星約の剣巫

剣舞士

第1話 目覚めの星霊


 少女は目を見開いて、一瞬たりともその視線を外さなかった。

 背景には炎上した家屋……ついさっきまで自分が住んでいた古びた民家。

 あまりにも自分の想像からかけ離れた光景……そしてその背景に一人の少女が憮然とした姿で立っていた。

 手にしている剣は、王国では見たことのない種類の剣だった。

 まっすぐ剣身が伸びたロングソードが一般的だった兵士達の剣とは違い、片刃の剣身はまるで三日月のように曲がっていた。

 いや、剣だけではない。少女の身につけている衣服は、異国のものだと分かる。

 自分たちが住んでいる王国では見たことない東方の国の装束に似ている服を纏った少女の周りには、全身黒ずくめの服装に短剣や仕込み暗器、簡易な鎧で身を固めて武装した者たちが複数人倒れていた。

 周囲は森で囲まれ、外界から離れたような自然に囲まれた辺境の地……そこへやってきた襲撃者によって、少女は命を狙われていた。

 命かながら逃げ出したが、森の中は襲撃者たちにすでに囲まれ、自分の命運を悟った。

 しかしその瞬間、耳をつんざく様な金切り音と共に血飛沫が舞い、バタバタと襲撃者たちが倒れて行ったのだ。

 恐怖のあまり閉じていた目を開いて、そこに映った光景があまりにも印象的で、目を離すことができなかったのだ。

 短い金髪の髪は泥で汚れてしまっており、よく見ると顔や手、足や膝なども泥だらけだった。

 そんなひどい状態だというのに、少女はそのままで動こうとしない。

 目の前で佇む長い黒髪の少女剣士の姿は、まるで絵物語から出てきた様な勇者の様であった。



「あ、あなたは……」


「……早く逃げろ。ここはもう危ない」


「あっ……!」



 微かに耳に届いた黒髪少女の声。

 ただ一言放った言葉が、何故か耳に残り続けた。

 こちらが呼び止める前に、黒髪少女はその場から去って行った。

 それはまるで野山を駆け抜ける風の様に……幼い自分とほとんど変わらないであろう歳の少女の走り去った方へと視線を向ける。

 そちらにはここよりも激しい炎が立ち上がっているお城が目に入る。

 王国の首都にあるこの国の王様が住まう居城……その城が真っ赤に燃え上がっていた。

 どうやらこの王国はとんでもない状況にあると、直感的に感じ取った。

 そしてその渦中へと向かう黒髪少女の背中に視線を向けたまま、金髪の少女は自身の胸元で両手を組んで祈りを贈る。



「《世に光をもたらす星霊よ、どうかあの方に悪鬼厄災を祓うご加護を》……!」



 少女の祈りが届いたのかはわからなかった。

 が、その数ヶ月後に知らされた事実に驚きを隠せなかった。

 このアスラ大陸でも一位二位を争う国土を持つ〈オルレアン王国〉でクーデターが勃発し、わずか2ヶ月という短期決戦にて勝敗が決し、悪政を敷いていた現王政は壊滅。

 諸悪の根源であった王族やその配下である貴族諸侯は処罰されて行ったそうだ。

 そしてそのクーデター成功の影で、一人の少女の名が広まって行った。

 この世に存在する神聖な存在……星霊。

 この世から逸脱した別世界【幻想界】アストラル・ラインに住む彼らと互いに契りを交わし、星霊をその身に宿し、彼らの力を行使できる存在。

 剣の巫女……【剣巫】けんなぎ

 その少女の名は〈レイ・イシュタリス〉。

 王国を救わんと立ち上がった黒髪の剣巫。

 その後の彼女の足取りは判明しておらず、本当にそんな人物がいたのかと疑う者も多くいたが、かつてこの地に災厄をもたらした存在【魔人アシュラ】を討伐し、この地に光と未来をもたらした【聖女ルミナリス】の再来として、彼女の存在もまた伝説となった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「あ……えっと……」


「…………へ?」



 とある森の中、鬱蒼と生い茂る木々の間をすり抜け、なんとか水場を探し当てた黒髪の少年〈タチバナ・イスカ〉は目の前に広がる光景に驚き、硬直してしまった。

 何日も歩き続けて、水も食料も無くなりつつあった時に見つけた湖。

 そこで水分を補給しようと、注意を払わなかったのも悪かったのだが、まさかその湖の中にが佇んでいるなんて、想像できないだろう。



「あっ、えっとっ、ご、ごめん! 決して覗きとかそういうのではなく……!」


「はっ……っ〜〜〜〜〜!!!」



 腰にまで届いた長い黒髪。

 滑らかそうで艶やかな白い肌。

 見た目が自分と同じ同年代の10代の少女の姿は、世の男達を魅了してしまうであろうグラマラスな肢体をしていた。

 暴力的なまでに実った胸の果実。芸術的とも取れる腰のくびれのライン。男を欲情させてしまいそうなヒップライン。

 全てが扇情的で、艶やか……しかし、当の本人は顔をリンゴの様に真っ赤に染め、群青色の瞳は、激しい敵対の意思を含んだ視線で睨みつけていた。



「い……」


「っ……!」


「言い残す事はないか……?」



 プルプルと身を震わせ、左腕で胸の果実を抱き抱える様に隠す少女。

 ここで返答を間違えれば、まず間違いなく命はないだろう。



「え、えっと……とても魅力的なお体でした!!」



 はい、バカ一名の死体が入ります。



「っ〜〜!! そうかそうか……ならばっ」


「ひっ!?」


「疾く塵となって消え失せろっ!!」



 少女の感情が爆発。

 叫び声と共に少女が身を隠すために浸かっていた湖の水面が、激しく波立っていく。



「っ! これは……!」


「《我が星約の炎よ 今こそ盟約に従い、我が元に馳せ参じたまえ》っ!」


「召喚の祝詞……! まさか君っ……!」



 周囲の水が、大気が、木々が木霊する。

 少女の唱えた言葉は異世界である【幻想界】アストラル・ラインに住まう星霊を呼び出す呪文の様な物。

 そんな言葉を紡げる存在など、この世に一つしかない。



「星霊の契約者……【剣巫】けんなぎかっ!?」



 異世界に住む星霊と契りを結ぶ儀式【星約】せいやく

 その星約を行使して、その間に星霊を宿す特権を持って生まれた人種……それが【剣巫】けんなぎだ。

 祝詞を唱えた少女の周りには、ゴウゴウと燃え盛る炎が顕現し、湖の水を蒸発させる勢いだった。

 しかもそれだけではない。少女の手に炎が集まると、それはみるみる形を変えていき、やがて両手に片手剣が現れる。

 剣身は鋼の様に見えて燃えたぎる炎が映し出され、星霊特有の幻想的な拵をした柄や鍔が施されている。

 


「まさか、【星剣】せいけんっ?!」



 【星剣】せいけんとは、剣巫が行使する星霊魔術における秘伝の術式である。

 本来ならば身に宿した星霊の力を魔術として行使する事ができるが、星霊との相性や親和性が高い剣巫が発現させる高等技術。

 星霊と自分の魂を融合させる事で、武器として変質・顕現させる。

 その戦力は、剣巫が単純に行使する星霊魔術の約3倍もの威力を持つと言われているのだ。



「死ねぇっ!!変質者っ!!」


「ちょっ、待っーーーー」



 イスカが言い終わる前に少女が剣を振り抜く。

 その瞬間炎が揺らめき、炎の斬撃となってこちらへ飛んできた。

 イスカは咄嗟に身を屈めてその斬撃を躱す。

 炎の斬撃であるが故に、紙一重で躱したとしても熱によるダメージも与えられる。

 そして、斬撃が通り過ぎた後には、まるでバターでも切ったかの様に木々が切り裂かれていた。



「っ……マジで……?!」


「避けるなっ!!」


「無茶言うなってっ!?」



 少女が立て続けに斬撃を飛ばしてくる。

 イスカも負けじとそれを躱し続ける。だって死にたくないから。



「こんのぉ〜〜!さっさとくたばれ“淫獣魔人”っ!!」


「“変質者”じゃなくなったっ?!」



 少女からの攻撃が次第に強さを増す。

 しかし、イスカには一撃も当たらなかった。



「くっ、なんなんだお前はっ!ええいっ、こうなったらっ、まとめて消し飛ばしてやるっ!!」



 イスカを倒せないことに業を煮やした少女が、片手に握る剣を空へと掲げた。

 すると剣先に炎が収束していき、やがで巨大な火球へと変貌していく。



「これでっ、終わりだっ!」


「待て待て待てっ!!それは死ぬって!って言うか、下っ!下っ!見えてるってっ!!」


「へ?」



 イスカの必死な問いかけに、少女は視線を下に向けた。

 さっきまで屈んだ状態だったが、術を強化して放とうとして立ち上がってしまったが為に、自分の下半身をもろに出してしまっていた。



「ぁ……はああああ〜〜〜〜っ!!!!??」



 赤かった顔がさらに赤みを増して茹でタコの様になってしまい、少女は再びその場にしゃがみ込んだ。

 しかし、それと同時に自分が構築した術を手放してしまった。



「っ!バカっ、逃げろっ!!」


「っ〜〜〜〜〜!!!」



 その場に留まったままの巨大な火球は、今にも臨界点を突破し、破裂寸前だった。

 しかし、その場に座り込んでしまった少女は全く動かない。

 


「くっそッ!!」



 考えるよりも先に体が動いていた。

 湖の対岸から勢いよく走り抜け、水面の上を数歩駆け抜け、ダイビングの要領で飛び込み、少女に覆い被さりながらヘッドスライディングを仕掛ける。

 少女を上から覆い被さりった後は、そのまま水の中へと潜む。

 その直後、火球が大爆発を起こし、あたり一面を吹き飛ばす。

 湖の中に潜り込んでいても、その衝撃と熱波が体を突き抜けてくる。

 一瞬の衝撃の後、イスカはゆっくりと体を起こした。



「くっ……痛ってて……!」


「ぅ……」


「っ、大丈夫か?」


「ぁ……!」



 自身の下に寝そべっている少女と目が合う。

 群青色の大きく綺麗な瞳。頬を伝う水が弾けている……。

 濡れた髪が肌に張り付いている様は、何とも扇情的だ。

 しかし、気になった事が一つだけあった。



「あれ……髪の色?」



 少女の髪の色が変わっていないか?

 さっきまでは漆黒の色合いだったのに、今は赤い色合いになっていた。

 それはまるで、少女が使っていた炎のような……神聖味のある炎髪。



「その、怪我とかは?」


「ぁ……ん、んあっ?!」



 イスカが心配して声をかけるが、少女は弾かれた様に驚きの声をあげる。

 それと同時にイスカの左手には、なんだか触り心地のいい感触の物体が握られていた。



「ん?」



 むにっ。



「なんだ、これ?」



 むに、むにっ。



「っ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」



 心地よい反発のある物体を触っていたら、少女の顔がまたしても赤面一色になっていってる。



「いつまで触ってるんだっ! このケダモノがあぁぁぁっ!!!」


「ぶべらあぁっ!!!?」



 組み敷かれた体勢だったと言うのに、半端ない威力で繰り出された左フック。

 顔の形が変形するのではないかと思うほどの威力で殴られ、イスカは数メートル横に吹き飛ばされた。



「ぐっ……い、痛てぇ……!」


「ふっ! ふぅっ〜〜〜!!!」


「ぁ……いや、今のも事故でーーーーーー」


「問答無用っ!!! 死ねええええっ!!!!!」



 再び火球を作り出し、少女はイスカに向けて放った。

 殺意マシマシの一撃は、流石に避ける事ができず、イスカはさらに数十メートル吹き飛ばされてしまった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「いい? イスカ。私はあなたのお姉ちゃん……わかる?」


「おねえちゃん……おれにおねえちゃんはいないよ?」


「ええ、そうね。でも、ここではみんな家族なの。そしてイスカは、私よりも後に入ってきたから、だから私がお姉ちゃんよ」


「おねえ、ちゃん……」


「そう、セ……お姉ちゃんって呼んでね」



 昔の夢。

 久々に見た気がする。

 家族が死んで、一人ぼっちになって、そしてまた家族が増えた。

 血の繋がりはない。

 でも、その女の子は自分たちは家族だと言った。

 理由はわからない。でも、確かに家族のように互いを見ていたかもしれない。

 唯一無二で、それ以外の人のことなど眼中にはなかった。

 それだけ、その人物の事が……お姉ちゃんの事が、大事だったのだ。




「ねぇ、イスカ」


「なに、姉さん」


「昔みたいにお姉ちゃんって言って」


「何でだよ。別に変わらないじゃないか、“お姉ちゃん”も“姉さん”も」


「それだと何だか他人行儀な感じがして嫌なの」


「えぇ? そうかな?」


「ええ、そうよ」


「わかった。じゃあ姉ちゃん」


「“お”が抜けてる」


「えぇ〜? そこも変わらなくない?」


「大事な事なの。はい、もう一回」


「お、姉ちゃん」


「…………まぁ、いいでしょう。今度からはスッと言える様してね」


「何が違うんだよ……」


「気持ち的に。“お姉ちゃん”の方が、大切にされてるって思うのよ……」



 たわいもない会話だ。

 呼び方一つでそんなやり取りを繰り返していたっけ。

 そんな日常を自分自身も受け入れていた。

 大切な存在である姉と二人……ずっと一緒にいる物だと思ってた。

 でも、そう思っていたとしても、別れは突然やってくる。

 確かに感じていた気配が、温もりが、急に無くなってしまった。

 安心が、心の拠り所が、自分の元から消えてなくなる感覚。

 心の中が急にポッカリと穴が空いてしまった様な、身体中の血の気が無くなっていく様な、そんな感じ。



「お姉ちゃん……っ! 姉ちゃん……っ!ーーーーーー」



 手を伸ばす。周囲を見渡す。しかし、その姿は見えない。

 自分と同じ艶やかで長い黒髪。

 優しく抱きしめてくれた柔らかな肌。

 慈愛の様にも思える感情で呼びかけてくれる声。

 常に聞いていた、感じていた物を求めて、イスカは手を伸ばす。




「セツナーーーーーー」




 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「っ!?」



 夢を見ていた。

 目を開けていきなり見えたのは、燦々と照りつける太陽と澄み渡る青空だった。

 不意に伸ばされた右手。それは何かを掴もうとしていたのではない……誰かを手放したく無くて、必死に伸ばした様な……そんな気がしていた。



「ここは……?」


「ようやく目覚めたか、ケダモノ」


「ん?」



 状況が理解できず、起きあがろうとしたができず、周りを見回そうとした時、意識外のところから声が掛けられて、イスカはそちらの方へと視線を向けた。

 視線の先、仰向けに寝そべっているイスカから見て、頭上の方には衣服を身に纏い、白いリボンで長い黒髪をポニーテールに結っている先ほどの少女の姿があった。



「ぁ……」


「ほう、意識は正常、と……しかしどうしたものか、速やかにこの変態を成敗したいところだが、一般人を殺してしまうとなると、私自身に刑罰が……」


「へ?」



 なにやら、ものすごく不穏なお言葉が飛び出していた様な……。



「あ、あのぉ〜」


「なんだ、変態魔人」


「貶し言葉のボキャブラリー多いなっ! って、そうじゃ無くて!

 お前、俺を殺すつもりかっ?!」



 こちらとしては単なる事故のつもりだった。

 水を求めて走ってきたら、目の前の女の子が全裸で水浴びをしていたのも、魔術の操作を誤って、誤爆しそうだったところを助けて、勢い余って胸の果実に触れてしまったのも、単なる事故なのだから。

 しかし、当の本人は眉間に皺を寄せ、よく見ると青筋が浮き出ている様にも見える。



「当たり前だっ、この変態魔人っ! 私の体をいやらしい目で視姦しただけで無く、む、むむっ、胸をまさぐっておいてっ!」


「いやあれはっ!」


「問答無用だっ! 情状酌量の余地無しっ! 万死に値するっ!」


「待て待て待てっ! 本当に誤解なんだって! ここに湖があったから、水の調達で勢い余ってっ……!

 それに、こんな所で人が、それも女の子が水浴びをしているなんて思わないだろっ?!」


「む……それは、そうだが……」



 お、意外と素直なのか?



「それに俺、一応君のこと助けたし……」


「その事については……まぁ、礼を言う。だがっ! やはりそれとこれとは話が別だっ! 故に、貴様はここで処分する!」


「だから待てって! 俺はグレイスの婆さんに呼ばれてきたんだよ!!」


「グレイス……? まさかっ、シャムロット学園長の事を言ってるのか?」


「なんだ、知ってるのか?」


「知ってるも何も、私はその学園の生徒だ。それに、その婆さんと言うのもやめろ! 学園長は我々剣巫にとっては偉大なお方なのだぞ!」



 改めて少女の服装を見てみる。

 『狩衣』というかつては星霊に使える神官職の者たちがきていた伝統的な着物をアレンジした様な物になっており、袖口の広さとボタンを止める配置の仕組みは『狩衣』で、それ以外の構造に関しては今の時代目にする事が多くなってきた『コート』の様に見える。

 白を基調としたその特殊な形をした制服は、イスカがこれから訪ねようと思っていた【オルレアン星霊学園】の制服で間違いない様だった。



「いやぁ、まぁ……昔からの知り合いだからついな」


「知り合い……ね。それも本当かどうか疑わしいがな」


「嘘じゃないって。ほら、婆さんからの手紙もある」



 イスカが自身の持ち物であるバッグの中から封筒を取り出し、その中の手紙を見せてきた。

 少女はそれを奪い取る様にして確認する。



「……確かに学園長からの手紙で間違いない様だな。

 学園の捺印に、これは間違いなく学園長のマナを感じる」


「疑いは晴れたかな?」


「“疑い”はな。だが、罪状は晴れてない!」


「いや、本当にわざとじゃないんだって!」



 まぁ、わざとじゃないにしても、女の子の肌を覗いた挙句、体に触れてしまったのは、確かにやってはいけない事をしてしまったのは事実である。



「貴様を連行する! その後処罰は学園長に決めてもらうから、覚悟するがいい!」


「はぁ……わかったよ。とりあえず、学園まで案内してくれると助かるよ。ここ広すぎて迷うんだ……。

 にしたって、なんだってあんなところで水浴びしてたんだよ?

 こんな森の中で水浴びなんかしなくたって……」


「……身を清めていたのだ。これから、星約の儀式を執り行うのでな」


「星約? こんなところに星霊がいるのか?」



 【星約】とは、星霊と剣巫との神聖な契約の儀式。

 剣巫としての才覚を持って生まれた乙女にのみ許された特権であり、剣巫の存在価値そのものと言っても過言ではない。

 しかし、基本的に星霊は【幻想界】アストラル・ラインにしかおらず、仮に星約を行うにしても、剣巫自身が【幻想界】アストラル・ラインに赴き、星約を行うのが一般的だと聞いた。

 それが、ただの森の中に星霊がするでいるのか?



「ここは【星樹の森】と呼ばれている場所だ。元々【幻想界】アストラル・ラインとも繋がりが深い森なんだ。

 そこに一体、強力な星霊が眠っている……その星霊と星約をしに行くところだ」


「だけど、君はもうすでに契約した星霊がいるじゃないか。

 なんで今更新しい星霊との契約を?」


「……貴様には関係ない。私には、私の目的がある。やらなければならない事があるのだ。その為に、どうしても力がいる……」


「……」



 少女の真剣な表情に、イスカもただ事ではない事を察した。

 その後は、互いに無言の状態で森を歩いた。

 ただ一つ状況が変わったとすれば、先ほどからイスカの両手が縛られているという状態くらいだろうか……。

 また襲われるわけにはいかないと、少女がイスカの荷物の中にあったロープを奪い、イスカの両手を縛りつけ、それを自身の手で制御している。

 見た目は完全に罪人と看守と言った感じだろうか。



「そう言えば、まだ自己紹介してなかったな。俺はタチバナ・イスカだ。よろしく」


「聞かない名だな……。東方の……シン帝国の出身か?」


「いや、更に東にある小さな島国の出身らしい。小さい頃にはもうこっちにいたから、あんまり知らないんだけどな」


「ほう」


「それで、君は?」


「……フレイアだ。フレイア・スカーレット」


「フレイアか……良い名前だね」


「ふんっ、変態に褒められても気持ち悪いだけだ」


「いや、普通にそう思っただけなんだけどなぁ……」



 悲しいかな。

 しかし、あんな最悪な出会い方をしてしまえば、敵意をむき出しにされても致し方ない。

 しかし、名前を聞けただけでも良しとしよう。

 その後もイスカはフレイアの後をついていき、やがて大きな洞窟の入り口に辿り着いた。



「ここは?」


「さっき言った星霊が眠っている祠だ」



 そう言うと、フレイアは持っていたロープの端を入り口近くにある木に結びつけようとする。



「フレイアさん? 何をされてるの?」


「貴様が逃げない様にしてるに決まってるだろうが」


「いや、逃げないよ!」


「信用できん」


「学園まで案内してくれって言ったじゃないか!」


「それもそうか……」


「だろ? だから、このロープも解いてくれるとありがたいんだけど……」


「それはできない」


「……頑固だな」


「うるさい……! 気が散るから、お前はそこにいろ!」


「……でも、本気で星約をする気なのか? 本当に封印されてるなら、その星霊が危険だからじゃ無いのか?

 封印された星霊ってのは、宿主すらも殺そうとするらしいじゃんか」


「ほう? 男のくせに随分と詳しいな?」


「まぁ、それはグレイスの婆さんに色々と教わったからな……。

 それで、ここに封印されている星霊って、どんなやつなのか知ってるのか?」



 イスカの問いかけに、フレイアは答えた。



「かつて、このアスラ大陸に破壊と混沌をもたらしたとされる最悪の剣巫……【魔人アシュラ】を葬ったとされる伝説の星霊だそうだ」



 【魔人アシュラ】

 その名を知らない者は、この世に一人としていないだろう。

 約1000年前、一人の男が星霊の力に魅了され、取り憑かれたように破壊と殺戮を繰り返したそうだ。

 その男こそ『魔人』の俗称で呼ばれることとなったアシュラという人物。

 世界各国に絵物語として語り継がれる【聖女ルミナリス】の物語にも最終章で登場するラスボス。

 それ以降、男で剣巫としての特権である星約の能力を行使する事ができなくなったと言われている。

 そのため、剣巫とは選ばれた乙女のみがなることのできる存在というのが、今の世界の常識だ。



「魔人アシュラを倒した星霊? マジで言ってるのか?」


「それも本当かどうか怪しいがな」


「え?」


「そう言って、地方の村々では似た様な台座と剣を模したモニュメントを飾った村おこしの道具にしたり、祭りなどの行事で使う祭具として使っていたりするところが多いんだ」


「えぇ……それ、いいのかよ」


「星霊に対する信仰心という奴だ。それ事態に問題があるわけではないからな」


「じゃあ、ここにいる星霊も?」


「それと同じ類だとは思う。

 しかし、この祠は学園ができる以前からあると言われているし、何世代にも渡って、学園の生徒が星約に挑んではいるが、誰一人として星約できた者がいないという……。

 本物ではないとしても、かなり強力な星霊であることは間違い無いだろう」


「マジかよ……! でも、本当に大丈夫なのか?」

 

「……わからん。だが、やってみる価値はある」


「……なぁ、俺も付いていっちゃダメかな?」


「なに?」


「いや、星約ってどうやってしてるのか気になって。ちょっと興味本意って奴さ」


「見せ物じゃないんだぞ」


「いいじゃんか。それに、失敗する気はないんだろ?」


「と、当然だ! だが、何があっても知らないからな! それで貴様が死んだとしても、私は責任を負わんからな!」


「わかってるって」


「ならいい」



 そう言って、フレイアはロープの端を木から外して、イスカと一緒に祠の中へと入っていく。

 祠と言っていたが、中は完全に洞窟となっている。

 あたりは日が届かなくなると暗闇によって支配され、なにも見えない。



「《星なる炎よ 我に光を 道を照らし出せ》」



 再びフレイアが詠唱をすると、手のひらサイズの炎が生まれ、あたりを暖かく照らした。



「おお……やっぱり便利でいいな、炎の星霊は」


「そんな風に言うな。星霊は尊い存在なんだぞ!」


「あぁ、ごめんごめん。一般人にはできない事ができるから、ついな」


「まったく。その軽薄な態度を改めた方がいいのでは無いか?」


「はい、すみません」



 まさか同年代の女の子から説教されるとは……。

 まぁ、あまり教養的な物は習った覚えがないので、仕方ないのだが。

 そんな事を思いつつ、二人は数分歩き続けた。

 そして急に開けた空間に出る。

 そこには日の光が入って来ており、内部を照らしていた。

 どうやら、洞窟内の天井が一部欠けているみたいで、そこから光芒のように陽光が降り注いでいる。

 そして、その陽光が降り注いでいる場所に、まるで祭壇の様な建造物が鎮座している。

 その中心には、台座に突き刺さった状態の一振りの剣があった。



「あれが……あの剣が星霊なのか?」


「いや、あれは星霊を封印するための依代だろう。だが、長年あの剣に封印されているのであれば、あの剣自体が星霊と融合している可能性も捨てきれない」


「本当に大丈夫なのか? 依代も必要なほどの封印星霊って……」


「……やってやるさ。貴様は下がっていろ、最悪、本当に死ぬかもしれんぞ」


「あぁ、でも気をつけろよ?」


「わかっている」



 それ以上はイスカも何も言わず、緊張の面持ちで祭壇へと向かうフレイアの背中を見る。

 フレイアを見送りつつ、イスカの視線も封印された星霊の方へと向けられた。

 その視線が台座に突き刺さった剣に定まった瞬間、イスカの体に違和感を生じた。



「っ……!」



 全身に鎖の様なものが巻きつき、自分を縛っている様な感覚。

 それでいて、その鎖を振り解いてみろと言わんばかりの感覚が、全身に走った。



「この感覚……いったい……?」



 自身の体に走った違和感に困惑していると、フレイアが祭壇の中央に辿り着き、儀式を開始していた。

 深呼吸を行い、精神状態を安定させる。

 右手で剣の柄を握りしめ、左手は自身の胸に当たる。



「《世に光もたらす星霊よ 汝に身は我が下に 我が命運は汝の下に》」



 契約の祝詞。

 剣巫と星霊のと間で交わされる星約の言霊だ。



「《誓いをここに》」



 契約の祝詞を綴っていくフレイア。

 次第にフレイアの全身が氣功タオの光に包まれていく。



「《我は光求める者 我が声に応えよ》」


「っ! 凄まじいマナの奔流……! 言うだけはあるな……!」


「《三度告げる 汝、我が剣となりて 我が命に従え さすれば我が命運 汝が剣に預けよう》っ!!」



 マナの光が炸裂し、洞窟内が光で満たされていく。

 あまりの眩しさにイスカは目を覆っていたが、すぐに視界を取り戻すと、そこには剣を引き抜いたフレイアの姿があった。



「っ! 抜けた……抜けたぞっ!!」


「マジかっ……!」



 抜けた……抜けてしまったのだ。

 天を衝かんとするように引き抜いた剣を高らかに掲げるフレイア。

 その姿は、絵物語に出てくる【聖女ルミナリス】に似ている様に感じた。

 驚きと歓喜に湧く洞窟内であったが、途端にその雰囲気が打ち破られる。



バリィーーーーーーン!!!!



「へっ?」


「なっ?!」



 フレイアの握っていた剣が一瞬にして砕けたり、虚空へと消えていった。

 その代わり、剣が突き刺さっていた台座の方から、先ほどの光とは比べものにならない量の極光が溢れて出しているのに気づいた。



「くっ!」


「な、なにが……?」



 何かとてつもない事態になっていると察したイスカが駆け出し、フレイアは状況を理解できずにその場で固まっていた。

 イスカが祭壇を駆け上がり、いまだに呆然と立っているフレイアの腕を取って、祭壇から急いで離れる。



「お、おい! なんのつもりだっ!?」


「どう見ても異常事態だろっ! 一旦離れるぞ!」



 イスカがフレイアを連れて祭壇を降りた瞬間、鎮座していた祭壇がゴウゴウと音を立てて崩れ始めた。



「な、なんだと言うのだっ……?!」


「本当に星霊が封印されてたのかっ? まさか、イタズラ目的の罠って感じじゃないだろうな?」


「そんなはずはっ……!」


「っ! 伏せろっ!」


「ふぁっ?!」



 何やら殺気の様なものを感じとり、イスカがフレイアを押し倒す。

 するとその直後、とてつもない量のマナを凝縮した様な波動が、イスカとフレイアの頭上を通り過ぎていった。



「なんだっ、今のっ?!」


「あのマナの塊は……まさか、星霊の……?」



 祭壇が崩れ落ちた勢いで発生した土煙と、いまだに溢れ出している光に遮られている中で、とてつもない波動を撃ち出した存在がいるとすれば、それはもう、そこに封印されていた星霊以外にはあり得ない。

 その後、同じ様に波動を撃ってくることはなかったが、油断はできない。

 イスカとフレイアは警戒心を強める。

 そして、土煙が晴れた瞬間、その星霊は姿を現した。



「っ……さっきの剣か……!」


「やはり、剣自体に星霊が融合していたか。ならばちょうどいい、わたしも剣技には自信があるからな。

 こいつを力ずくでも従わせてやる……!」


「おい、あんまり刺激しない方がいいんじゃないかっ?!」


「私の目的は初めからあの星霊と契約する為だったんだ。さっきの契約の祝詞で済めばよかったが、こうなったら仕方ないだろう。

 それに、私に楯突いた事を後悔させてやらないとな……!」



 妙に自信満々なフレイアを尻目に、イスカは出口の方へと視線を向けた。

 しかしそこは、先ほどの波動の攻撃により入り口の天井部分が崩落し、完全に通路が塞がれていた。



「くっ……どのみち逃げ場が無いんじゃ、しょうがないか……!」


「貴様は下がっていろ! あれは、私の獲物だ!」



 再び前に出るフレイア。

 しかし今度は、戦う気満々で好戦的な表情をしていた。



「行くぞっ!《我が星約の炎よ 今こそ盟約に従い、我が元に馳せ参じたまえ》っ!!」



 再び祝詞が紡がれる。

 フレイアの両手に炎が生まれ、それが次第に凝縮されていくと、反りのあるに白黒一対の双剣が現れた。



「さぁ、舞うぞ《バルグレン》っ……!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る