第28話 死にたい人間


結局、賢人と伊吹はデスゲームから逃れることができなかった。不穏感が2人を襲う。


「なんで出られない!?私は……私は!!本当に生きたいと思っているんだ……!!晴のためにも生きていかないといけないんだ!!」


伊吹はゲームマスターにでも問いかけるように大きな声で叫ぶ。しかし、誰も答えてくれない。


「こんなに『死にたい人間』から脱却することが難しいなんて……私はどうしたら、生きたい人間になれるんだ……?」


しかし、伊吹は違和感を感じていた。自分のことは自分が1番分かっているわけで、本気で生きたいと思っている自分には違和感を感じていない。少しの死にたいという感情さえも捨てきっているつもりだ。

それなら、なぜ出れない……??


"どちらもが生きたいと思うようになれば、このデスゲームから退場することが出来る。"


伊吹は招待状である初期のメール内容を思い出す。


(ここは……2人とも生きたいって思わなければ出られないところだ……)


伊吹は自分の中と向き合い、その次に賢人と向き合う。


(まさか……賢人が『生きたい』って嘘ついてる訳じゃないよな……???)


賢人のどこか焦点の定まっていない瞳と額から流れ出ている汗が伊吹のことを追い詰める。正常な感情を持ち合わせていたはずの生身が嘘になる。その瞬間が凄く怖かった。


「お前……死にたいなんて思ってないよな?」











僕はきっと……死にたいと思っているんだ。


"なんか、『生きたい人間』らしくないね。賢人くんはやっぱりメンタル強いや"


不覚にもその世界の発言に違和感を持たずにいた。それはもうずっと前の話のように思える。きっと、伊吹さんがまだ死にたい人間であった時から僕も同じように死にたい人間だったのだ。


"なんで……なんで……死なないでって言えないの……"


僕が世界くんが自殺するのを止めようとしたけれど、止められなかった時の言葉。これにも凄く納得がいく。

僕が死にたい人間だったから、止めることができなかったのだ。


"伊吹ちゃんにも話したんだ。あの子は死にたい人間だから、直ぐにとは言わないけど、承諾してくれたよ。……まぁ、自分も死にたいと思ってるのに止められるわけないか"


次に思い出したのは世界くんの言葉。……ここに答えがあった。

僕はいつからか死にたい人間で、伊吹さんの前でもずっと嘘をつき続けた。そうしないと……何か人間と判断している核が崩れ落ちていきそうに感じたからだ。


僕はなんで死にたい人間なのだろう。なんで……『生きたい人間』ではないのだろうか。残酷な光景を目の当たりにして、命の儚さに気づいた。それでも生き続けるからこそ、人間であるのになんで僕は……死にたいのだろう。











部屋に溜まるのは不穏な空気だけで、あとは何も無い。その居心地は非常に悪かった。


(賢人には生きてほしいと思ってもらわなければ困る。けれど、それを言葉にできない。私の方がずっと『死にたい人間』だったのだから)


伊吹はやるせない気持ちに萎えてしまう。それでもこの現状を打破しなければならないのだが、その1歩を踏み出すことができなかった。なんと言っても、今まで傍で助けてくれた世界と楽希がいないのだから。


「賢人はなんで死にたいって思うんだ」

「……分からない」

「そうか。でも、賢人は教えてくれたよな。誰かのために生きるのが1番だって」


賢人はその言葉を聞いて、昔の自分を思う。まるで、別人のように感じた。


"一緒に生きる以外に何が楽しいの?誰かのために生きるのが1番なんじゃないの?"


自分の言葉なのに、まるで自分の言葉ではない。言葉の意味が変わったと言うよりは、自分自身が揺らぎ始める危うさを感じていた。


「じゃあ、逆に聞く。お前は今までなんで生きたいと思っていたんだ」

「なんで生きたい……」(なんでだろ……。でも、僕はずっと信じてきた。人間が生きたいと思うのは当たり前で、むしろ生きたいと思わなければ人間ではない何かに生まれ変わってしまうような恐怖心さえ生まれてしまう。だから、僕は生きたいと思っていたわけだし、そう思っていたかった。そうすれば、普通の世の中で普通に生きていける……けれど、死にたい人間に会って分かってしまった。この世の中では必ずしも『生きたい人間』がマジョリティーな訳ではないと言うことを。そして、そう言う普遍的な人間がマイナーである人間を潰していることを。……『生きたい人間』であることを繕うよりも、死にたい人間であることの方が楽だなって思ってしまった)


賢人は伊吹を前にして涙する。それは嗚咽混じりのなんとも苦しい涙だった。賢人自身、自分がなぜ泣いているのかも分からない。


「僕、何もかも分からないんだ……!なんで生きたいって思ってきたのかも、なんで今、死にたい人間扱いされてるのかも……!」

「それは私にも分かる。……幸いなことに私には晴がいた……そして、賢人がいた。だから今、大きな壁をぶち破くことができたのだと思う。私にはやらなければならないことがある。そして、そのために生きていかなければならない。だから、生きたいと思う……それだけだ」


伊吹は晴の遺書を握りしめながら、少し微笑んだ。賢人にはそれが眩しすぎて直視できない。自分との違いに億劫になる。


「賢人にはそういうものがないのか?私じゃなくて良い。現実世界の家族とか友達とか……ここから脱出して、会いたい人はいないのか?」


賢人は何もかも失ってしまった伊吹が誰よりも勇敢であることに目を見開いた。











僕には家族も友人もいる。けれど、伊吹さんには最愛の妹も最愛の友人もいない。でも、僕にはいる。でも、僕は死にたい。


僕は何になりたいのだろう。僕は誰と一緒に生きたいのだろう。

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