第5話 優秀な問題児たち
「覚悟しろっ、タチバナ・イスカっ!!」
「っ……フレイア・スカーレット……!」
教室に入ってみると、見知った顔がいた。
まぁ、ここ学園の生徒である事は知っていたから、いつかは出会うだろうと思っていたが、まさかこのタイミングで再会することになろうとは……。
「よくも私の前から逃げてくれたなっ……このハレンチ変態魔人っ!!」
「いや、あの状況は誰だって逃げるってのっ!」
意気揚々と立ち上がり、こちらを睨みつけては獰猛な笑みを浮かべるフレイア。
右手を掲げると、そこに星霊の炎が収束していき、やがてそれが星剣へと変化した。
彼女の星剣は炎の双剣。
刀身は鋼の様な素材なのに、そこに炎の様な揺めきや色が浮かび上がる、不思議な剣だ。
刀身は厚く、丸で弧を描く様に湾曲した刃、白と黒の一対の双剣。フレイアは〈バルグレン〉と呼んでいたか……。
「フ、フレイアさんっ?! ここで星剣はっ……!」
「ハミルトン先生、止めないでいただきたい……! この男は、私の獲物なので」
「い、いえっ! そもそも教室で乱暴ごとは……!」
隣であたふたしている教員はシーナ・ハミルトン。
ここスルーズ教室の担任教師であり、今日から所属するイスカの担任でもあるわけだ。
元々がテンパる性格なのか、今も星剣を顕現させたフレイアの行動にあたふたとしている。
「ここで無抵抗の相手を攻撃する気か、フレイア?」
「うるさいっ、気安く名前を呼ぶなっ、馬鹿者!」
なぜ頬を赤らめるのだろうか?
先ほどエレインからは名前を呼べと言われたから、女の子は名前で呼んだ方がいいのかと思っていたのだが……。
「それにっ、お前は私の狙っていた星霊を奪った張本人だっ!
覗き、痴漢、窃盗の罪も付けてやる! 言い逃れはできないだろう!」
「あれはっ……そうしなきゃ、お前だって死んでただろうがっ!」
「っ……」
イスカに痛いところを突かれ、苦虫を噛んだ様な表情をするフレイア。
相変わらず担任のシーナはあたふたしているだけだった。
どうやってこの状況に決着をつけようか悩んでいた時、またしても教室の扉が開いた。
「家の用事で授業を抜けてしまい、申し訳ございません……ハミルトン先生」
「はっ、アレクシア殿か……いえっ、アレクシアさん……!」
「えっと、これは一体……?」
入ってきたのは、長い金髪の美少女だった。
同じ制服を着ているにも関わらず、どことなく気品溢れるその立ち姿は、ただの貴族令嬢ではないと思わせるほどだった。
中性的な顔立ちながら、神秘性を秘めた紫紺の瞳。
優しげな雰囲気の表情に目が奪われる。
そしてその後ろから、2人の少女達が続けて入ってくる。
一人は水色髪のショートヘアで、頭には獣耳、そして腰には細長い尻尾と来た。
「〈ケットシー〉か……」
「あれ? 君はさっきのっ!」
「ん?」
希少種である〈ケットシー〉の姿を初めて見た事で、自然と注目していたが、その隣からひょっこりと現れたもう一つと顔が、こちらを見て驚きの声をあげる。
「あっ、さっきの……フレデリカ……」
「そうそうっ! 君、編入生だったんだっ! それならそうと早く言ってよ〜!」
天真爛漫な〈シルフ〉の少女フレデリカだ。
にしても奇妙な組み合わせだ……得体の知れないオーラを持つ先頭の金髪美少女と、その後ろを追従する〈ケットシー〉の少女と〈シルフ〉のフレデリカ……これは一体?
「ああああっ、えっと、どうすればぁ〜!!!?」
担任のシーナの脳内はキャパオーバーになってしまったらしい。
どうこの場を収拾すべきなのか、イスカもどうしたらいいのか迷っていると、教室の席からクラップ音が響く。
「皆さん、少し落ち着いてもらえますか?」
視線をそちらの方へ向けると、一番前の席に座っていた少女が立ち上がっていた。
青みがかった長い黒髪に、水色の瞳が特徴的ないかにも真面目な印象を受ける美少女だった。
「先生はとりあえず落ち着いてください。それからフレイアさん、星剣は閉まって下さい。
また生徒指導の対象になりたいんですか?」
「むっ……ぐぅ……」
「アレクシア殿下、騒がしくしてしまい申し訳ございません。
少々混み合っておりまして……申し訳ありませんが、一度整理いたしますのでご着席をお願いしても?」
「ぁー……そうだね。そうしてもらえると嬉しいよ」
この混乱した状況を、ただの一生徒が仕切ってくれたおかげで、なんとか収拾がつきそうだ。
フレデリカはアレクシアと呼ばれた少女と〈ケットシー〉の少女と共に席へと着く。
そして立ち上がって、星剣を構えていたフレイアは星剣を虚空へと消すと、大人しく自分の席に座った。
「あ、あの、フラメアさん、ありがとうございます……!」
「先生も、一度落ち着いてから話して下さいね。それで、貴方はどこの誰なのですか?」
フラメアと呼ばれた黒髪の少女。
その水色の瞳は警戒の色を強めてこちらを見つめる。
またしても生徒達からの視線を一身に浴びることになったイスカ。
また混乱しても困るので、今度はスムーズに自己紹介へと入る。
「ん、んんっ。今日からこの教室に編入することになった、タチバナ・イスカといいます。
見ての通り男ですが、まぁ、普通に接してくれるとありがたいです」
無難な自己紹介を終え、相手方の反応を待つ。
すると当然というか何というか、驚きと困惑に満ちた声が上がる。
隣にいる生徒同士で久々と話したり、余計に警戒心を露わにしたり……。
まぁ、そういうのが当然の反応だろう……。
この学園は剣巫を育成する学校で、剣巫は選ばれた乙女にしかなる事ができない存在。
それなのに、自分たちの目の前に立っている少年は、男でありながら剣巫としての特権を持っているという事を示している……。
男でありながら剣巫……というフレーズで思い起こされるのは、数千年前に存在したという【魔人アシュラ】の存在だろうか。
(まぁ、反応自体は予想通り……一部を除いては)
視線を上へと向ける。
イスカから見てちょうど右上の位置。
そこに座っているのが、フレイア・スカーレットだ。
今もなお鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
この場で逃げようものなら、また星剣を顕現させて追いかけてくるんだろうな。
「本当に、あなたは私たちと同じ剣巫なのですか?」
「え?」
「剣巫は女性しかならないものです。本当にあなたは星霊と契約できるのですか?」
フラメアと呼ばれていた少女の問いかけはごもっともだ。
ここにいるのは全員が女性……生徒だけでなく、教員も全て女性だ。
そこに男が一人入ってくるのだから、当然警戒するし、本当に剣巫としての資格があるのかを確かめるだろう。
しかし、幸いな事にイスカはそれを証明する術をすでに持っていた。
「あぁ、本当だ。何故かはわからないけど、俺には剣巫としての才能があるらしい」
そう言いながら、イスカは自身の右手をクラスメイトに向ける様に掲げる。
そして、右手にマナを流すと右手の甲に刻まれた星霊紋が光だし、その紋章を浮かび上がらせる。
白銀の光、手の甲いっぱいに刻まれた円形の紋章。
その円の中には二本の剣が交差している様な模様が浮かび上がる。
その紋章をその目で確認したクラスメイト達は、さらに驚きと困惑に声をあげる。
「星霊紋が……っ!」
「じゃあ、本当に男の剣巫っ?」
「でも、男の剣巫って……」
良い噂が無いのは百も承知だ。
いろんな憶測が語られる事になるだろうが、とりあえずは聞き流していくしか無いな。
「ありがとうございます。あなたが剣巫としての資格を持っていることは理解しました。
ですがその星霊、どこで契約したのですが?」
「ぇ……」
「その星霊がどの様な星霊なのか、お聞きしたいです。
マナを通した時の星霊紋の輝きは、そこらの低レベル星霊では無さそうでしたが……」
「あぁ……えっと……」
ここは素直に答えるべきだろうか?
この学園からちょっと離れたところにある〈星樹の森〉の中にある祠に封印されていた古い星霊……。
確かにフレイアが戦っている時に感じたのは、かなり高位の星霊ではないかという事。
フレイア自身も優秀な剣巫であることは間違いない……そんな彼女の猛攻を受けてもなお、平然とこちらへの攻撃の手を止めなかったあの剣の星霊……。
それも、学園が創立する前より封印されており、今までに多くの剣巫との契約を拒んできた曰く付きの星霊の事を話すと、これまた大変な事になるのでは……?
どう答えたものか悩んでいると、またしてもフレイアが立ち上がり、こちらを指して言ってしまった。
「こいつは私が狙っていた〈星樹の森〉に封印されていた星霊を奪い取ったんだっ! 強い星霊なのは当たり前だろう!」
またしても教室がざわつく。
「えっ……森に封印されてた星霊って……!」
「あの曰く付きの?」
「誰にも契約させない星霊が、男の剣巫を……?」
まぁ、学園に通う女生徒の多くが〈星樹の森〉に封印されていた星霊との星約の儀式を行ったという。
しかし、今までの何年間、多くの生徒が挑戦するも、星霊はその儀式に答えたかったというのに……。
ほんと、なぜ自分には星約できたのかわからない。
「本当なんですか?」
最前列にいたフラメアも問うてくる。
「あぁ、そうだ。自分でも何で星約できたかはわからないんだけどな」
「っ……」
ここまできたら、認めざるを得ない。
自分は剣巫として星約の儀式を成功させ、その身に星霊を宿しているのだと、これから共に過ごすであろうクラスメイトには、あまり変な隠し事はしない方がいいだろう。
「なるほど。あなたをこのクラスの一員として迎えるのは、少々疑問が残っていますが……」
「そう言われてもなぁ……俺をここに入れたのは、グレイスの婆さんだし」
「ばっ……学園長の事を『婆さん』なんて呼ぶのは、やめたほうがいいですよ。
学園長は私たち剣巫にとっては憧れの存在なのですから」
「あ、あぁ、失礼した。つい呼んでしまうんだ」
何はともあれ、自身のクラスメイト達からの受け入れは済んだ。
まぁ、中には警戒する者、避けようとする者、そして、敵意をむき出しにして睨みつけてくる者もいるが、ここから学園生活が始まるわけだ。
ほんと、面倒な事になったなぁ……。
「え、ええっと、では授業を再開しますねっ! あっ、タチバナ君は教科書とかありますか?」
「いえ、何ももらってなくて……すみません」
「いえいえっ、ここには予備の教科書を置いてますので、これを使って下さい!」
「ありがとうございます」
「席は自由席となってますので、どこでもどうぞ」
シーナの誘導に従い、教科書とノートとペンをもらい、先の方へと移動する。
しかし、空いている席を探そうとすると、すでに座っている生徒達の視線がごちゃつく。
こちらを見ている生徒もいれば、話しかけられないように視線を逸らす者もいる。
まぁ、得体の知れない人物がいきなり自分の隣に来ると思うと、そりゃ怖いよな。
ましてや乙女の園の中に男子が一人……羊の群れの中に狼が入ってきたような物なのだから、当然か。
イスカは適当に隣に誰もいない、あるいは離れているところを探して、そこに座る。
イスカが座ったのを確認すると、シーナは再び授業を再開した。どうやら星霊についての講義らしい……。
星霊については、それほど多く知っているわけではないし、ある程度の知識はグレイスの婆さんから聞かされていたから、困ることはない。
そんな風に教科書を開いて内容を読んでいくイスカの視界の端に突然現れた人影が。
驚いてそちらをみると、先ほど最後列に座っていたフレイアが隣に座っていた。
「えっと……なに?」
「今度こそ貴様が逃げないように監視するためだ」
「……」
逃げるも何も、同じクラスになってしまったので、逃げ道無くなったんだけど……。
まぁ、相手側からこちらへ接触して来てくれた事は少々ありがたいと思う。
ここのクラスメイトが自分という存在を風景の一部として認識してくれるような感じでいけば、余計な波風を起こす事なく学園生活を過ごせるというもの。
うんうん……平和は良いものだよね……だが、現実は理想通りにはいかない物だ。
その後、事あるごとにフレイアはイスカに付き纏っていった。
授業が終わり、皆が思い思いに休み時間を過ごす中、フレイアは終始イスカを睨みつけながら監視。
イスカが移動しようとするとそれに追従していき、少し足を早めて歩くと同じ速度でついてくる。
もうめんどくさいからまた巻いてやろうかと思ったが、同じクラスであるため、授業中は必ずと言って良いほど会うわけだ……そうなると余計にめんどくさい事になる。
「はぁ……」
「なんのため息だ? 今のは」
「あのさぁ……もうそろそろ監視しなくて良くないか?
これから先もずっとするのか、それ?」
「当たり前だ。私の奴隷になると貴様自身の口から言われない限りはずっとついていくつもりだ」
「暇人かよ。なぁ、別に奴隷にならなくてもさぁ、普通にクラスメイトでいいだろう。
クラスも同じ、席も隣だし、監視する必要がない」
「だったら素直に認めればいいだろう。私の奴隷となり、私の野望の為にその力を使う……簡単な事だろう」
「別にお嬢様の奴隷になりたいだなんて今まで思った事ないからなぁ……。
っていうか、なんで奴隷なんだよ? 普通は従者とかじゃないのか?」
「従者とは自分の背中を預けるに足る人物のことだ。貴様はその資格たり得ない……だから『奴隷』という扱いで合っているはずだが?」
「奴隷は所有物扱いだろう? 俺はお前の所有物になった覚えはないから、やっぱり赤の他人ということで……」
「ふ、ふざけるなっ! 貴様が私からあの星霊を奪ったのではないかっ!」
「そうだけど……でもお前、あのままやり合ってたら、確実に死んでいたんだぞ?」
「っ……」
イスカの発言に押し黙ってしまうフレイア。
フレイアも、ただのわがままなお嬢様というわけではないらしい。
自分の立場や状況、それらをしっかりと把握した上で話しているようで、あの状況ではイスカの判断が正しかったのだとしっかり認識しているのだ。
まぁ、それゆえにそのやるせなさをイスカにぶつけているのかもしれないが……。
「そりゃあ、まぁ……君の願いを叶える為の力かもしれないし、おそらくそれだけの力をこの星霊は持っているかもしれない……けど、自分の命を賭けてまで成し遂げたい望みって……」
「貴様には……関係ないことだ」
「その無関係な人を、これから自分の望みの為に利用しようとしているのにか?」
「くっ……」
言葉の揚げ足を取るような回答に、フレイアも苦い表情を出すが、同時に睨みつけてくる。
「あぁ、そうだ。貴様が奪った星霊の力を持ってすれば、私の願いは……!」
「…………はぁ。その願いがなんであるかは、この際構わない。
だが、俺にもやるべき事がある。
その交換条件として、グレイスの婆さんがここへの編入を条件として出して来たからな」
「……貴様の願いとは?」
「……昔離れ離れにになってしまった人に会いたい。
ようやくその情報を掴んだんだ……そして、その為に【星舞祭】に出ないといけない」
「なにっ? 貴様も【星舞祭】に出るつもりなのか?」
「あぁ、グレイスの婆さんに嵌められたようなもんだけどな。
けど他に手段もなかったし、その交換条件に乗った」
「そうか……ならば、それも問題はなさそうだ」
「え? それはどういう意味だ?」
イスカの問いかけに嬉々としてフレイアは答える。
「私の目的はただ一つ。2ヶ月後に開催される【星舞祭】の代表となり、そこで優勝して国王陛下に謁見することだ!」
「国王陛下に謁見?」
確かに【星舞祭】での優勝は、国の悲願と言っても過言ではない。
優勝者には全ての星霊達の長である〈六星王〉からの祝福が得られるが、それはその優勝者だけの栄誉ではない。
その者が所属する国にも、その栄誉と祝福がもたらされるという。
ゆえにその代表となる選手には国から手厚いサポートが受けられる。
戦闘に必要な星霊鉱石、最高級の装備品、
しかし、それゆえに確実に優勝を狙あるほどの実力者でないと、国はその代表を認めはしない。
その為、その代表者を決めるために学園内での〈代表選考戦〉なる学内リーグ戦が存在し、そこで多くの勝率を残した学園代表の3チームが選抜されるという流れである。
「国王陛下に謁見してどうするんだ?」
「……それは、いえない」
「なんだそりゃ?」
「とにかくっ! 私と貴様の利害は一致しているということだ!」
「まぁ、そうなるな」
「では、貴様は私のメンバーとして参加登録をさせてもらうぞ」
「……どうしてそうなる?」
ほんと、この子はどうしても俺を奴隷として引き込みたいらしいな。
でもまぁ、よくよく考えてみたらそれもそれでアリだ。
フレイアとは今日初めて会ったが、それでも彼女の剣巫としての実力は最優と言えるだろう。
彼女の星霊は炎熱系の星霊。
その火力はイスカが身を持って体感している。
さらに彼女は星剣の顕現を可能としているのだから、学園生の中でもかなり上位に入る実力者でもある。
学園内のリーグ戦を勝ち抜いて【星舞祭】へ出場し、優勝を目指すのであれば一人でも多くの優秀な剣巫がメンバーに入ってくれた方がいい。
「……まぁ、それもそうだな」
「っ、なに?」
「いや、その提案だよ。フレイアくらいの剣巫がメンバーに入ってくれるなら、学内のリーグ戦でも戦えると思って」
「っ…………そ、そうだろうそうだろうっ! やはり、私が居ないと貴様を手懐ける奴が居ないからなっ!!
うむ、そうする方がいいっ!!」
「いや、別に奴隷になるつもりはないが……。まぁ、それはさておき、これで俺とフレイア、あとはエレインが入ってくれるから、これで3人。あと二人か……」
「ん? 待て。エレインとは誰だ?」
「ん? いや、俺が元々組もうと思ってたメンバーだ。
エレイン・アーデルハイト。ここの生徒会長なんだろ?フレイアも知ってるんじゃないか?」
「生徒会長と組むっ?! 貴様、生徒会長とも知り合いなのかっ?!」
「あぁ、まぁな。グレイスの婆さんと同じ時期くらいに知り合って」
「……貴様の交友関係は一体どうなってるんだ……?」
「まぁ、そこはおいおい……な」
まぁ、話したところで信じてもらえるかはわからんし、なんせ5年も前のことだからな。
「それで、仮に俺とフレイア、エレインの3人で組むことが決まって……あと2人はどうしよう。
フレイアの知り合いにいないのか? あと2人組めそうな人」
「…………」
「ん? フレイアさん?」
「…………」
突然黙り込んでしまったフレイア。
しかもこちらに視線を合わせないようにあさって方向へと顔を動かしてしまった。
さては、フレイアお嬢様……。
「もしかして、友達いなーーー」
「いるわ馬鹿者っ!! 友人の1人や2人っ!!」
「なら、その子達を誘ってみてくれよ。それでメンバーは揃うだろ?」
「…………」
また黙ってしまった。
これは手詰まりか……。まぁ、元々一から4人も探さなきゃ行けなかったのが2人になったんだ。
あと2人、集められればいいんだから、ある意味楽勝だろう。
「まぁ、あと2人は探して行こうか……さて、とりあえずメンバーが集まったら、申請を出しに行かなきゃいけないんだよな?」
「あ、あぁ、そうだ。ハミルトン先生のところに申請書類を出しに行かなくてはならない。
先生は今頃教員室にいると思うが……」
「よし、ならとっとと出しにいって、追加で入る人はその都度申請すればいいんだよな?」
「あぁ、そうなる」
「オッケー。ならエレインのところに行かないとな。あいつの署名ももらわないといけないし」
そう言って、イスカはエレインのいるところへ向かい、フレイアは担任であるシーナの元へと向かった。
「ふーん……フレイアちゃんがねぇー……」
「あぁ、あいつがチームに入ってくれるなら、かなりの戦力になってくれると思うんだが」
エレインの元に向かったのは、一通りの授業が終わった後だった。
フレイアと別れて、エレインの元に行こうと思っていたが、あいにくと授業中だったため、イスカは引き返し、授業が終わるまで待っていたのだ。
イスカとエレインとでは学園が違い、ましてやクラスも全く違う為、必要なカリキュラムの時間がズレているらしい。
そしてようやく授業が終わると、中にいた女子生徒にお願いしてエレインを読んでもらい、現在二人は生徒会室の中で話し合っていた。
イスカがエレインに対して、業務連絡のような形でフレイアの加入を報告すると、エレインは少女拗ねたような反応を見せた。
「……まぁ、いいでしょう。あの子が剣巫としては優秀なのは変わらないし……。
彼女の火属性の星霊と、私の水属性……相性はあるでしょうけど、お互いの弱点なんかは補えるでしょうし」
「あぁ、フレイアは見たところ攻撃特化な感じだからな。
エレインは防御の戦術が得意だし、バランス的にもいいと思う」
「ふーん、随分とフレイアちゃんの事を評価しているのね?」
「いや、別に……あいつが優秀なのは否定できないし」
「ふーん……」
「な、なんだよ? 何か問題が?」
「べっつにぃ〜?」
「ん?」
なぜエレインが不機嫌なのかわからないが、イスカはエレインの座っている会長席の卓上に書類を置く。
「これ、俺とフレイアの分は署名してあるから、エレインも書いてくれ」
「はーい。仕方がないなぁ〜お姉さんがいないと、イスカ君がフレイアちゃんといかがわしいことしてしまうかもだし〜」
「いかがわしい事なんかないってっ!?」
「えぇ〜? ほんとかなぁ〜?」
「ほんとだっ!」
顔を赤く紅潮させて必死に否定するイスカ。
そんな姿を見たエレインは、今度はクスクスと笑顔を見せる。
「ふふっ、ほんとイスカ君はからかい甲斐があるわ♪」
「っ……勘弁してくれ。とりあえず、俺たちのチームは3人が揃った……。
あと2人だな……なぁ、エレインの知り合いとかで誰か2人分の都合はつけられないのか?」
「うーんそうねぇ……」
戦力的に言えば、フレイアとエレインの二人だけでも強力だ。
しかし、5人対2人の戦いでは、圧倒的に数が不利すぎる。
ましてや今のイスカは、星霊の力を引き出す事ができない。
今朝森の祠で星約の儀式を行った星霊だって、どんな能力を持っているのかはいまだに分からない。
「そうねぇ〜……声かければ集まりそうではあるけど……イスカ君とフレイアちゃんとの二人がチームメイトって言って、快く承諾するかどうか……」
「……まぁ、俺はともかく、フレイアはなんで警戒されてんだよ?
ここの生徒でしかも優秀な剣巫だろ? 星剣を顕現させられる奴なんてそうそういないと思うんだけど?」
「実力としてはね? ただ、スルーズ教室の面々は癖が強いからねぇ……。
フレイアちゃんもあんな性格でしょう? 中々近寄りがたいと思っている娘が多いのよねぇ」
「あぁ……なるほどね……」
なるほど、フレイアのあの性格は学園の在校生たちも苦手意識を持っていたらしい。
ここは良くも悪くもお嬢様学校だ。普通の平民・庶民の感覚とは別の次元で生活しているため、時に傍若無人な振る舞いをしてしまうこともあるだろう。
それが剣巫ならば尚更だ。特殊な力を持ち、それを扱うための英才教育を受けてきた者たちの集まりなのだから、余計に庶民の一般常識からはかけ離れているだろう。
「なら、フレイアと上手い具合に噛み合いそうな奴っているか?」
「うーん……居なそう」
「……マジかー」
せっかく3人集まって、あと2人だけという状況なのに、その二人が見つからないから困る。
「【星舞祭】は2ヶ月後。残り1ヶ月間は学園の代表チームを選ぶための学内リーグ戦をしなくちゃいけないし、後の1ヶ月はチームの連携や戦術を組んだりもしなくちゃいけないわけだから、残念ながら悠長にメンバーを集めている時間はないわ。
最悪、リーグ戦はこのまま3人で戦うしかないわね」
「5対3でか? 流石に無茶だろう」
「そうでもないわよ? 私とフレイアちゃんは星剣を顕現できる。
それはイスカ君も知ってるでしょう?
まぁ、代表選考に選ばれる剣巫なら、星剣くらいは顕現させられないと務まらないとはいえ、誰もがハイレベルな能力を有しているとは限らないわ」
「まぁ、たしかにそうだが。でも、5人のチーム戦で、それぞれの役割もあるだろう?
3人のままだとその役割を補えないと思うが……」
「そこは、イスカ君の星霊に期待ね♪」
「簡単に言ってくれるな……」
とにかく、出場チームのメンバー3人は決まった。
どうにかしてあと2人を確保して、全員の星霊の能力と剣巫としての実力を加味した上での戦術を構築しなくてはならない。
フレイアはオフェンダー、エレインがディフェンダー。
そしてイスカは……。
「俺もオフェンダーか『遊撃』に回った方が良さそうだな。
あとは支援する『サポーター』と指示を出せる『スポッター』がいれば完璧なんだけどな」
「イスカ君もどっちかというと脳筋だもんね」
「脳筋じゃねぇよ。そういう戦い方しか教えてもらってねぇんだよ、あの婆さんからは……!」
「じゃあ“前衛バカ”だ」
「いちいち言い方がひどくないっ?!」
「仕方がないわね。私がディフェンスとスポッターを兼任するわ。
現状ならそれがベストでしょうし」
「あぁ、頼む。とりあえずフォーメーションはこれで行こう。
あとは人数集めを最優先にして…………あ、そういえばエレインに聞きたかった事があったんだ」
「ん? なになにっ?」
「この学内リーグって、全校生徒がみんな参加するのか?」
代表チームは3チームしか選出されない今回の【星舞祭】だが、その為には学内のリーグ戦に勝ち続けなければならないわけだが、肝心なのはその参加チーム数だ。
オルレアン星霊学園は剣巫を育成する教育機関であるが故にそもそもの生徒数は少ないが、王国内の有力貴族の令嬢などが多数在籍しているところでもあり、クーデターで減ったとはいえ、今でも多くの貴族諸侯の面々が残っているのが現状だ。
そんなわけで、学園の生徒数は優に100を超えているため、単純計算でも最大20チームは作れて、そのチーム数の中から3チームに選ばれなくてはならない。
そうなると、どれだけ勝たなきゃいけないのか、あるいはどのチームに勝つ事で選出されるのかがポイントとなってくるわけだが……。
「まさか。全員が出るわけないわよ。確かに【星舞祭】への出場は、剣巫としては誉れそのものだけど、それは貴族としての名誉には繋がらないの」
「ん? どうしてだ? 名誉ある舞台に立てるんだから、普通はみんな参加するんじゃないのか?」
「そこで活躍できればの話よ」
「はぁ……?」
「つまり【星舞祭】に出場する事は、必ずしもプラスに働くとは限らないってことよ。
【星舞祭】という大きな舞台で活躍できれば、周辺にいる貴族にデカい顔ができるかもしれないし、そこから縁談の話になったり、家同士での繋がりが太くなっていくかもしれない。
けれど、もし活躍できなかったら?
言い換えれば、全世界に自分の不甲斐なさや醜態を晒す事になるわけよ」
「あぁ……そういう事……」
「だから、フレイアちゃんのように剣巫としての技量や、必ず勝つという執念を持ち合わせている子はまだしも、あまり戦闘向きではない星霊との星約を果たして子たちは、出ようとは思わないんじゃないかしら……」
「っ……となると、さらに人員確保が難しくなるって事か?」
「でも、逆に言い換えれば出場する気でいる子たちは、軒並み剣巫として優秀という事になるわ。
それを狙って見るのもいいんじゃないかしら?」
「なるほど……! 了解。俺も声をかけて見るか……」
「うーん……」
「な、なんだよ?」
「イスカ君、クラスメイトの子達に声をかけるつもりでいる?」
「え? そのつもりだが?」
「うーん……」
浮かない表情をするエレインに、イスカも困惑する。
「なんだよ。何か問題があるのか?」
「……イスカ君が編入したクラス……スルーズ教室なんだけど……」
「なんだ?」
「今日最初に説明した通り、問題児の集まりなのよね……」
「問題児……」
そういえば、そんな事を言っていた様な気がする。
いきなりの編入騒動に加え、教室に入った瞬間に起こったフレイアとの再会劇。
なんだって1日でこんなイベントが起きるのかと思ってしまった。
そのままなし崩し的に授業が再開され、一通りの授業が終わって、今に至るが特に問題を起こした様な生徒はいなかった様に思える……。
「その……そんなにやばいのか?」
「まぁ、みんな自己主張の激しい社交界で生活しているわけだし……学生という領分を超えて、色々トラブルに発展しちゃうのよ」
「でも学校内でそんな権力がまかり通るものなのか?」
「表立って、はないわ。ただ、そこから親や親戚に根回しして、自分たちのいない土俵で何らかの交渉材料をチラつかせて、腹芸の応酬くらいはやってるんじゃないかしら」
「うわ……」
どんなに歳が若かろうが貴族という家に生まれた者たちの宿命の様なものがあるのだろう。
やだやだ、そういう腹芸は得意な人間同士で勝手にやってくれと言いたい。
「でも、優秀なんだろ? なら、1人くらいは加入できないかな?」
「うーん……そうねぇ……」
とりあえずの方針としては、攻撃がフレイア、イスカの2人で、エレインが防御と指揮を担当するため、もう1人くらい防御に徹する人物の加入が望ましい。
そして、あとは星霊の種類や特徴、星剣に顕現した際の攻撃手段の確認も必要だ。
イスカの記憶が正しければ、エレインの星霊は水属性。
さらに星剣も顕現でき、その形状は三叉槍。
5年前のクーデターの際に見せてもらったことがある。
フレイアは星霊は火属性であり、星剣は炎を纏った双剣だった。
あとはイスカ自身の星霊の能力がどの様なものなのかを確認した上で、またフォーメーションを確定していけばいいのだろうが……。
「うーん、できれば遠距離攻撃もできる剣巫が欲しいところだな」
「術師タイプかぁ〜……スルーズ教室にも何人かいたわね。たしか、ここに資料が〜」
そう言うと、エレインは自分の机の引き出しを開けて、中から分厚いファイルを取り出す。
「それは?」
「この学園の生徒の情報が書かれている名簿」
「それは、契約した星霊の種類とかも書かれてるのか?」
「ええ。まぁ、簡単な名簿だから、詳しい能力とかはわからないんだけどね。
それに、本人が嘘をついて報告している可能性だったあるし」
「情報漏洩になるからか?」
「そういう事。ええっと、スルーズ教室は……」
エレインがページをめくっていく。
どうやら各教室ごとにデータをまとめているらしい。
エレインがページを進めていく中、ようやくスルーズ教室というページを開き、2人で中を確認して見る。
そこに写っていたのは、教室にいる生徒個人の顔写真付きの履歴書のようなものだった。
出身場所、親や兄弟・姉妹の名前、家族構成、そして契約した星霊の名前……などなど。
確かに、簡略化されたデータだ。しかし、これでもないよりかはマシなので、これで探していこう。
「あ」
「どうしたの?」
「この子、何者なんだ?」
イスカが指差した人物の写真……それは、イスカと同じ様に教室に途中からやってきた金髪の少女のものだった。
今日の昼間に学園内を案内してくれたシルフの少女フレデリカと共に教室に現れた少女には、どことなく見覚えがあったのだ。
それに、生徒たちのほとんどが高貴な身分のお嬢様であるものの、彼女からはそれすらも霞んでしまう様なオーラを感じた。
「あぁ、この方はたぶんイスカ君も知ってると思うわ。
彼女はアレクシア・フォン・オルレアン様。このオルレアン王国の現国王の妹君で、歴とした王族の一員ね」
「王女様だったのかよ……!」
通りで見たことがあるわけだ。
5年前のクーデターの後、実権を握ったのは当時の第3王子だった現国王。
その妹、第4王女であれば、あの風格は納得できる。
しかし、王女殿下が何故あの教室にいるのか……?
「彼女もみんなと同じで、ちょっと面倒な立場にいるのよね……。
学園に入学してきたのも、王族内でのトラブルに巻き込まれない為だって聞いたし」
「王族か……今の国王は確か」
「そう。5年前のクーデターで生き残った元第3王子。
今でこそ国王として君臨してるけど、5年前に繋がってた裏社会の連中とも、まだ繋がり続けてるって噂もあるし、今回の【星舞祭】でも変に介入してきてるって噂があるわ」
「元第3王子……か」
かつて遠目で見たことがあるが、王族でありがちな傲岸不遜という言葉がよく似合う陰険な王子という印象があった。
今のところ目立った動きはないが、彼がこの国の舵取りを行っているのならば、また何かしら起きるのではないか不安に思う者も多いと聞く。
「じゃあ、その王女様はどうだろう。
彼女は【星舞祭】に出場する予定はあるのか?」
「ええ。でももう向こうもメンバーを集めているわね。
従者の2人とその他の生徒2人……すでに登録も済ませてあるわ」
「そうか……早々上手くは行かないか」
「ここは、根気強く行くしかないわね。
ほら、イスカ君も手伝って! 交渉する人材をピックアップして、すぐに動ける様にしないと!」
「……そうだな。とりあえず、後方支援か遠距離戦が得意な剣巫を見つけないとな」
生徒会室にて、エレインと2人で候補者をピックアップしていった。
後日、イスカその候補者全員に交渉に出向いていったのだが、結果として……全員交渉決裂となってしまった。
星約の剣巫 剣舞士 @hiro9429
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