第十八話 暗闇の中の光明

「サージェリー。急に飛び出したりしてどうしたの?」 


 サージェリーに、追いついたアキが気まずそうにこちらを見る彼女に話しかける。


「ごめん。でも嫌な予感がしたんだ。対策を練るためにも、私自身の目で確認しなくちゃいけない……!」


 ここまで着いてこさせてしまったアキに、申しなさげに告げる。


「申し訳ないな。私が先走ったばかりに。でも私のことなんて気にしないで自分の安全を考えたほうがいいよ」


「そんな事今言われても後戻りできないよ」


 アキは時計に内蔵されている照明機能で、サージェリーを追いかけてきたが、その際追いつくまでかなりシェルターとの距離が開いてしまっていた。


「それにフルーゲルさんにも何かあったらサージェリーの手助けをしてあげてって言われてるから。あなた一人より私がいたほうが心強いでしょ?それとも頼りにならない?」


「全然そんな事ないけど……いいの?」


「いいよ。今までよくしてきてくれた恩返しだと思って」


 サージェリーは、アキの表情こそよく見えていないがそのいつもと変わらない声色に本当に何の不平も抱いていないのだと心が軽くなる。


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 ここで遠慮すれば逆効果であるという打算があったわけではないが、サージェリーは素直にアキにそう言った。

 

「それでこれからどこに向かおうとしてるの?」


「この施設の上部にある機械室。また階段を登るのは大変だけど……この施設の装置全般に異常が起こったというのなら真っ先にそこが気になる」


 二人は道中で敵との遭遇を警戒しながら、連絡階段を素早く駆け上がっていった。


 



「……広いな。ここがどこかも分からんし、もう自分だけで行動するか……」


 地図もなくここの間取りを完全に把握しているわけではないハルはふと、そう口にした。


「しかしきな臭いな」


 この騒動。あまりに謎が多すぎる。侵入してきたアスヴァドルは誰かに手引きされてきたのかさておき、その目的が分からない。民間人を虐殺するためだとしても施設を乗っ取るなんてたいされたことをしておいて、その後の行動が遅い。もう民間人は粗方避難しきっている。

 であれば他に目的があると考えるのが妥当か……?


「少なくともここにいては何のヒントも得られない。一般人が足を踏み入れる場所が許されない場所……軍部。怪しいのはそこか」


 そう睨みを利かせている理由は、アスヴァドルだけでなく軍部の動きにもある。この騒動に対して行われた目に見えた措置は民間人のシェルターへの収容のみ。護衛の兵士は非能力者であり階級的に末端の一兵卒。他の階で本格的に活動する兵士たちを見かけなかった。索敵や警戒を人一倍行っているはずの兵士たちがアスヴァドルの侵入に気づいているのであれば、何か手に負えない事態が上階で繰り広げられてるのかもしれない。


 ハルはカツンカツンと冷たい金属の単調的な音を響かせながら連絡階段を昇る。前方、後方、頭上あらゆる方向に警戒心を露わにしながら。

 

「アスヴァドルの気配はない……あの時見つけられた個体は偶然あそこに居ただけなのか?」


 ハルは腕時計をあちこちに翳しながら、慎重に階段を昇る。やがていくら階段を昇ったか忘れた頃。漸く階段の切れ目が見えた。

 

 ハルは階段を昇り切るとすぐ隣にある非常扉のドアノブをそっと握り体を隠しながら扉を開く。その時丁度何かがつっかえた。何につっかえたのかとライトを向ける。そして思わず心臓が飛び出るほどの衝撃を覚えた。


 光沢を放った硬質な体。蜘蛛を模した節足。こちらを覗く無機質な目。眼前に聳える巨体。


「ッ!」

 

 ハルはそれを認識するや否や標的に手を向け、怒りの粒子を大量に放出する。


 その硬質なボディはなす術もなく灰となり崩れ落ちる。

 高鳴る心臓の音が響き嫌でも身体中に血液が急加速し送られる。異常な脈拍は予想だにしなかった存在により引き起こされたのだ。

 

「アスヴァドル……!こんなところに」


 フゥと深呼吸し胸を宥めかすとハルは扉を潜り廊下に出た。金属音が軋まないようそっと閉める。


 絶対に油断ならないという緊張感。ハルはそれに呑まれぬよう果敢に歩を進める。


 ハルはいつどこから敵が襲いかかってきてもいいように赤い粒子を掌に準備して、ライトを前方に放つ。そして前方にある影を見た。


「別の個体か」


 しかしいくら観察しようが動き出さない。あちらもライトに反応しているはず。ハルがこちらから仕掛けるべきかと前に勇み進んだところで奴は動き出した。


「あれは────ッ!?」


 アスヴァドルの鋼鉄の節足がこちらに向けられてさらに何か突起が内部から生えてきたかのように見えた。

 ハルは嫌な予感がし、奴が動き出す前に間一髪、前方に赤い粒子の壁を作ることができた。


 パシュンと言う音と共にギリギリ視認できた鉛玉。それは赤い粒子の壁に触れると灰となり勢いそのままハルの足元へと通過し撒かれた。


「!?」


 ───銃火器!?


 ハルがアスヴァドルについて調べた時、その内部に搭載された多機能さに驚きを覚えるとともに、なぜその機能を初めて奴と会った時に使用しなかったのかと疑問に思ったことがある。

 その答えはサージェリーが教えてくれた。

 この施設周辺のどこかに仕掛けられたアスヴァドルの妨害のみに有効な電波が、奴らの伝達系に電気信号が送られるのを妨害しているのだと。しかし今使用できているということは……


 ────妨害電波を送信する装置が機能停止されたか、今まで出会ったやつより強い洗脳をかけられた個体であるということ。前者であれば偶然でも片付くかもしれないが……後者であればそれはつまり能力者に完全に目を付けられている可能性がある。


 現に奴らの攻め入るタイミングもフルーゲルの遠征時。どちらの可能性もあり得るが信憑性を帯びているのは……後者の方。最悪なのはその両方。


「未来に来てから面倒ばかりだ……!」


 ハルは誰が何の目的で連れてきたか、まるで見当もついていないがこの世界に投げ込んで後は無責任にも放任するという不条理極まりない、状況に腹を立てた。


「あれでは迂闊に近づけんな。仕方ない」


 ハルは腹を括り掌を合わせると目標を定めて指先を奴に向ける。


 あそこは射程範囲外。自分の意思で動かせる粒子は自分を中心とした半径からおよそ20から30メートル程。

 一つ例外として挙げられるものはこの圧縮射出によるものだけだ。指向を定め発射した後は

操作不可であるが飛距離と速度は随一を誇る。

 一応奴との距離をその範囲内に持ち込むことも可能ではあるがモタモタと粒子を操作している間に避けられてしまう可能性がある。想定する素の状態のアスヴァドルとの戦闘において長期戦は悪手。今は誰も見ておらず自分一人。ならば一瞬でカタをつけれるこの方法こそ最善手と考えたのだ。


「いけッ」


 手慣れた動作で赤い閃光を奴の頭部に叩き込んだ。

 一瞬の輝きの後、アスヴァドルの頭部が分断され剥き出しになった基盤ごと地面に落ちた。


「停止したか。弱点は頭部で間違いなさそうだ」


 アスヴァドルの戦闘補助AIは頭部に搭載されている。それを第三勢力の首謀者のゼクロスが支配し命令を書き換え人間抹殺マシーンへと変貌させた。つまり頭部の回路や脚部のフレーム、胴体部分の回路、エンジン、CPUなどの制御装置など弱点が多い中、比較的狙いやすく破壊すれば即座に無力化できる唯一の場所と言える。だが、調べた限りでは奴らは独自のネットワークを通じて戦闘データの共有が可能だという。データを集積させないためにも映像記憶装置の類いは完全に破壊しておきたい。しかし今後ともスムーズに行くとは限らない。


 そう。あれが奴の本気ではないはずだ。学習させる暇もなく倒さなくてはならない。


 ハルは怒りの粒子を自分の前方に維持しながら停止したアスヴァドルに近づく。


「装甲が真新しい。明らかにドーム周辺に現れるそれとは違う手先のもの」


 傷の少ないアスヴァドルを観察して何か思うところを残しながら、赤い粒子でその機体を消し去るとまた奥へと歩き出す。


「……!あれは」


 ハルは目先のある物体の元に駆け寄って、しゃがみ込んだ。


 まるで内側から弾け飛んだかのような痕跡を残した装甲。その周辺にはアスヴァドルと思しき物の残骸が散乱していた。


 戦闘の痕跡。おそらく兵士たちがコイツと戦ったのか。しかしこのフロアも他と同じく停電している。そしてここにいない兵士と点在するアスヴァドル。どこだ……兵士たちはどこに行ったんだ?


 残骸をあとにしたその後も、ただ景色の変わらず、終わりの見えない深淵に足を運ぶ。

 

 本当にこの道でいいのだろうか……?ここの階の見取り図でもあればいいが……




 アキともサージェリーとも結局出会うことはなかったが、それでも一つ変わり映えするものがあった。


 先ほどより戦闘の痕跡が濃くなっている。


 ハルは複数体のアスヴァドルの残骸を見る。砕かれたり、爆破されたり、切断されたり……

 撃破の手段に多様性が見て取れる。十中八九集団戦があったのだろう。そして能力者が顕現した霊獣がつけたと思われる爪痕が床や壁に深く刻まれていた。熾烈な戦いがあったことがあんなに予想できる。


 近づいている。おそらくこの先に……


 所々に飛び散った血痕の跡を辿っていく。廊下の角を曲がった先には扉が全開となり光が漏れ出ている部屋があった。

 この施設全土が停電してる中ここだけが点灯を許されている。必ず何か深い意味があるはずだ。


 中にいるのが兵士であれば幸い。事情も聞くこともできる。アスヴァドルであれば……抹消する他ない。


 怒りの粒子を携えて、その部屋を覗く。中には誰もいなかった。そのことを確認したハルは白塗りの部屋に侵入した。


「ここは……研究所か」


 細長い机が連なり書類が散らばっている。その他に白一色の単調な部屋の中に存在感を醸し出す怪しい色をした液体が入った試験管やフラスコが棚に陳列し保存されているのが見える。


 ハルはその書類に目を通した。

 研究内容はアスヴァドル関連のものばかり。

 研究の成果をまとめたものであろう。グラフや数値の他に専門用語の使われた文章は非常に難解でとても素人が読み解けるものではない。

 簡易的に読み取るのであれば生け捕りにしたアスヴァドルの行動パターンから何か事前に防護策を弄したり、先手必勝のプログラムを逆手に取り罠にかけられるのではないかといろいろ研究と開発を繰り返しているらしいが難航しているようだ。赤のペンでいくつもバツマークを打たれている。


 デスクの引き出しも開かれっぱなしで床にも、溢れた液体や真新しい引っ掻き傷が残っている。研究員たちの抵抗の跡。この散乱っぷりを見るに強盗まがいのことがあったと分かる。持ち去られたのは研究のデータか化学物質か他に目的のものがあったのか……だが戦闘があった痕跡はあるがその肝心の研究員がこの部屋にはいない。自分の身を優先してなんとか逃げ仰たのだろうか?

 

 ハルは思考の海に沈む。


 一つ気になることがあるとすれば……敵はこの施設を乗っ取ってどうするつもりなのか。ここで一悶着があったのは確かだが依然として敵の手中にあることは変わらない。この堅牢な施設のセキュリティを突破して外部からシステムをハッキングするなどと言うことは並の技術者でも不可能だ。

 まさか機械管制を執り行う部署から内通者が出たのか?いや、そこの機関だけではなくとも施設を駆け巡る送電線を断線したり大元となる送変電機器を破壊すればこの状態を作り出すことは可能。それならば、ここまで手招きするのも首謀者とのわずかなコンタクトと綿密な計画、時期さえ合えば不可能ではない。この頃に襲撃されたのも辻褄が合う。


 全ては想像でしかない。それでも闇に潜んだ思惑を掘り起こすのを辞めることはできなかった。


 ハルはこの点でしかない推測が線となるように、手がかりを求めた。


 俺がここに来たのは血の跡を追ってきたからだ。その血はこの部屋に続いていたはずなのに丁度扉の前で途絶えている。元々扉はしまっていたのか?


 ハルはその血痕を調べようとしゃがみ込みじっくり観察する。


 ………この周辺にある血飛沫の直径は約10センチメートル。ほぼ同心円状で真上から落ちたようだ。まさか天井か?


 ハルが真上をライトで照らし見上げると驚くべきものを発見した。


 天井に血の滲みがあるのだ。薄らと正方形の枠を模りその切れ目が見える。恐らく配線などが配備された天井裏に繋がっているのだろう。 


 そこに一体何があるというのか。


 ハルは研究室から脚立を担ぎ出してその血の滲みの真下に設置しその上を昇る。天井にまで手が届くとそこを押し上げた。


 ガコっと意外にもすんなりと外せた板を天井裏に押しやると行き場を得た赤い流動体が、端からこぼれ落ちた。


 空いた入り口の端に手をかけよじ登る。そしてすぐさまライトを向けるとそこには、両足をもがれた男性の兵士の死体があった。とめどなく溢れた血の源泉はここからであったようだ。


「なぜこんな場所に死体が……」


 至極当然の疑問。死体の容体から見るに明らかに出血死。アスヴァドルに襲われたのだろう。この男がゼクロス使いならばなんの足場なしにここに登れても不思議ではない。だがそんなことより何故ここに死体があるのかが重要。


 ハルがライトを照らしながら近寄るとこの死体がうつ伏せで寄りかかっていたものが、何かの機械だと判明した。四角い筐体にいくつもの上下にオンオフを切り替えるタイプのボタンが取り付けられている。そのボタンの下に人工知能総合研究所、サイバーセキュリティ研究所、生物体力学研究所、光化学研究所、能力開発兼解析研究所と、様々なボタンがある中これらのスイッチだけ切り替えられていた。研究所に別途用意された予備電源だとハルは思い至った。

 乾ききってない血の跡を見る限り、この男が操作したのに違いはないだろう。


 ここの照明をつけて扉を開いていたのもこいつの仕業か。たとえ死ぬ間際であっても遂行しなければならなかった事なのか……


 ハルが死体のポケットから手帳を抜き出すと、それを開く。目の前の男の顔面とと証明写真の姿が合致していることから持ち主本人である事は確かである。

 手帳を見るに名前はサルビー・ウログ、42歳。光化学研究所迷彩学科所属の技術士官で技術官になるための資格を多数保持している。軍部の入籍時期が8年前であることからベテランでこの施設の勝手も分かっている事だろう。


「身元確認はできたがそれでも敵ではないと言う証拠がない……こればかりはコイツと親しい奴に人柄を聞かないと分からんか」


 合わせてこの現状が何を指し示すのか有識者に伝えねばならない。サージェリーあたりが適任だろう。


 ハルは配管や導線が入り混じった天井裏から脚立を伝って降りる。


 ここの研究所の札を書かれているのは光化学研究所。

 つまり残りの人工知能総合研究所、サイバーセキュリティ研究所、生物体力学研究所、能力開発兼解析研究所にも何かヒントがあるはずだと目印となっているであろう照明を頼りに他の研究所に向かうことにした。




「ここが最後か。今度は無駄足でなければいいが」


 予測通り前述した様々な研究所には照明がつけられており扉も開いていた。しかしその研究所を巡ったが荒らされた形跡すらなく結局手がかりは見つからなかった。残すは能力開発兼解析研究所のみとなった。


「ん?誰かいる」


 ハルは物陰に隠れてその様子を窺う。こちらに背を向けてかがみ込み何やらもぞもぞと蠢いている。


 あの後ろ姿。見覚えがあると思ったら……ナイブロム……だったか。何をやっているんだ?


 階段で別れて以降姿を見ていなかった彼が何故かこの研究所におり、何か作業をしている。


 ハルは無遠慮に彼に近づく。何をやっているのか覗き込みながら後ろから声をかけた。


「おい」


「うお!ビックリした!って君は……!」


 彼は屈んだまま肩を振るわせこちらに振り返る。驚きの表情はハルを見た途端少し拍子抜けしたように見えた。


「なんでこんなところにいるんだよ!?シェルターに逃げたんじゃあねぇのか!?」


「あそこが窮屈そうだったから入るのやめたんだ」


「ええ!何やってんだ!?アキちゃんとサージェリーは?」


「食堂エリアにいた民間人をシェルターに収容した後、二人が自分たちで原因を究明すると意気込んでどっかに行ってしまった。今は俺だけの単独行動だ」


「本当に何やってんだよ……!」


 信じられないものを見るような目で、或いは気が遠くなる目で、目眩を感じたように頭を抱えた。


「それで。お前こそ何をしている?」


「ああ、これか?」


 自分の機械的な亀型の霊獣に餌を与えるが如く、ボルトやナットと言った小型の部品を口にさせていた。


「銃弾がきれちまったからよ。補充してんだ」


「……」


 過程をすっ飛ばした大雑把な説明にハルは、理解しきれず無言でその場に佇む。その様子を見たナイブロムもあぁ、と自分の説明不足を察っした。


「コイツは食した金属の部品を、体内で自在に組み替えたり変形させる能力を持ってんだ。その為には俺がその生成するものの構造について熟知している必要がある。だからなんでも生み出せるって訳じゃあねえがこういう緊急時に便利な能力さ」


「なるほどな。ところでもう一人はどうした?お前と一緒にあの場に残っていたはずだが」


「あいつならそろそろ───」


「今戻ったわ。ってあら?」


 丁度よく研究所に入ってきたのはナイブロムとよく行動を共にしているサーレであった。


「なぜあなたがここに?」


「俺も軍部を探索していたところにこいつの姿が見えたから声をかけたんだよ」


「そうじゃなくてなぜあなたが軍部に……」


「うるさい。さっきも聞いた。何度も同じ問答を繰り返させるな」

 

 今ここに戻ってきたらばかりのサーレは突然怒られたことに納得しかねる表情で抗議しようとしたものの先にハルが話題を振ってしまい出鼻を挫かれる。


「お前らこそ何故ここにいる?アスヴァドルを撃退した後地下に行かなかったのか?」


「その予定だったんだけどねぇ……」


 ナイブロムが右手で無造作に頭を掻く。


「俺たちは皆んなを逃した後奴の気を地下へ向かう民間人から俺たちに引くため、そして軍部にこの事を知らせるため、上に行こうと判断したんだ。だけどおかしな事にここのフロアに人影一つすら見つからなくてな。戦闘の痕跡自体はあるんだが兵士が一人も見つからねぇんだ」


 それは今の俺の状況と同じだと、ハルは黙って話を聞く。


「だけど深刻なことに所々にアスヴァドルが徘徊していて戦闘を余儀なくされることもあるわけよ。でもコイツらの様子がいつもと違ってな。調べたところアレはここらにいる放任用アスヴァドルではなく特殊用……つまり量産型じゃなくてもっと性能が段違いな特別仕様なのだと分かったわけだ。これが意味することは……もうお前も分かってるだろ?狙われてんだよ。この施設が。何らかの目的で、その首謀者に」


「無論理解している。俺もそいつと遭遇した。そしてそいつは銃火器を使用してきたが、それは奴らの動きを阻害する装置が破壊されたわけではないということか?」


 そうだと、軽くうなづき肯定する。


「外のアスヴァドルの動きが緩慢なのがまだ効果が持続している証拠だ」


 質問を消化したハルは目でその続きを促す。それを感じ取ったナイブロムもまた話し始める。


「アスヴァドルとの戦闘で物資が枯渇してきたところに丁度都合よくここの研究所の電気が着いてることに気づいた。そしてここに身を潜めながら、準備を整えようとして今に至るわけだ」


 ハルが内容を整理して辻褄が合うか確かめていたところ、サーレに話しかけられる。


「あなたは、何か気づいたこととかあるのかしら?」


「話してもいいが……その前にお前らはサルビー・ウログと言う技術士官を知っているか?」


「勿論知っているぜ。化学研究での第一人者とも言える人だ。今みたいな世じゃなけりゃ、あの人の研究を執筆した論文が世界を激震させてもおかしくないくらいのな。とっても気さくで話しやすいし、俺たちにもいろいろ教えてくれるいい人だ」


 この話題を振っても二人の表情に変化はない。本当に何も知らないなら話しても構わないか。


「そいつが光化学研究所の天井裏で死んでいた」


「え!?」

 

 二人は大きく口を開いて驚き言葉を失う。


「そ、それは本当なのか!?」


「奴の手帳も確認した。本人で間違いない」


 ハルはその後現場での状況について、端的に彼らに説明した。


「そいつは……なんて残酷な」


 愕然とショックを露わにするナイブロム。


「それもそうだけど……そのここを含めた五つの研究所の予備電源をつけたことに意味があるのかしら?」


「う〜ん……俺には分からん。なにかその五つの研究所に関連があるのかもしれない。敵が奪った資料のことかもしれんし、そこの研究員のことかもしれんし、はたまた他のことかもしれんし……」


「そうね……やっぱりただの一般技術士の私たちには、分からないわね。フルーゲルさんに聞くしかないんじゃあない?」


「帰ってくるのは明日の早朝か。それまで何事もなければいいんだがなぁ」


 縁起でもないことを呟くナイブロム。ちょうどその時ピーピーピー、と亀から音が発せられた。


「お、《ターベナス》の生成が終わったようだな」


 ナイブロムがターベナスと呼んだ亀の甲羅をパカっと開くとそこに出来上がった弾倉に込められた銃弾を手にする。拳銃に弾を再装填すると彼は立ち上がった。


「俺たちはもう行くぜ。お前もこいよ。サージェリー達を探してんだろ?一緒に探してやるぜ」


 もしこいつらが敵なら一対二。だがすぐそこで監視できるという意味でもある。コイツらの威勢が俺への敵意に変わった瞬間に灰に変える。それまでは提案通り手を借りれば役に立つ。それだけのこと。


「そうだな。俺の背を預けるには不十分だが、もしもの時の壁役としては役に立とう」


「ひっでー言い草だな。いいのかい?また一人になっちまったら怖いだろ?」


「まさか。またいつも通りに戻るだけだ。そもそも戦闘においてお前らは役に立てるのか?」


「言ってくれるな。戦闘ってのは能力の良し悪しだけじゃあない。最も勝敗を分けるのは経験さ。俺たち大人の方がそれが豊富なんだよ」


「ふーん」


「大人の闘い方見せてやるぜ」


 ハルは話半分に聞き流すと颯爽と研究所を去る、胡散臭い大人の背に着いていくのだった。




 

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零次機関 ジグルス Z4n @zznzun

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