夢想の狭間の魔術学院

のんとみれにあ

第1話 彷徨える夢人たち

 


ーーー激務の末に会社から帰宅し、風呂にも浸からずそのままベットに寝込んだアイミは、ある日目が覚めると、そこには何も無い暗闇だけの空間に1人取り残されていた。

 夢にしては余りに空虚でない空気感に加えて嫌になるほど冴えた肌の感度はそれが現実であることを指し示している。


 しかし何もないというのは語弊であり、足元の感覚を頼る限りでは地面がある事は確かのようだ。

 しばらく彷徨っていると、一筋の光がとある方向から見え始める。

「助かった……!」そう思ってその光に駆け寄る。

 やがてその光の放つ方面へと近づくと、丘のようになった地面の向こう側から放たれていることが分かった。

 その傾斜な丘を乗り越えると、その光の麓には多くの人々が暗闇からの助けを求めてるように集っていた。


「人が集まってる……!あそこに行こう」


 そう思って近づこうとしたその週間、その淡い光は突如として赤い閃光に切り替わる。

 すると光の溢れていた麓からは、何らかの生物のものと思われる巨大な口と触手が出現し、集まっていた人々を躊躇の欠片もなく掻き集めては空かした腹を満たす為だけに人々を無惨に飲み込んで噛み殺していった。

 多くの悲鳴と残酷な光景を前に、アイミは腰が抜けてその場で座り尽くしてしまう。


 その希望に思えた光は、餌を罠にかける為の生物の器官であり、ここは謎の生物の餌場だったのだ。


「へ、へへ……。す、すごい夢だなー……。あー。はやく目覚めないかなぁー…」


 そう言いながらアイミはその人々が捕食される現場をただ眺めて過ごした。

 しかし生存本能だけは無気力なアイミを突き動かす。怯え震える重い足運びで何とかしてその場からアイミは離れた。


 しばらく彷徨っていると、疲労感と空腹感でアイミは遂に倒れ込んでしまう。


「もう……無理かも……。近くには誰もいない……、私、このままお腹空かして苦しい思いして死ぬのかな……」


 アイミはそう言いながら地面に伏して、目を徐々に閉じた。

 だが、暗闇になれた瞳は些細な光の発生を敏感に感じ取る。それは感じると共に凄まじい恐怖をアイミに連想させた。


「はぁ……!そんな……!」


 アイミは光の方を振り向くと、紅き光源の無量大数が地面を這って自分の方へと高速で迫ってきていることが分かった。


「に、逃げなきゃ……!」


 アイミは疲労しきった鈍足な足を強引に突き動かして光とは反対の宛のない闇の果てを目指して走り出す。


「死んでも……喰われて死ぬなんて絶対……イヤだよ……!」


 そう強く決意しながらアイミはがむしゃらに光が迫る中走り続けた。

 すると、よく目を凝らした視線の先にとある人工物と思わしき柵のない大橋が見え始めた。


「はっはっ……あれは……橋……?なんであんなところに……もしかしてあの先に人の街でもあるの!?」


 そう思ったアイミは残された生命力を振り絞り全速力で橋を目掛けて走り続ける。


 やがて橋に差し掛かろうとした頃、橋の手前に1人のぶかぶかのローブを着た人物がこちらを見ながら立ち尽くしているのが見え始めた。


「ひ、人……!?助けてください!!!かいぶつに襲われそうになって……!」


 そう大声で言った瞬間、その人物はアイミに目掛けて謎の呪文を唱えると光の槍を放った。その槍によって頬を掠め、アイミは僅かに流血する。


「えっ……なんなの……」


 アイミは声を震わせながらその人物に目掛けてそう言った。


「ーーーこちらに来てはならぬ、夢人よ。理にあらがってはならぬ。夢を夢のまま終わらせなければならぬ。ここを現実にしてはならぬ。しかしとて我に歩みを拒む事はでぎず、己の意思で去らねばならぬ。死して喰われ、この現を否定せねばならぬ」


 そう言葉を放った人物は男性のご老人だった。アイミはその老人の言葉を理解する前に、目の前に寸前に迫った希望への活路を掴むことに必死になって、アイミは1度止めたその歩みを再び稼働させる。


 そして遂に大橋の領域へと踏み入れて、そのご老人の前に滑り込むようにして体を宙に浮かせて突っ込ませた。

 その事による擦り傷でアイミの顔面は血だらけになる。

 アイミは、ここにやってきたからといって身の安全の保証があるわけでもないにも関わらず、そのご老人が側にいるというその事実だけで、なにものにも変え難い安心感に包まれた。


 アイミは振り返ると、紅き光の光源を持つ怪物たちは大橋の寸前、謎の結界に侵入を拒まれて、それ以上踏み込めない様子でアイミを見つめ続けていた。


 アイミは心の底で助かったと、そう深く思った。だが不思議と、その光源の怪物達からは哀れみを感じさせるような鳴き声がアイミの耳に囁かれ始めた。

 その声は、まるで母の声を聞くかのように居心地がよく、慈しみに溢れているようだった。


「ほんとに……たす……かった……」


 アイミはその怪物達の声を聞き遂げて、安堵の感情と共に深い眠りへと落ちた。


「ーーー哀れな夢人よ。また一人、ここへ誘われてしまった。原生の獣達、パラフィアファンを持ってしてもこの夢人の歩みを止めることはできなんだか。去るがよい原生の獣達よ、お前達にもうこのモノを導くことはできぬ」


 その老人は、地面にひれ伏したアイミを抱き抱えて、怪物達に向けてそう言い放った。

 すると怪物たちは、その老人の言葉にまるで付き従うかのようにその場から去っていった。


「ーーー夢人よ。お主はこの歪んだ狂律の中で執着し、ここへ至った。後戻りは出来ぬ、この夢想の狭間で生き抜く為に、その術を身につけるのだ。夢人よ、不本意ながら歓迎しよう。我らが夢想の狭間の魔術学院へ、ここで現へ至る回帰の都を探すための夢人とならん」


 アイミを抱えた老人は大橋を歩み始める、やがて何処へと掛かっているかも分からなかった大橋の先の暗黒は晴れていく。


 開かれた暗黒の先に、その老人の言う城塞のような魔術学院の姿は存在した。

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