第4話「異能の蜜(ティアシロップ)」

店を後にした2人は、人気の無い路地裏を歩いていた。


「何故あの時、あんな真似をしたんだ」


不意に小尉侍が口を開いた。


小尉侍の中にあるのただ一つ。何故、護衛対象である彼が自分を助けたのか。それだけである。勿論、助ける必要性があったか否かで言えば当然答えは後者だ。やや苦戦を強いられていたとは言え、あのまま長期戦にもつれ込めば、間違いなく勝っていたのはこちらであろう。


そしてそれは、この青年も分かっている筈なのだ。そうでなければ、ビール瓶で後頭部を殴りに行くなんて危険な真似はしない筈だ。少なくとも彼は、あと一押し決定打があれば彼奴を無力化出来ることを理解していたのだろう。


「何故って言われてもなぁ……。うーん……」


陣は首を傾げ考える素振りを見せる。そして一言一言確認するように、ゆっくりと話し始めた。


「最初はさ、オレも逃げようとしてたんスよ。実際、裏口の方に避難ましたし。――けど、アンタが命懸けで戦ってるの見て、オレこのまま逃げて言いんか?って思ったんスよね。だって、カッコつかなくないスか?やっぱオレカッコよく生きたい人間なんで、あのまま逃げるのは違うなーって思っちゃったんスよね」


陣は笑いながらそう言った。それは紛れもない彼の本心だ。水谷陣という人間はカッコイイから、という理由でバーテンダーを目指すような人間である。しかし、彼はカッコイイ自分に成る為ならばどんな事でもする人間な

のだ。自分が目指す理想の為ならば、己の危険すら顧みない男。それが水谷陣である。


「ふっ……。馬鹿なんだな、お前」


小尉侍は釣られたように笑い、そう言った。


「嗚呼、ハハッ……。確かによく言われるッスね。お前はバカだって。けど、人生バカの方が楽しいって言うじゃないっスか」


「………。確かに、そうかもな……」


小尉侍は一瞬間を置いた後、呟くように言った。


「あ!そう言えば!」


陣は何かを思い出したように声を上げた。


「結局、このティアシロップっていうのは何なんスか?あの保木ってやつは何でまたこれを手に入れようとしていたんスか?」


陣は小瓶を掲げながら小尉侍に尋ねた。陣にとって、ティアシロップとはただ美味いカクテルを作れるに過ぎない代物であり、それ以上でもそれ以下でも無いのだ。それを何故、通はあそこまでしてティアシロップを手に入れようとしていたのだろうか。


「何故って……。お前、知らないでティアシロップを持っていたのか?」


小尉侍は呆れたように呟いた。


「……?ティアシロップは入れるとめちゃくちゃ美味いカクテルが出来るってだけッスよね?」


小尉侍は一瞬動きを止めた後、すぐ様陣に向き直った。


「お前、そんな話誰に聞いたんだ……?」


怪訝そうに尋ねる小尉侍。お面を被っているとはいえ、いぶかしげな表情をしているのは、態度から察せる。


「誰って……。店長がそう言っていたんスけど……」


首を傾げなら陣は呟いた。


「成程。そういう事か……」


何かを納得したように呟く小尉侍。小さく嘆息した後、ポツポツと語り始めた。


「――ティアシロップ。誰がいつ作ったのかは分からないが、とんでもない力を秘めた代物だ。確かにカクテルに混ぜて飲めば多少は美味くなるかもしれないが、それは副作用に過ぎない。――お前、保木の戦いを覚えているか?」


小尉侍の質問に対し、陣は首を傾げながら記憶を探るように唸った。そして突然、ハッとした様に顔を上げた。


「そういやアイツ、何かどんだけダメージ受けてもすぐに回復してたよな!――もしかして、それがティアシロップの力なのか?」


小尉侍はゆっくりと首を縦に振った。


「厳密には、あれはティアシロップで得られる力の一つの結果に過ぎない。例えば、今俺を見て何か違和感を覚えないか?」


小尉侍は一度立ち止まると、陣の前に立ち両手を広げた。その様子をまじまじと観察する陣は、彼が言う違和感の正体を探す。


確かに、彼の言うとおり何かがおかしい。そう感じた陣は、じっくりと小尉侍を観察し、違和感の出処をくまなく探す。そして、一つの取っ掛りを見つけた。


「――そういやアンタ、刀どこにやったんスか?」


先程の店での戦いの時、小尉侍が確実に持っていたであろう日本刀。だが、気が付けば彼はその日本刀を所持していないのだ。捨てた、という可能性は無いだろう。仮にも彼が小尉侍と呼ばれているのは、少なくとも常日頃から日本刀を所持しているが故の話であろう。では、何処かに隠したのだろうか。それも考え難い話だ。あの日本刀はそれなりに大きさがあった。それを手ぶらの状態で隠し切るなんて先ず不可能だ。それこそ――


「その顔、ある程度理解したみたいだな」


小尉侍は陣の顔見るなりそう言った。ティアシロップと違和感の正体、そして刀の行方も、陣はおおむね理解した。


「嗚呼。あの刀はアンタがティアシロップで得た力ってワケッスね?」


陣の質問に、小尉侍は再び首を縦に振った。


「そういうことだ。ティアシロップをカクテルに混ぜて飲んだ者は、異能の力を得ることが出来るんだ。尤も、誰でも手に入れられるワケじゃ無いがな。強いて言うなら、特定のカクテルと最も共鳴した人間が、異能の力を宿せる」


異能の蜜ティアシロップ。それは、人智を超えた代物。そして、ここ歌舞伎町を舞台に始まるのは、ティアシロップを巡る欲深き者達の戦いの物語だ。


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ネオン街のウォータードロップ 星宮 司 @TukasaHosimiya

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