりだ)


賢人は自然に口が緩んだ。世界が開けるような予感さえもした。

しかし、その奥で心臓が貼り付けそうな思いもする。それが心地よい。それでいい。






(晴の思いと賢人の思い……どちらが大切なのだろうか)


伊吹は目をつぶりながら深く考える。


(私の一人相撲は終わる気配がしないな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君のために生きるか、死ぬか もみぢ波 @nami164cm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ