第2話

「おいおい、いきなり斬りかかってくるなんて親にどういう教育を受けたんだ?」


 相手の動揺を誘えそうな言葉を、苦し紛れに発する青年。青年を殺そうとしている少年は、その見た目に似合わず力が強い。青年の体勢が悪いというのもあるが、気を抜けば次の瞬間には彼の首が飛んでいることだろう。今は、どんな手を使ってでも優勢に持っていく必要があった。


「……!!!」


 結果的に、青年の言葉は少年を動揺させることに成功した。少年は顔に怒りを浮かべ、全身に過度な力が入り、体勢が崩れてしまったのだ。……そして、その瞬間を青年は狙っていた。一瞬の隙をつき、少年を地面に押し倒す。こうなれば、少年はもう何も出来ない。


「ふぅ、危ないところだった。……さて、聞きたいことは色々あるが……まず、君の名前は?」


「……何故そんなことを聞く」


「俺が気になるからだ。不満か?」


「……レオンだ」


「そうか……いい名前だ」


 どうやら、少年の名前はレオンというらしい。レオンという名の少年は、自分の立場を理解しているのかこれ以上反抗することはなかった。


「次の質問だ。何故俺を殺そうとした?」


 少し考えれば誰でもわかるような事を質問する青年。レオンは、彼の真意がまるで分からずに困惑していた。


「……自分の身を守るために敵を殺そうとするのは当たり前だ」


「成程。本当にそれだけか?」


「ああ」


 青年は、他にもいくつかの質問をレオンに行った。しかし、その質問の全てが意図の読めない不可解なものだった。そして、青年は最後の質問をする。


「最後に……レオン、君に親はいるの─────」


 青年が最後の質問をすると、突如としてレオンの様子が豹変し、青年に飛び掛かる。レオンは、「親」という言葉に反応したのだろう。


「……おい、誰が動いていいと言った?」


 レオンの足掻きも虚しく、青年に組み伏せられてしまう。


「……!!!」


 完全に動きを封じられたレオンができることは、やり場のない殺意を青年に向けることだけだ。


「俺が悪かった。だから少し落ち着いてはくれないか?このままでは君を傷つけなくてはならない」


 青年にそう言われてレオンは我を取り戻す。このまま抵抗を続けても青年にいいようにされるだけ。レオンはそれを理解し、何とか心を落ち着かせることができた。


「嫌なことを聞いて、悪かった」


「……」


 頭を下げて謝る青年とレオン。2人の間に静寂が訪れ、微妙な空気の中レオンは気まずそうに青年から目を逸らす。だが、青年は反対にレオンを凝視した。レオンは汚れきったボロボロの服を着ていて、その少年自体もガリガリにやせ細っている。青年の目には、レオンは「可哀想な少年」に映っていた。本人は自分のことを可哀想など思ってはいないのかもしれないが、それでも青年には身勝手な情が芽生えてきている。そして青年は、そんな可哀想な少年に問う。


「なあ、レオンは行くあてはあるのか?」


「……見ればわかるだろ」


 レオンは、少し考えれば分かるようなことをわざわざご丁寧に聞いてくる青年に不信感を覚える。レオンの姿を見れば誰だって行くあてがないことくらいは容易に想像出来るだろう。


 ………にもかかわらず、このような質問をしてくるのだ。単なる馬鹿なのか、それとも何か目的があるのか。……レオンが理解出来たのは、この青年を信用してはいけないことのみ。


「そんなに警戒しないでくれ。危害を加えるつもりはないさ」


「お前みたいな奴を信用しろと?」


「信用しろとまでは言っていない。ただ肩の力を抜いて欲しいだけだ」


「……」


 まるで掴みどころのない青年に、レオンのペースは段々と崩されていく。青年の言葉一つ一つに何か裏があるのでは無いかと無駄に勘ぐる必要があるため、レオンの精神は段々と疲弊して行った。しかし、青年はレオンの様子など気にもとめず次から次へと口を回す。


「レオン、良ければ家に来ないか?」


 青年は、脈絡もなくそんなことを言ってくる。……それにしても、一体どういう了見なのだろうか。レオンの懐疑心は深まるばかりだ。


「……そういう趣味なのか?」


「そんなつもりでは無い。ただ君をこのまま放置して帰るのも心が痛むと思ってな」


「……是非放置してさっさと帰ってくれ」


「いや、君のような少年を見捨てることは騎士道精神に反する」


「はぁ……もう勝手にしてくれ。」


 あまりにも胡散臭いが、このまま言い合っていても平行線を辿るだけだ。レオンは、本意では無いが仕方なく折れることにした。


「そうか、これからよろしく、レオン」


 この青年は気が早いのか、レオンが彼の誘いに乗るや否や顔を綻ばせ、声もワントーン高くなった。口調も先程より優しくなっており、レオンは青年を見て一瞬だが彼は「善」だと信じそうになってしまった。その事実が少し悔しいのか、顔を赤らめながら小さい声で呟く。


「……よろしく」





 




 


 


 


 


 

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温もりを拒んだ。 ちょこちっぷ @kazehiki3

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