第2話
大型トラックが眼前でよぎり、私は間一髪のところで災難を逃れられた。
「ひやあー、危なかった。良かった。これで」
何を言っているのか、分からない。青ざめたサタンは顔色を取り戻し、私に向かって耳元で囁くように告げた。
「君、もし、あのとき、俺に出会わなかったら、あの大型トラックとぶつかっていたところだったんだよ」
どういう意味よ、それ。
「だから、本来だったら君は死んでいたはずだったんだ。あのとき、飛び降りなくても」
冷や汗が止まらない。こんなに汗って春の初めなのにかくものだったかな。
「まあ、いい、教えてやろう」
サタンはにっこりと微笑みながら言う。
「俺が見えるときはその見えた主の死期が近いときなんだ。君が俺を見られたのはただ単に君が死にたがって、屋上に上がったからじゃない。君はあの大型トラックの事故に巻き込まれる運命だったから俺が見えたんだ」
そのサタンの残酷な告白に私は唾を何度も呑みこんだ。
「だから、君の寿命の終了期限本来ならば、今日だったんだ」
今更になって膝頭ががくがくしてきた。寒気が止まらない。
「死のうとしていたのにいざ、死ぬとなるとこんなに怖いんだね」
サタンは完璧な微笑を浮かべた。
「そんなものさ。あーあ、任務が片づけられなかったなあ。主に怒られるかもしれんが、まあ、いい。そのおかげでちょっと俗世間の荒波を楽しめたから、まあ、いいか」
目の前の桜の樹の蕾が膨らみ始めている。
「おやおや、桜だって咲いているじゃないか? ええ? サタンが桜が好きってまるで冗談? まあまあ、そこは何とか」
サタンがまるで、独り言を言うように桜の樹の周りを飛んでいる。悪魔の象徴である羽根もひらひらと春風に舞っている。
「おーい、レディーのみんな、死ぬんじゃないぞ! 俺はまだ本当にやりたかったことがまだまだ、たくさんあるんだからなあ!」
サタンは春の夕焼けに向かって姿を消した。消え去った後、私は試しに自分の頬をつねった。本当はサタンって、悪魔じゃなくて、死から誘惑された人間をこの世へと送り返す、天使になり切れない良いやつなのかもな、と私はサタンが消えた後、桜が一輪、咲いていた光景を見ながらそう、想った。
サタン、本当は死にたくなかったんだ 詩歩子 @hotarubukuro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます