第3話 王立オルレアン星霊学園
あれからと言うもの、洞窟からなんとか這い出て、フレイアと二人で森の中を歩き続けた。
イスカの当初の目的は、この広大な森の中にあると言う【オルレアン星霊学園】へと向かい、そこにいるグレイス・シャムロットと会う事。
しかし、道に迷った挙句に森の中にある猛獣達に襲われ、食糧や水を放棄するという事故が発生。
なんとか水場を見つけ、水の確保をしようとしていたら、フレイアの水浴びを見てしまうと言うまたしても事故現場に遭遇。
終いには、封印星霊との命懸けの星約を行わなければならなくなり、その後、フレイアの宣言で奴隷認定されてしまった。
一体、なんだと言うのだ……。
「なぁ」
「なんだ?」
「これ、いつまで続ける気だ?」
これ、とはイスカの両腕を縛っている縄の事だ。
元々はイスカが旅のための必要品として持っていた物で、それをフレイアが奪い取りイスカの両腕を拘束。
その縄の端をフレイアが握っており、見た目的には完全に犯罪者とそれを連行する看守の様な構図である。
「お前が逃げられない様にしている。飼い犬に首をつけるのは当然だろう?」
「誰がいつ飼い犬になったんだよっ!」
「ついさっきだっ! 私の星霊を横取りした責任を取れと言ったろう!」
「あれはしょうがないだろうっ?! っていうか、星約できたのも奇跡みたいなもんだっ!」
あれほど強大な力を持った星霊と契約するには、相当なマナが必要となる。
それを命懸けで星約を行えたのは、フレイアが多少なりとも星霊の力を削っていたからだと思われる。
それに関しては、確かに彼女の功績なのだろうが……。
「光栄に思えよ? お前はこのフレイア・スカーレットの奴隷として、私の剣であり、私の盾となるのだからな」
「その奴隷っていうの、やめくれよ。俺はイスカだ。タチバナ・イスカ」
「ふん……奴隷のくせに生意気だな。しかしまぁ、名前があるならそう呼んだ方が都合がいいか……。
ならば今日から私の奴隷として、しっかりと励めよ、イスカ」
「いや、だから……」
聞く耳持たず。
フレイアは意気揚々と縄を引っ張り、森の中を歩いていく。
まぁ、学園の場所も分からず、このまま遭難しそうだったので、フレイアの存在は渡りに船といったところだったが……この扱いは改善されないものか……。
フレイアに連行される形で、歩き続ける事数十分。
木々の生い茂っている山道から整備された街道が見えてきた。
その街道を歩き続けてさらに数分。
立派な建物が幾つも建っている街並みが見えてきた。
その街中を歩く。
そう、手縄をつけられた状態で……。
周りの視線が痛いほど突き刺さる。
「なに? アレ……?」
「まさか、犯罪者?」
「あの制服、学園の関係者じゃないか?」
「まだ学生なのに、さすが剣巫だな」
どうやらイスカが犯罪を犯したであろう容疑者で、手縄を握りしめて先頭を歩くフレイアが英雄視されている。
「なぁ、こんな目立つところを歩く意味あるのか?」
「もちろんだとも。これで容易に逃げ出すことは出来まい……イスカが名実共に私の奴隷である事を喧伝しているんだ」
「やめてっ、お願いだからやめてくださいっ!」
どの道長居する気はないけど、居る間に変なイメージがつけられても困る。
イスカの懇願も虚しく、街中を手縄をつけられた状態で連行され続けて、ようやく目的地に辿り着いた。
「着いたぞ」
「あぁ……」
目の前に広がるのは堅牢な鉄格子の門構え。
それが左右に開き、中へと入っていく。
門を潜ったその先は、完全に男子禁制の女の園。
オルレアン王国の全土から、剣巫としての資質を持つ才女たちが通う学園。
剣巫を育成・管理する教育機関【オルレアン星霊学園】だ。
門を潜った先には広い中庭と噴水、整備の行き届いた校庭はいかにも貴族のお嬢様方が通いそうな金持ち学校といった雰囲気だ。
校舎自体もレンガ造りの堅牢な建物となっており、おそらくただのレンガではなく、星霊魔術によって生成された特殊な鉱石で作られているはずだ。
その堅牢さ、頑丈さは一般のレンガや石造りの家の何十倍もの違いがあるはずだ。
その門を潜ってすぐ、フレイアがこちらを振り返り、微笑みと共にこちらへ手を差し伸べてくる。
「ようこそ、オルレアン星霊学園へ」
「……手厚い歓迎を感謝するよ」
「なんだ、文句があるのか?」
「手縄をした状態で歓迎されてもな、嬉しいですとはならねぇよ!」
「むっ……ここまで案内してやったと言うのに」
「そのことについては感謝するけど、手縄で街中引きずり回されたら、それはもう嫌がらせにも程があるだろう!」
「それならば大丈夫だ。イスカは私の奴隷であり、私の所有物として認知させるための行いだからな!」
「あのなぁ、俺は別に学園に留まる予定はないんだぞ?
グレイスの婆さんから話を聞いたら、またここを離れるつもりだ」
「なにっ?!」
いや、元々ここに来たのも定住するためじゃないし……。
そんなショックな顔をされても困る……。
「だがお前は、星霊と契約しただろう! 星約を行える剣巫は、各国がそれぞれ登録・管理している。
お前だってその対象になるはずだ!」
「その辺のことは婆さんに聞いてみないと分からんな。
でも、俺にも目的があるし、やらなきゃいけない事があるから、どのみち長居をするつもりはないよ」
「そんな……」
目に見えてがっかりしているフレイア。
申し訳ないが、背に腹はかえられん。ここへ来たのは一時的な情報共有のためだ。
「ここまで案内してもらってありがとう、それじゃあ、俺はこれで」
「っ! 何を言っているっ、私はまだ納得してなーーーーー」
イスカの言葉にハッとなり、フレイアは俯いていた顔を上げた。
しかしそこにはすでに、イスカの姿が見当たらなかった。
「あれ? へっ?」
辺りを見回しても誰もいない。
自身が手にしていた手縄は残ったまま……どうやらあの一瞬で縄を解き、姿を眩ましたようだ。
「馬鹿なっ!? そんな芸当ができる剣巫がいてたまるかっ!
おいっ、イスカっ!! どこに行ったっ!! 絶対に逃がさないからなっ!!! イスカっ!!」
中庭を見渡しながら走り去っていくフレイア。
それを近くの木の影に隠れていたイスカは、フレイアが走り去っていったのを確認してから身を乗り出した。
「悪いな、フレイア。ここまで案内してくれただけで感謝するよ。
奴隷は、ごめん被るけどな……」
走り去っていくフレイアの姿が見えなくなったのを確認して、イスカは改めて校内へと入った。
内装は、明らかに貴族趣味全開の領域だった。
学校に必要なのかと疑いたくなる様な絵画が飾ってあり、天井には豪華なシャンデリアが幾つもぶら下がっている。
本当にここは学園なのかと思ってしまう……。
「えっと……ここの学園長をしてるってことは、学園長室にいるんだよな?
はぁ、無駄にデカい建物だよなぁ……ここでも迷子にはなりたくないなぁ」
先ほどは森の中でフレイアと事故ってしまったから、ここで二の舞はごめんだ。
しかし、こうも広くてはどこに何があるのかも分からない。
そんな時、こちらの近くを通りがかる人影を見つける。
「おっ、学園の生徒かな? あの、すみません、ちょっと聞きたい事があるんですが……」
イスカの声が届いたであろうこちらへと歩いてきていた学園の制服を着ている人影二人。
こちらを一度見ると、なぜか固まってしまった。
二人してその場に立ち尽くして、互いに顔を見合わせたと思ったら、ものすごい形相になって走って逃げていった。
「お、男だわっ!?」
「な、なんで男がここにいるのっ?!」
「き、危険よっ! 逃げなきゃっ!」
「ええっ?! ち、ちょっとっ?!」
見るなり人を危険人物扱いとは……。
人としてどうなんだと思ったが、あることに気づく。
「あ……そっか、ここ女子校だわ」
剣巫は選ばれた乙女しかなれない。
その選ばれた乙女のほとんどは貴族令嬢だ。
その貴族令嬢たちは、幼い頃から剣巫としての教育を受けてきており、その教育の中に男は不要とされる事が多いため、そういう異性に対する教育があまりされていないのが現状。
学園に所属する生徒のほとんどは男慣れしていない純真無垢な本当の乙女という事だ。
学園生活の中では、異性と触れ合う機会はほとんどないが、それぞれが家の事情などで社交会などに参加して、そこで初めて異性の対応を直に学んでいく。
それぞれの家庭である程度は習っているが、想定したマニュアルと実際の相手は違う。
だから、ある程度は場慣れしていくしかない。
だが、そういう事を全ての生徒が行っているのかと言われればそれも違う。
故に、あんな対応をされることもある。
「はぁ……どうするか……。地道に探していくしかないか?」
しかし、男子禁制に近いこの学園内をうろちょろしていると、またしても変質者扱いを受け、今度こそ縛首の上、オルレアン王国の精鋭部隊である星霊騎士団に突き出される恐れがある。
あまり不用意に動きたくはないが、しかし行動しなければいつまで経ってもここに留まるしかなくなる……はて、本当にどうしよう……。
「あれー? お客さんかなぁ?」
「ん?」
イスカが悩んでいると、今度は別方向から声をかけられる。
ちょうどイスカの背後、イスカが潜ってきた学園の正面入り口である正門の方から歩いてきた様だ。
声をかけてきたのも自分と同い年くらいの少女だった。
綺麗で長い金髪を頭の後ろでポニーテールのように結っている。
髪を留めるのに使っている花の様な形をした髪留めや綺麗な翡翠の瞳が印象的だ。
しかし、そんな印象的な特徴よりもさらに視線を集める存在に、イスカは驚いた。
「尖った耳……っ、シルフの一族か……!」
【シルフ】
この世界では希少種と言われている種族のうちの一つであり、特徴としては耳が通常の人種よりも細長く尖っている。
かの一族はこの世界でも最も古い一族として知られており、それこそシルフこそが『星約』や『星霊魔術』を行使できる〈剣巫〉の元祖と言われていたほど……。
今ではその数を減らし、王国のみならず、他国でも姿を見られるのは稀だと言われている。
そんな種族の少女が、学園の制服を着ているということは、正式にここの学園の生徒である事を証明している。
「おおっ、よく知ってるねぇ! そうだよ、私はシルフ族のフレデリカっていうの! よろしくね!」
気さくで明るい性格。
まるで太陽の様な天真爛漫な性格は、先ほどの生徒たちとは打って変わって、かなりの好印象を抱かせる。
「君はぁ……男の子? この学園になんか用?」
「あぁ、すまない。ちょっと聞きたい事があって……。ここの学園長に会いたいんだけど、どこに行けば会えるかな?」
「学園長に用? アポとかは取ってる?」
気さくに声をかけてはきているが、それと同時に警戒心は緩めていない。
男でこの学園に立ち寄る者はほとんどいない。
それこそ、目をつけた女学生を社交界に招待するために、どこぞの貴族の子息や当主レベルの人物に限られるだろうが、イスカの様に平民が着るようなボロの麻服とボロボロの外套姿では、到底貴族の坊ちゃんには見えないだろう。
「アポ……は、この手紙で証明になるかな?」
イスカは背負っていた荷物から手紙を取り出し、シルフの少女、フレデリカへと渡す。
フレデリカはそれを受け取り、フレイア同様に向きを変えたりしながら見聞する。
「ふむふむ、問題ないかな。この捺印は王国の第一級紋章だし、使われているマナも学園長の物だし」
「そっか」
「じゃあ、案内するよ! 着いてきて」
ここまで気さくな接し方だと逆に不安になる。
ここに来るまでにフレイアと学園生にしか会ってないが、どれもこれもロクな目に合っていないからだが……。
「あ、そういえば君、名前はなんで言うの?」
「ん? あぁ、名乗るのが遅れたな。イスカだ。タチバナ・イスカ。
君はフレデリカだったな、よろしく」
「よろしくねぇ」
時折挟む会話。
その時でもフレデリカは表情を崩さず、終始朗らかで快活な印象を受ける。
「にしても、学園長と知り合いなんだね。王国の第一級紋章なんて、かなりの待遇だと思うけど……」
「まぁ、昔ちょっとね」
「ふーん」
肝心な部分は濁してしまったが、特段怪しまれているわけではないようだ。
フレデリカに連れられたイスカは、校舎内を突っ切っていき、ようやくそれらしい場所に辿り着いた。
「ここが学園長の部屋だよ。まぁ、中にいるかはわからないから、あとは自分でお願いね」
「わかった。ここまで案内してくれて、ありがとう。礼を言うよ」
「良いって良いって! 困った時はお互い様だからね。
それじゃあ、私はこれで。バイバイ!」
「あぁ、ありがとう!」
元気よく手を振って離れていくフレデリカを見送り、イスカは改めて連れられた部屋の前で視線を移す。
大きな扉の上には『学園長室』の表札が書かれている。
どうやらちゃんと目的地には辿り着けたようだ。
「さて、さっさと用事を終わらせますか」
一歩、二歩と扉に歩み寄り、扉をノックしようと思っていた矢先、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
「でも、大丈夫なんですか? 彼をこの学園の所属にして」
「問題はない。学園の長である私が許可をしているのだからな。
それ以外に何か問題があるのか、生徒会長?」
「王都の元老院議官の爺さま達は、今頃慌てふためいてるんじゃないですか?
男でありながら剣巫の特権を持つ少年の存在を、このまま認めるとは思えませんけどねぇ……」
「ふんっ……あんな飾りのジジイ共に何を言われたところで知ったことではないさ。
この学園は治外法権だからな、どうせ奴らにはなんの手出しもできんよ」
「はぁー……これを処理するのも生徒会なんですよねぇ〜……」
「ほう? 奴を呼んだことは不満か? お前は真っ先に賛同してくれると思っていたのだがな」
「個人的には賛成ですけど、今更ながら、彼の存在はイレギュラーですからね。
後々の問題を治めるのが面倒といえば面倒でして……」
一つは学園長……グレイス・シャムロットの物で間違いない。
どこか底知れない恐怖を内包したかのような声色……その声を忘れるはずはない。
なんせ、今から5年以上も前から知り合っていて、ここ数ヶ月姿を見せなかったとしても、その声色やオーラは、この体にしっかりと染み付いている。
そしてもう一人、こちらは年若い少女の声だ。
かろうじて聞こえてきた単語である『生徒会長』という言葉。
つまり、この学園の生徒を取りまとめる存在というわけだ。
学園の生徒代表と学園長の会議中……ということらしいが、これは入るのをやめた方がいいのだろうか?
しかし、どこか聞き覚えのあるような声で、イスカは首を傾げた。
「この声……まさか?」
過去に聞いたことのある声。
あの時よりも若干大人びた余裕のある声色ではあるが、聞いたことのある声だった。
「だからこその学園所属なんじゃないか。全ての面倒ごとをこちらで受け持つ代わりに、奴らには一切文句を言わさない。
というより、奴らに文句を言うだけの根性があれば良いがな……」
「あっはは……。まぁ、それもそうですね」
「あいつは存外使えるやつだからな……私の小間使いとして働かせるのが良いと思っていたのだが……」
「それはちょっと職権濫用が過ぎますよ、学園長! 彼が生徒であると言うのであれば、それは当然っ、生徒としての生活をさせるべきです!」
「ふむ……では生徒会にでも放り込むか」
「えっ?! 良いんですかっ?!」
「他に所属させるところもないだろう……。
「そうですねぇ、アルちゃんがいま学園にいないのが救いでしょうか」
「あぁ、団長が居れば真っ先に私たちのところへ来て、直談判する事だろうよ」
「うわぁ〜、その光景が浮かびますよ。私もアルちゃんを怒らせたくないしなぁ〜」
アルちゃんとは誰なのかわからないが、とにかく話の内容を要約しよう。
今後、この学園に編入しようとしている生徒がいるらしい……。
そしてその生徒はなんとなんと男でありながら剣巫としての才能を持っているそうだ。
へぇー、俺以外にもそんな才能を持った男がいたんだな。
世界は広いと言うが、世にも奇妙な事もあったもんだ。
しかし、それを歓迎している人たちと、疎ましく思っている人たちがいる様子……。
まぁ、俺には一切関係のない話だ。俺は情報をもらえればそれで良いし、この後は誰にも迷惑をかけずに学園を経つつもりだし。
今のは聞かなかった事にしておこう……うん、それが良い。
「他人事のように思ってるかもしれないけど、君の今後について話し合ってるんだよー?
それと、いつまで聞き耳を立ててる気かなぁ〜?」
「…………」
あれぇ〜?
なんか、心読まれた?
壁越しなのに? 扉で分け隔てであるのに? なにこの人怖い。
「さっさと入って来い。鍵は開いている」
低く、そして身の底にも響くような声色が聞こえてきた。
どうやら、ここから逃げ出すことはできないようだ。
「すぅ〜はぁ〜……」
呼吸を整えて、扉のドアノブを握る。
重厚感の伝わる扉を開けて中に入ると、そこには忘れることのできない見知った顔が二つ。
奥の窓際に近いところにいかにも高級そうな木製の机と、これまた高級そうな革製の椅子に座り、お腹の前で腕を組みこちらを一瞥する人物が見える。
グレイス・シャムロット。
長く優雅に流れる漆黒の長髪。
厳格で凛々しい表情でありながら、こちらを一瞥した時に見せた妖艶な微笑みは、同じ人種とは思えないほどのオーラを携えている。
そしてもう一人、グレイスの座っている場所と机を挟んだ位置に立っている学生服の少女。
外側に跳ねた水色の短髪と真紅の瞳が特徴的な美少女は、こちらを見るとにこやかに笑みを見せる。
エレイン・アーデルハイト。
こちらの少女も、イスカとは昔馴染みの関係を持つ少女だ。
やはりと言うかなんと言うか、聞き覚えのある声だと思ってはいたが、よもや、自分が苦手としている女性二人と鉢合わせるとは……。
「ハァ〜イ、イスカ君っ! おっひさ〜!」
「お、お久しぶりです。エレインさん……」
「えぇ〜っ?! 何その他人行儀っ!」
「えぇ? そんな親しい間柄だったっけ?」
「ひどいっ! 私の事をぞんざいに扱うなんて……!
なんてひどい人なのっ……!」
「この芝居がかったやり取り、もう辞めないか? 話が進まないんだよ、これやってると……」
「ブーブー……ちょっとは付き合ってくれてもいいじゃん」
相変わらずの調子だ。
このエレイン・アーデルハイトという少女は、昔からこんな感じだった。
面白そうな相手を見つけると、必ずちょっかいをかけてくる。
イタズラ心を優先して、好奇心が続く限り人をおちょくるのが好きな性格。
しかしながら、興味のない事にはとことん愛想がない……昔ながらに思っていたのは、まるで猫のような人だなぁという感想だった。
「お前達、イチャイチャするなら他所でやれ」
「別にイチャイチャはしてないだろっ……!」
エレインとのやりとりを中断するような声。
いや、自分を無視されて少々機嫌が悪いような感じだろうか?
視線を椅子に座ったグレイスに向けて、改めて話を聞く。
「久しぶりだな、坊主。お前が私の元を去って、どれくらいになった?」
「さぁ、半年は経ってるんじゃないか?」
「まぁ、大まかに言えばそうなるな。性格には8ヶ月と15日と言ったところだが……」
そんな細かく覚えてねぇよ。
そう言うふうに言ってやりたい気持ちを押し留めて、イスカは本題に入った。
「それで、婆さんがくれたこの手紙の内容……本当なんだろうな?」
「全く、お前には会話を楽しむという余裕がないのか?
久々の逢瀬だと言うのに、そんなつまらん事をするな」
「悪いが、俺は会話をしに来たんじゃない。情報を貰いに来たんだ」
「ほう? ではその情報を、私が善意で全て開け渡すとでも?」
「知ってる。あんたは生粋の“魔女”だ。その他大勢の剣巫や貴族なんかとは次元が違う。
一体、俺になんの対価を払えと?」
そう、目の前にあるこの美女は普通の人間ではない。
かと言って、先ほどのフレデリカのような希少種『シルフ』とかそう言う話でもない。
目の前にいる女は、実は数十年前からこの国で活躍している現役の星霊騎士であるという噂は絶えない。
それも10年や20年という話ではなく、50年以上は活躍しているという化け物。
それ故に、彼女の事を知る人物が少ないため、実際の彼女の実年齢を知るものいない。
若々しい容姿、今が全盛期と言っても差し支えないほどの実力。
何年経っても変わらない姿は、それこそグレイスという人物が『星霊』なのではないかという噂も立てられているほどだ。
そのため、彼女は自国のみならず他国からも畏敬の念を込められて『魔女』というあだ名で呼ばれている。
「ふん、わかってるじゃないか。ではその対価を払ってもらおうか」
「その前に情報だ。この手紙の書かれていた内容……セツナは、本当に生きてるんだなっ?!」
「…………」
セツナ……本名をハバキリ・セツナという。
幼少期、物心つく前にイスカの両親は死んだ。
やがて独り身になったイスカの元に神父を名乗る男が現れ、イスカを自分たちの孤児院で預かると言い出した。
セツナは、そこで出会った少女だ。
歳はイスカよりも一歳上だったため、一番親しい間柄だったといえよう。
そして、彼女もイスカの事を大事に思ってくれていた……その証拠に、イスカとセツナは姉弟の契りを結んだのだ。
まぁ、本当はセツナが一方的に姉を公言して、自動的にイスカが弟になったのだが……。
そんなセツナは5年前、オルレアン王国で起こったクーデターの折、生死不明の行方不明となった。
経った2ヶ月という短期決戦で終幕したクーデターだったが、その間には夥しい数の死線を潜らなくては行けなかった。
あの当時、本当の地獄絵図を描いたと思う……自分たちが斬り伏せ、倒れていった者たちは数知れず、とにかく夥しい数の命が、あのクーデターで失われた。
その中に、イスカの探し人であるセツナも含まれている。
激戦の中で行方不明……それはつまり戦闘中行方不明。確認はしていないが、戦死だろうと言われているようなものだった。
だから、イスカはここ数年は彼女の情報を得るためにあちこちを回っていた。
これでは埒が明かないということで、グレイスの言う8ヶ月と15日前にグレイスの元を離れ、王国国内を探し回ったが、有益な情報は得られなかった。
だがここへ来て、グレイスからセツナの情報を得るとは、なんと皮肉なのだろうか。
しかし、ようやく見つけた目撃情報である事には変わりない。
その情報源が真実か、偽りかはわからないがそれでも一歩前進した事には変わりない。
だから、その情報が欲しい……早く、セツナに会いたい。
会って話をしたい。会って、無事を確かめたい……。
「あぁ、本当だとも」
「っ?!」
「お前の義姉、ハバキリ・セツナは生きている」
「っ……! どこに……セツナは今、どこにいるんだっ!?」
「…………」
「おいっ、ここで勿体つけるなよっ!」
「少しは落ち着いたらどうだ……。そんな鼻息を荒げて迫ってくるな気色悪い」
「うるせぇっ! そんな事どうだっていいんだよっ!」
ついつい感情を荒げてしまう。
ようやく掴んだ情報を目の前にちらつかされているのに、それを提示しない魔女に対して、こちらの神経は逆撫でにされている気分になる。
そんなイスカの様子を見て、エレインが近づいてくる。
「イスカ君、落ち着きなさい。学園長、もったいぶらすに話してあげては?」
「やれやれ、会話を楽しむ事を許されんとはな。全く、お前は全く変わってないな、坊主。
常に冷静で、大局を見ろと教えたろうに。もう私の指導を忘れたか?」
「っ……説教ならごめん被るぜ。もうあんたに付き合う義理はない。
情報だけもらえれば、俺はそれでいい……」
自分がどんな表情をしていたのかはわからない。
しかし、よほど情けない顔をしていたのだろう……グレイスはため息をつくと、その情報を話し始めた。
「お前は、神聖ロマリア帝国は知っているか?」
「ん? 帝国? それは……」
知っているも何も、その国はここオルレアン王国と一位、二位を争う大国の名前である。
オルレアン王国の西部に位置し、切り立った山脈を隔てて、それを国境として敷いている。
国力はオルレアン王国と同程度……いや、僅かだが帝国の方が栄えていると思う。
加えて、王国は5年前のクーデターにより、少々国力自体が衰退している。今現在は回復の兆しが見え始めているが、万全な状態になるまでは、あと数年はかかると思われる。
しかし、セツナと帝国と、どう言う話のつながりがあるのか……。
「まさかっ、セツナは帝国に……?」
「その可能性がある」
「……なるほどな。そりゃあ、どれだけ国内を探し回っても見つからないわけだ」
「だから言っただろう……大局を見ろと」
「うっせぇな……んで? 帝国のどこにいるんだ?」
「そこまではわからん」
「はぁ? らしくないじゃんか。あの魔女が偽の情報でも掴まされたのか?」
「私の力とて無限大ではない。王国内ではそれなりに顔も効くが、国外となるとそう自由には動けんさ。
だが、この情報源はいささか興味があってな……」
「ん?」
「だからこそ、お前をここに呼び出した」
「……だから、一体なんなんだよ?」
またしても勿体つける。
ほんと、どうしてこの魔女はただの情報交換をのらりくらりと揺れながら話すのか。
「対価の話からまず片付けよう。お前に支払ってもらう対価は、この学園への編入だ」
「……は?」
「学園に編入して、2ヶ月後に行われる【星舞祭】の代表選手として出場してもらう」
「はあっ?!」
何の話をしているんだ?
訳がわからず、イスカは固まってしまう。
【星舞祭】……正式名称を【星剣舞闘祭】。
または、『祭り』という単語を変換して【フェスタ】と呼んでいる者もいる。
【星舞祭】自体は数百年も前から行われている伝統行事。
すべての剣巫達の目標であり、その優勝者にはすべての星霊達の長である《六星王》からの祝福を得ると言われている。
《六星王》とはこの世の根源である地・水・火・風・闇・聖の属性に分けられた星霊達のことを指し、さらにその中でもかなり上位に位置する星霊を『王』と呼称し、それぞれを『地星王』『水星王』『火星王』『風星王』『闇星王』『聖星王』と呼ぶ。
【星舞祭】の開催時期は年に一回、時期はバラバラである。
そしてその試合形式も《六星王》が決めると言われている。
個人戦、団体戦、タッグ戦、トーナメント戦、バトルロワイヤル方式……何でもある。
「いや、【星舞祭】って、星霊騎士を目指す学生剣巫達の憧れの舞台だろうっ?!」
「あぁ、かつては私も参加していたな」
「そんな場違いなイベントに、何で俺が出場しなくちゃいけないんだよっ!
それとセツナと一体何の関係があるんだよっ!?」
「……神聖ロマリア帝国の代表選手の名簿だ」
こちらの問いかけに答える代わりに、グレイスは一枚の用紙を取り出してきた。
おそらく機密扱いの資料なのだろうが、だからこそわからない。
帝国の代表選手が何だというのだ……?
わけが分からず、イスカは出された用紙を手に取り、その名簿に視線を移した。
しかしそこには、目を惹く選手が書かれていた。
「ん?……」
名簿に書かれていたのは、5人1組のチームメンバー。
それが3チームあり、それぞれにチームを結成した選手……つまり剣巫達の名前と所属、そしてチーム名が書かれている。
その一番下、最後のチームの中に、驚くべき名前が書かれていた。
「っ……! なんの冗談だよ、これは……!」
今年開催される【星舞祭】は、5人一組のチーム戦の様だ。
そのチームメンバーの中にあった名前は、もうこの世に存在しないはずの名前だったのだ。
「そう、かの有名な剣巫が、今回の【星舞祭】に参加する。
5年前の王国内で起こったクーデター。
それを終わらせた【聖女ルミナリス】の再来と言われた黒髪の剣巫……“レイ・イシュタリス”がな」
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