サタン、本当は死にたくなかったんだ

詩歩子

第1話

 本当にやりたかったこと。私には本当にやりたかったことなんてあっただろうか? いや、本当は死にたくなかったんだ。私は何か、やれるはずだったんだ。やりたいこと? やれること? その線引きのさじ加減に狼狽えるしかなかったんだ。涙で涙が頬にひずむ夕間暮れ、明日に向かう虹色に彩る夕焼けがあまりにも綺麗だったことを私は覚えている。


「死にたくないんだろう!」


 ああ、軍服を着たサタンの少年が私を屋上の上から呼んでいる。これって、有名音楽の楽曲みたいな展開じゃないか。情けねえな。あのミュージックビデオでは主人公たちは後悔がなかったんだろうか。屋上でこうして、夕焼け空を見下ろしている私でさえ、怯えているのに、私って何をやっているんだろう。文字数だけ埋めてゲームオーバーのデスゲームじゃあるまいし、幸運から見放されているように見える私。


 道端で出会ったサタンと呼ばれる少年と仲良くなったのは私の誕生日の翌日だった。私の誕生日は皮肉にも雛祭りの日だった。雛祭りって少女の成長を祝う日だったはずだよね。それなのに私は大人になる前に死のうとした大馬鹿者なのだ。


「人間様は簡単に死ぬなあ。悪魔業をしている俺にも理解不能だわ」


 辛口のサタンが拾ってくれなければ、私はお陀仏だった。死神が待つ冥界へ逝かなければならなかった。


「少女、いや、レディー。死を急ぐ必要はないな。何で、いつか死ぬ、と分かっているのに死を急ぐ必然性があるのか、俺にはどう足掻いても知らん。人間くらいだ、自分から死ぬのは」


 サタンの、まるで、俳句才能ランキングの添削先生みたいな辛口コメントには私は救われている。とうとう、うちまでサタンを拾ってしまった。サタンは私の裏側に常にいて、何かとあれば、助言してくれる。


「サタンは恋とかしないの?」


 冗談めいて言ったらサタンはそんな私を叱った。


「お前、さっきまで死にたがっていたよなあ!」


 その通りだ。サタンのおっしゃる通り、私は死に損ないだったんだ。それなのに悪魔に恋相談するなんて、……全くのナンセンス。


「違うの。前、友達にコイバナを相談されてつい」


 桜っていつ開花されるんだっけ、と余計な一言を添えたらサタンは吹っ切れたように笑った。


「人間って結局、単純なんだな。俺も驚いた」


 サタンに散々、苦笑いされる私の希死念慮は案外、軽症だったのか、今はその衝動が来ていないから分からないけれども、まあ、いいや。街へ出てブラブラしているとサタンが横断歩道を渡ろうとした私の手を引っ張った。


「危ない!」


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