第2話 炎の舞姫


「はああっ!!」



 気高い雄叫びと共に放たれる斬撃。

 その斬撃もただの斬撃ではない。猛々しく燃え盛る炎を纏った斬撃だ。

 苛烈に荒々しいが、しかしその剣筋は鋭い。

 白黒一対の双剣。フレイアが契約し、その身に宿している炎の星霊を【星剣】に変質させた物だ。

 右手に白い剣、左手に黒い剣を握り、左右の剣を巧みに扱いながら、果敢に攻めていく。

 対する相手は【星樹の森】に長年封印されていた星霊。

 広大な森の中にある祠。

 そこに鎮座していた仰々しい祭壇に剣を依代として封印されていた。

 長い間封印されていた事が関係してか、その精霊は依代となった剣と融合しているようで、今の姿は封印の祭壇に突き立っていた剣そのもの。

 それが高速飛翔して切り付けてくるのだから、普通の一般人ならば恐怖のあまりその場で腰を抜かし、星霊に対して赦しを乞うところだろうが……。



「吼えろっ、〈バルグレン〉っ!!」



 双剣に宿す炎の熱量が上がる。

 遠く離れて観戦していたイスカの元まで熱風が届く。

 白剣を下から上へ放つ逆袈裟に振り払い、続けて黒剣を上から下へ放つ袈裟斬り、更に止まらず体を回転させて白剣の横薙ぎ……剣技というよりも、それは舞の様な動きだった。



「はああっ!!」



 速度が上がる。

 身体を横回転させながら斬撃を放ちつつ、星霊が攻撃してくれば脚を止め、相手の動きを利用したカウンター攻撃を放つ。

 なるほど、剣技には自信がある豪語するだけの事はあるみたいだ。

 しかし、対する星霊もフレイアの怒涛の攻撃を迎え撃つ。

 空中に浮かんでいるという利点を利用して、高速で飛翔しながら襲いかかる。

 時折剣が回転しながらこちらに飛んでくるため、少しでも躱すのが遅れれば、人間の肉体など簡単に切り裂かれる事だろう。



「チッ、しぶとい!」



 剣巫の戦闘方法には大まかに分けて二つある。

 契約して身に宿した星霊の性質・能力を純粋に星霊魔術として行使する『魔術形態』と星霊の性質・能力を星剣の状態に変質してから行使する『武装形態』だ。

 今のフレイアは後者の『武装形態』で戦闘しているが、そもそも星約を果たす事も難しい場合もある中で、星約を成功させた星霊と親和性を高めて、星剣へと至れる剣巫は大変優秀とされている。

 それに付け加えて、その『武装形態』を維持する長さも重要だ。

 星剣での攻撃力や防御力は、単純に魔術形態のときに比べれば3倍近く性能が違う。

 しかしその分、消費されるマナの量も凄まじいのだ。

 【マナ】とは剣巫ならば誰でも扱える基本的なエネルギー源。

 自身の肉体を強化したり、身体能力を底上げする事もできる。無論、星霊魔術を行使する際にも、星約を行うときにも使う物だ。

 そのエネルギー源が切れてしまうと、星霊の召喚はできないし、魔術も使えない。

 それどころか、失神してしまう事もある。

 そんな中で、フレイアは星剣を振い続けてすでに10分以上経っている。

 それでも疲れを見せないどころか、余計に攻撃性が増しているのは、おそらくフレイアが剣巫としてはかなり優秀な部類に入るということを証明しているのだろう。



「くっ、これも耐えるのかっ……ならば、ありったけの火力でっ!」



 互いに猛攻を繰り出してはいるものの、中々決着がつかない事に苛立ちを覚えるフレイア。

 どうやら短期決戦に動こうというつもりらしい。



「炎よ、踊れっ!!」



 フレイアの言葉と共に、双剣の炎が著しく激しく燃え盛る。

 フレイア自身のマナの輝きも、先ほどまでよりも大きくなっているのをイスカは感じ取った。

 そして、フレイア自身にもその変化が見てとれた。



「っ……フレイア、きみ……髪が……!」



 先ほど湖で一瞬見えたのはやはり幻ではなかった様だ。

 彼女の髪が、漆黒から炎の色へと変化している。

 あえて例えるならば『炎髪』というべきだろうな。



「ハアアアッーーーー!!!!」



 フレイアがマナを練り上げる。

 両手に握りしめた双剣の炎熱量が更にヒートアップする。

 最高火力の一撃で決めに行く気だとわかった。

 フレイアが駆け出し、星霊に向けて双剣を振りかぶった。



「くらえっ! 〈火車切の舞〉ッ!!」



 渾身の一撃が入る。

 両手の双剣に宿した最高火力の炎熱を伴う回転斬撃が、二撃同時に振り下ろされた。

 それに加えて、切り付けた瞬間に刀身に纏わせた炎が爆ぜる。

 斬撃と炎熱と爆炎の三重攻撃を喰らえば、大抵の生き物はまず生きられないはずだ。

 しかしその一撃すら、封印星霊には軽かったらしい。



キイィィィーーーーーーーーンッ!!!!!!



「うっ?!」


「くっ、不協和音っ……!?」



 剣の刀身が小刻みに震える。

 そこから発せられる金属を擦り合わせたかの様な反響音が洞窟内に響く。

 たまらずフレイアとイスカは両耳を抑えたが、その隙を星霊は見逃さない。



「っ! フレイアっ!」


「っ?!」



 最大火力の攻撃を放った後の隙、ガラ空きになっているフレイアの胴体目掛けて高速で剣が飛翔してくる。



「っ……!」



 イスカは咄嗟に行動に移した。

 足元にあった石を取り、フレイアに向けて飛翔する剣に向かって投げつけた。

 当たるかどうか自信がなかったが、真っ直ぐに飛んでいる軌道を読んで、その延長線上にいるフレイアに当たらない様に投げた石は、運良く剣の柄部分にあたり、フレイアの体を貫く事はなかった。



「あっぶねっ……!」


「っ……」



 トドメを刺さらずに済んだフレイアは、そのまま下がり、イスカの前まで移動してきた。



「余計な事を……! 下がっていろと言ったはずだ……!」


「あのまま戦ってたら、お前死んでたんだぞ?」


「っ……」



 フレイアがこちらを睨みつけてくる。

 しかし、それ以上の言葉は発しない。

 自尊心はあるものの、傲慢ではない……自分が殺されかけたという事実は認めているらしい。



「……とにかく、今はこの状況を打開する」


「あぁ、頼むわ」



 再び双剣を握りしめて、駆け出していくフレイア。

 再び剣の星霊と切り結ぶが、剣の星霊も今度は本気でこちらを襲いかかる。

 先ほどまではただ飛翔しながら切り付けてきたり、突貫攻撃ばかりだったが、今度はマナを収束させ、星霊魔術の攻撃をも繰り出そうとしている。



「おいおい、こっちを完全に殺しにきてるじゃんか……!」


「……っ、だからどうした! これくらいの試練を乗り越えられなければ、私はっ、私は何も取り戻せないっ!!」



 何か譲れない物があるのだろう。

 焦り、不安……そういった感情が見え隠れしている。

 双剣を握る手の力を強めながら、再び星霊に斬りかかるフレイア。対する星霊もマナの斬撃を飛ばしてくるし、高速移動による刺突攻撃や斬撃を繰り出してくる。

 フレイアも左右の剣を巧みに操り、なんとか凌いでいるが、そう長くは保たないだろう。

 ならば短期決戦で攻め込むしかなくなる。



「〈火衝斬舞〉ッ!!!!」



 剣舞を舞っているかのような動きで、左右の剣を絶え間なく振い続ける。

 回転を加え、遠心力も加算された斬撃と炎による熱攻撃を受ければ、大概の剣巫はひとたまりもないだろう。

 星剣と星霊がぶつかり合う……激しい火花が散り、金属が打ち合う剣戟音が洞窟内に響いている。

 もうそろそろ決着がつきそうだ。



「これでっ、決めるっ!!」



 フレイアが双剣を振るう。

 するとフレイアの周囲に剣の形状をした炎の塊が出現する。

 形状はフレイア自身が持っている星剣と同じ形状の物。

 どうやら分散した炎の剣……と言う物なのだろう。

 フレイアの周囲に6本の炎剣が出現し、両手の星剣を含めると8本の剣を出現させたことになる。

 これほどまでに星霊魔術と星剣を行使できるフレイアは、剣巫としての才能はかなり高いと見て取れる。



 「いくぞ、〈バルグレン〉。これで最後だ……!」



 星剣を顕現させている状態での戦闘時間は短い。

 それほど、剣巫の体内にあるマナを消費してしまうからだ。

 それに加えて星霊魔術を同時に使えば、その燃費の悪さは拍車がかかることだろう。

 次で決められないのであれば、フレイアもイスカも、共に死ぬ事になる。



「っ……うおおおおっーーーー!!!!」



 フレイアが仕掛けた。

 周囲に展開した炎剣を巧みに操り、空中に佇む星霊に向けて放った。



「〈炎舞・比翼三連〉ッ!!!!!」



 炎剣を片翼に見立てての技か。

 高速で飛翔する炎剣が全方位から星霊を攻撃する。

 避けられたような形跡はない。そしてフィニッシュはフレイア自身。

 イスカの見た中で過去最大級のマナを星剣に集約させ、迸る火柱を携えた双剣を左右に振り払う。

 双剣の剣撃、炎撃が星霊に直撃。

 爆炎に包まれた星霊は多少なりともダメージを与えられたはずだ。

 あとは、弱っているうちにフレイアが星約の儀式を行えば、この勝負は終わる。



「フレイアっ!」



 爆発の衝撃で身を屈めていたイスカはフレイアを呼ぶ。

 あたりが爆煙によって視界が遮られている中で、その中から誰かが動く気配を感じた。

 間違いなくフレイアだろう。

 イスカは煙の向こう側にいる人影に向かって駆け出した。

 煙が次第に晴れてきて、視界が戻ってきた。

 その煙の向こう側には、フレイアが立っていた……一応無事らしい。

 しかし、その手にはもう、星剣が握られていなかった。



「っ、まさかっ……!」



 立った状態で動かない……いや、動けないのだ。

 フレイアは俯き加減の状態で立っているが、少し離れたところから見ていたイスカでもわかった。

 フレイアは気を失っている。

 極限状態での戦闘に加え、自身のマナを限界まで使い続けたのだ……意識を消失していてもおかしくはない。



意識消失マインドダウンしてるのかっ……! くそっ!」



 急いでフレイアの元へと駆け寄り、彼女の体を掴む。



「おい、フレイアっ! しっかりしろっ!」


「…………」



 イスカが必死に呼びかけるが、フレイアの意識は戻らない。

 マナの限界行使は死ぬ様な事態ではないが、回復にはそれなりの時間が必要となる。

 イスカはフレイアを背中に乗せ、急いでその場から離れる。



「あの星霊は……」



 流石にフレイアの猛攻を受けたのだ、ただでは済まないだろう。

 今も立ち込める煙の向こう側にいるのか、あるいは逃げたかもしれない。

 その方が都合がいいと思っていた……しかし、残酷なまでの現実を突きつけられる。

 煙が晴れていき、その視界の先に白銀の剣身が現れた。

 多少の傷を負ってはいるものの、その姿はまだまだ健在といった感じだろうか。



「嘘だろっ……!」



 フレイアの攻撃が弱かったわけではない……しかし、それ以上に星霊の耐久性が上だったという話だ。

 背負っていたフレイアを壁際まで運び、そこに立てかける様に座らせる。

 意識を失い、目を瞑った状態のフレイア。神はまだ炎の色に染まった状態。

 おそらく、星霊魔術を行使する際に生じる体内の『マナの循環』。その影響で、フレイアの神が変色しているのだと推測できる。

 それはつまり、フレイアのマナ保有量が普通の剣巫に比べても高いと思われる。

 しかし、それを見境なく過剰放出するから、燃費が悪いのだろう。

 危機的な状況にも際しても、どこか冷静に分析する自分がいる事に、イスカは不意に笑みを溢す。



「ったく、このままじゃ二人とも死ぬかもしれないってのに……何やってんだろうな、俺は」



 そう、このままでは二人して死ぬ。

 目の前にいる星霊の怒りによって、刺し貫かれて死ぬのだ。

 フレイアは動けない……自分は一般人であるため、星霊に対する対抗手段を持っていない……そして目の前の星霊は、間違いなく自分たちを逃す気はないだろう。



「死ぬ……か。でも悪いな、俺も死ねない理由があるんでね……!」



 覚悟を決める。

 一か八か、この状況を潜り抜けられる方法が、一つだけある。

 集中する……かつて、大切にしていた家族の言葉を思い出す。



ーーー星霊にも魂はある。その魂に触れる事で、星約は始まるの。



 星霊の魂に触れる。



ーーーそして自分の魂を触れさせる。そうする事で、文字通り一心同体……ってわけね。イスカには出来るかしら?



 やってやるさ。



「君を見つけるまで、俺はっ、死ねないっ!!」



 星霊が吶喊してくる。

 対するイスカは、その場を動かない。動けば後方にいるフレイアが死ぬから……そして何より、自分の覚悟が鈍る。

 右手を突き出し、迫り来る剣を受け止める体勢を取る。

 鋒が右手を貫き、さらに二の腕突き刺す。



「ぐっあああああっ!!!!!」



 激しい痛みが走る。

 それだけで意識が飛びそうになるが、なんとか堪えるイスカ。

 さらに腕に力を込めて、剣を逃さない。



「は、はははっ……これで逃げられないぜ……!」



 イスカから離れようとして暴れる星霊。

 しかし、それを許さないイスカ。

 そしてここからが、一か八かの賭けだ。



「《世に光もたらす星霊よ 汝の身は我が下に 我が命運は汝の下に》っ!!」



 星約の祝詞。

 そう、賭けとはイスカ自身が、この封印星霊と契約するという事だ。



「《誓いをここに 我は光求める者 我が声に応えよ》っ!!!」



 イスカの体に、マナの光が循環していく。

 そして祝詞は、最終段階へ入った。



「《三度告げる 汝、我が剣となりて 我が命に従え さすれば我が命運 汝が剣に預けよう》っ!!!」



 白銀の光が、洞窟内を包み込んだ。

 体を包んでいく謎の熱量。それが自身の中に入り込んでくる感覚を覚えながら、イスカも意識を失っていった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「お……しっか……しろ! おいっ、なにがあったんだ!?」


「ん……んん……」



 声が聞こえる。

 驚愕と心配……二つの感情が入り混じった様な声色だ。

 重い瞼をゆっくりと上げていく。

 視界が霞みがかったようにぼんやりしていたが、次第にそれが晴れていくと見知った顔があった。

 炎の髪色は漆黒に戻っており、こちらを見つめる群青色の瞳は、どこか悲哀の情を込めている様に見えた。



「っ……フレ、……ア」


「っ……! おい、大丈夫かっ?!」


「あ、あぁ……なんとか、ね」


「そ、そうか……」



 彼女の顔が近い。

 どうやら自分は倒れていて、その側に座り込んで、こちらを覗き込んでいるのだろう。

 よく見ると、目には涙が現れている。



「なんで、泣いてるんだ?」


「な、泣いてなんかいないっ!」


「いや。でも……」


「うるさいっ! お前、死んだのかと思ったんだぞ!」


「ぁ……」



 今回の件、フレイアに同行をせがんだのはイスカなのに、フレイア自身は自分のせいでイスカを死なせてしまったのではないかと思ったらしい。

 どんなに強気を装っていても、中身は年相応の少女なのだ。



「ごめん、心配かけた」


「し、心配などしていないっ、ほ、ほんとだぞっ!?」


「はいはい、そう言う事にしておくよ」



 フレイアの態度に呆れつつも、なんだか安心してしまう。

 ほっと一息をつき、笑みをこぼしながら起き上がるイスカ。

 まだ体中に痛みが走るが、起き上がれない肌ではない。



「お、おい! あまり動くな! お前、気を失ってたんだぞ?」


「それを言うなら、フレイアもだろう? もう動いて大丈夫なのか?」


「私だって剣巫だ。そんなやわな鍛え方はしていない」


「確かに……あれだけの攻撃力といい、その回復力といい……」



 本当にフレイアは優秀な剣巫なんだと感心していたところで、フレイアが本題に触れてきた。



「そんな事より、あの星霊は? どうして居なくなったっ?!」


「あぁー……その、なんて言うか」


「私が意識を取り戻した時にはもう、星霊の姿はなかった。

 お前は倒れているし、それにっ、っ?!!」



 マナの残滓とは、剣巫が体内で運用するマナを行使した際に残っている痕跡の様なもの。

 しかしそれは本来、剣巫にしか扱えない物だ。そして剣巫は、選ばれた乙女にしかその特権が許されていない……。

 なのにフレイアの目には、目の前にいる少年の体には、その残滓が見てとれた……つまりそれは。



「なんて説明したらいいのか……」



 この世であり得ない事はほとんどない。

 全ての事象に原因と結果が存在し、それは証明されるからだ。

 しかし、いまこの瞬間に、まさにあり得ない事象が起こっている。

 にのみ許された特権。

 その技術を持っている……ここに矛盾が生じた。

 イスカは自身の右手に視線を移す。

 星霊によって刺し貫かれた手や突き刺された二の腕の傷は塞がっている。

 流石に衣服は貫かれた状態に加え、その時に出血してしまった血の汚れはついたままだが……。

 しかし、それ以外は綺麗なままだ……ある一点の変化を除いては……。



「っ! お前、その手の紋章は……!」



 フレイアもイスカの右手に視線を移した際に、見てしまった。

 イスカの右手の甲……そこに描かれた白色の紋章。

 大きな丸の中に二本の剣が交差したかの様なデザインの紋章が刻まれている。

 それは星約の儀式を終え、剣巫としての特権を使い、その身に星霊を宿した者にのみ刻まれる特別な紋章……。



「なんで……なんでお前にが刻まれているんだっ!?」



 【星紋】せいもんとは読んで字の如く、星霊をその身に宿した剣巫が刻んでいる紋章の事だ。

 星約の儀式を執り行った後、体のどこかに必ず刻印される物であり、イスカは右手の甲にその紋章が現れた。

 これは普段は見えないように薄く肌に馴染んでいくが、マナを瞬間させるとそれに反応して、紋章自体が光り、表に現れる事がある。

 今のイスカの紋章は、星約したばかりであることからイスカの体内のマナが巡っているために、紋章が表に出てきているのだろう。

 目の前で信じられない光景を目の当たりにしたフレイアは、唖然とした表情でイスカを見る。

 この出来事をどうやって説明すればいいのか悩んでいると、フレイアからの質問攻めが相次ぐ。



「お前は何者だっ?! なぜ私たちと同じ剣巫の特権が使えるっ?! お前は本当に男なのかっ?!

 あの星霊は一体どうしたんだっ?! 私が気を失っている間に、一体なにをしたんだっ?!」


「待て待てっ! そんな一度にたくさん聞かれても、答えられないって……!」


「誤魔化すなっ! いいから答えろっ!」



 物凄い圧力でこちらへと迫るフレイア。

 両手でイスカの肩を掴んで離さない。

 これは流石に誤魔化せないと思ったイスカは、右手をフレイアに見せながら話す。



「見ての通りだよ。さっきの剣の星霊は、俺が契約した」


「っ……!」


「俺には、フレイアみたいに星霊と契約できる剣巫としての特権を持っている。

 男だけど、俺はフレイア達と同じ『剣巫』なんだ」



 この世界において、男の剣巫は存在しない。

 いや、かつて存在していたが、ある『魔人』と呼ばれた邪悪な剣巫の出現により、世界は破壊と混沌に染まっていった。

 しかし、それは同時期に現れた『聖女』によって打ち滅ぼされ、世界は平和を取り戻した。

 それ以降、男で剣巫の特権を操れる者がいなくなったと言われている。

 それが実に数千年前の話だ。それ以降、男の剣巫が出てきたことは一度もない。 

 故に、タチバナ・イスカという少年の存在は、世界のイレギュラーと言っても過言ではないのだ。

 


「な、何故、お前は………その……」


「男なのに剣巫なのか……?」


「っ……」


「さぁ、俺にもわからない。俺も気づいた時にはこの力が使える様になっていた。

 自分が異端な存在だっていうのは、気づいてはいるけどね」


「…………」



 フレイアからしたら驚愕の事実だろう。

 目の前にいる少年はかつて世界を滅ぼしかけた【魔人アシュラ】のように男でありながら剣巫としての力を有している。

 世間から見れば【魔人アシュラ】は嫌悪の対象だ。

 そんな男の存在を、許しておけるわけがない。



「悪いけど、ここで起きたことは内緒にしてほしい」


「へ?」


「ここで起きたこと、俺が剣巫である事を秘密にしてほしい。

 あと、できればこのまま見逃してほしいんだけど……」


「それは……」


「あぁ、わかってる。いきなりこんな事を言われても混乱するよな。

 とにかく、今日のことを秘密にしてほしい。俺は俺で、やらなきゃいけない事があるんだ……」



 そうだ。

 やらなきゃいけない事がある。

 そのために、かつての知己であるグレイスの呼びかけに応じて、こんな辺境までやってきたのだから……。



「さて、そろそろ洞窟を出るか。しかし、どうやってここから抜けようか……」


「……んなこと」


「ん?」


「そんなこと……」


「フレイア?」


「そんなこと出来るわけないだろうっ!?」


「っ?!」



 やはり、見逃してはくれないか……。

 どうしたものか……。



「お前はっ、私の星霊を横取りしたんだぞっ!」


「……はい?」


「だっかっらっ、お前、私の星霊を横取りした責任を取れっ!」


「はぁ〜?」



 横取りとは人聞きの悪い。

 あそこでイスカが星約に成功していなければ、二人して死んでいた可能性があるのに。

 イスカは立ち上がり、その場から離れようとしたが、フレイアがその行手を阻む。

 


「待てっ! 逃さんぞっ!」


「おいおい、横取りなんて人聞きが悪いぞ? 俺が星約に成功してなければ、二人とも死んでいたかもしれないんだからさ……」


「それは……!」


「別に恩に着ろとは言わないけど、そういう言われ方はちょっとひどいんじゃないか?」


「う、うぅ……」



 あぁ、ちょっと涙目になってる。

 まぁ、フレイアからしてみれば、散々な1日だったよな。

 水浴びしていたところを見知らぬ男に見られた上、体を触られ、決死の覚悟で挑んだ星約を横取りされたのだ……それも男の剣巫に。

 でもこれ、全部わざとではないし、イスカには悪気が一切ない。

 ほんと、どうしたものか……。



「えっと、その……あぁ、もうどうしたらいいんだ?」


「っ、せ、責任を取ってもらうっ!」


「責任?」


「そうだっ! お前には、私の目的のために働いてもらう!

 私の星霊を横取りしたのだからっ、当然だろうっ!」


「いや、それはだな……」



 フレイアの目的がなんなのかは分からんが、面倒ごとは避けたいな。



「責任って、何をすればいいんだよ?」



 イスカの問いに、フレイアは自身の右腕を飛ばし、指を突き立て、イスカに向けて宣言する。



「お前は、今から私の奴隷だっ!」


「………………は?」





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