第2話

 見つけた。


 俺の最初の人生で妻だった女性。

 そのあと二回の人生で見つけることが叶わなかったから、三回目の転生したこの四回目の人生でも四分の一が過ぎて「無理かもしれないと」と思い始めていた。


 そうしたら、見つけた。


 五百年前でも古語だった言葉で彼女が紡いだ詩。

 それは彼女の辞世の詩で、彼女の墓碑にも刻まれたものだが、どの歴史書にものせられていない。

 自分が死ぬことを喜ぶような哀しい詩を遺したくなくて、俺も、俺のあとを継いだ息子も歴史書の編纂には目を配り、その詩は風化して消えていったから王家の研究家も知らない。


 彼女を見つけたらどうするか。

 何万回もシミュレーションしたのに役に立たず、戸惑ってまごついている間に彼女は消えた。



『あら?……彼女は?』


 不自然な消え方だったから、現実のほうで何かあったのか……逃げられたとは思いたくない。


『消えた』

『逃げられたわね』

『消えたんだ、本当に。多分だけど充電が切れたんじゃないかな……多分、だけど』


 鳥人間の可愛らしいくちばしから冷たい、呆れ切ったため息が聞こえる。

 本当に、不甲斐なくてすみません。


『まあ、いいわ。それじゃあ、帰るわ』

『え、それだけ?』

『ええ。あなたをここでイジメるよりも大事なことができたもの』


 そういうと鳥人間の姿がパッと消えた。

 あの女性が俺をイジメずに消えた……俺をイジメるよりも大事なこと……つまり……


『ログアウト!!』




 【オルビタリス】から出た俺はVRゴーグルをむしり取るとベッドの上に放って、携帯端末を起動させ、目当ての番号を探し出して通話ボタンを押す。


『お久しぶりです、お坊ちゃま』

『久しぶりだね、ヴァーリス。奥様は?』

『いらっしゃいますよ。……お嬢様、エディ坊ちゃまからお電話です』


 『あら、早かったわね』と笑う魔女の声がする。

 この魔女、サラフィーナ・レイヴンウッドは俺の父の二番目の妻だった女性で、彼女は最近五人目の夫と離婚して再び「ミズ・レイブンウッドお嬢様」に戻っていた。


 【オルビタリス】ではカナリア、現実ではカラスレイブン

 黒いドレスを着たサラフィーナが画面に現れ、嫣然と微笑む。


『おはよう、エディ。お義母さんに何か用事かしら?』

『おはよう、ということは今はアウレンティにいるのですね。今日の午後、不肖の義息子と会っていただけませんか?』

『まあ、どういう風の吹き回しかしら。私から誘ってもいつも仕事が忙しいっていうのに……』


 どうしようかしら、と悩む魔女の返事を辛抱強く待っていると『いいわ』と了承の返事が返ってきた。


『躊躇した理由は何です?』

『マルセルに教えてあげようかなって。彼女を射止めるならば、あの子でもいいのだし』

『止めてください、本当に。あいつが出てきたら負ける気がするので』


 マルセル・クロウディッシュ。

 クロウディッシュ家はアウレンティ王国最後の国王であるマルコ王が初代当主の家で、マルセルは現当主の息子。


 俺の生まれたディア家の初代当主はマルコ王の弟で、クロウディッシュ家とディア家は兄弟家門として五百年近く経ったいまも仲がいい。

 俺とマルセルも仲はいいのだが、それ以上に俺とマルセルには深い縁があるのだ。


『前世のこととはいえ、息子に負けるって父親としてどうなのよ』


 そう、マルセルの前世はマルコ王で、俺の前世はその父親であるエドアルド王だった。

 ちなみに俺は転生三回で、あっちは二回。

 前世の記憶をもって転生するのは、未練や執着に雁字搦めになった人間に対する神の慈悲に違いない。

 あいつもクラウディアを追って転生を繰り返している、未練や執着は俺とどっちもどっちのレベルだ。


『でも、あの子のご両親ってとても仲がよいじゃない?』

『そうですね』

『夫を誘惑して私が彼女の義母になるのは難しそうだなーって、それならあなたのお父さんのほうが容易チョロそうだなーって』

『うちの父はいま四人目の母と離縁して独身ですしね』


 この短時間で彼女の義母になる計画まで立てたサラフィーナには恐ろしいものを感じるが、人生四回目の彼女のクローディアへの執着は並ではない。


『ファビオ様とイゾルデ様はまだ亡くなって時間が経っていないし、フィオレラ様とマリア様もまだ幼いのか、お生まれではないか』


 クラウディアとの再会はできていなくても、転生するたびに俺と子どもたちが再会できているのはサラフィーナ、最初の人生でサラという名の侍女だった彼女の歌のおかげだ。

 サラの声を鍵にして俺たちは前世を思い出し、サラの歌に導かれて集う。


 再会するとき、サラも俺も子どもたちも年齢はバラバラだ。

 俺が五歳の子どもで、末の娘だったマリサが八十歳の老女だったこともある。


 そうして会うたびに思うのだ。

 クローディアがサラの声を知っていればよかったのに、と。

 口に出さないのはそれがサラの未練であり、クローディアにいたってはどうしようもないことだったからだ。



『一度は家族だった縁でマルセルにはまだ言わないでおいてあげるけれど、街でばったり会ったりしても恨まないでよ?あなたはあの方の瞳を金色に緑が混じる瞳と知識でしか知らなかったけれど、あの子はあの瞳をしっかり覚えているのだから』


 ……瞳…………どんなだったかな。


『どうせ忙しいところを呼び出されて不貞腐れていたから、彼女の瞳を見ていないんでしょうね……やっぱりマルセルを応援しようかしら』



 ***


「はい、これが彼女と一緒に撮ったもの。セキュリティ上の理由とはいえ、こうして直に会わないと写真の共有ができないなんて不便だわ」

「情報の安全管理は【オルビタリス】の最優先事項なんで」


 効率よく彼女を探す手段として思いついたのがメタバース【オルビタリス】。


 ディア財閥の財力と、ディア工房の高い評価と信頼性、次男坊ながらも築いてきた人脈を駆使して起業した会社で作り上げた【オルビタリス】は、大統領を何人も輩出した政治一家のクロウディッシュ家の協力のもと官公庁と提携したことでアウレンティ国内に一気に浸透した。


 いまや【オルビタリス】は第二のアウレンティであり、魔力と光彩、二つの個人情報で全てのアバターが管理されている。

 しかし、


「アバター検索をかければ一発なんだけど、それを会社のトップがやったらダメだし、アバターをとっかえひっかえするタイプだったらムダだしなあ……地道に酒場を巡るか」

「それしかないわねえ。取りあえず、あの日あの方が飲んでいたお酒、リストアップしておいたから、それを扱うお店を中心に探したらどうかしら」


 そう言って渡された一枚の紙。

 写真好きだから彼女と撮った写真があるのではと期待したが、お酒の情報まで集まるのはありがたい。


「ありがとう、元お義母さん!」

「頑張りなさい、未来の息子。とりあえず、あなたが失恋しない限り、みんなの幸せのためにお父さんの恋愛は徹底的に邪魔しなさい」


 わが父親ながら恋多き男だが、その点は大丈夫だ。

 【オルビタリス】の安全管理は徹底されているが、戸籍や住民票で『家族』と認められている者同士ならばある程度は融通が聞く。


「年老いた父が悪い詐欺にひっかかっていないかどうか、メールチェックする権限が息子の僕にはありますからね」


 父には当分の間、女遊びも控えてもらうことにしよう。

 俺のために。

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僕と恋をしませんか?― 妻に愛されていなかったことを、僕は彼女が死んだあとに知った― 酔夫人 @suifujin

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