第2話 彼女の名前とその正体
「……あ、そっか。いやーごめんごめんそりゃそうだ。確かにいきなり知りもしない人間が一緒にドラム叩いてたら不審に思うよね」
「いや今気づいたのかよ。ってか君は一体何者で……?」
「さっき言ったじゃん。通りすがりの即興ドラマーだよ。本当はちょっと覗き見するだけのつもりだったんだけどさ。貴方があまりにもいい音出すもんだから我慢できなくなっちゃって。つい、ね」
彼女は俺が今感じていることをすぐには理解できなかったのか、しばらくフリーズ。でも一応はわかってくれたみたいで、申し訳なさそうな表情で謝罪する。
いや、まあ、もうそれはいいんだ。わかってくれたみたいだし。
むしろ俺が今気になっているのは、彼女から放たれた言葉の方だ。
「即興、ドラマー? ってことは君も……」
「そそ、貴方と同じタイプの人間だよ。その場で思いついたリズムをそのまま形にして、一つのものを作り上げるドラマー。まぁ、既存の曲に自分でドラムをつけてみたり、はてまたドラムだけでオーディエンスを沸かせるパフォーマンスをしてみたり……色々やってるよ」
彼女の言葉は、それこそある程度予測できるものだった。けど。
即興でドラムをやる人か。そう思うと少し驚く。それこそ即興でピアノやる人より人口少ないんじゃないか?
即興でピアノをやる人とすら出会うことなんてないと思ってたのに、これはびっくり仰天……とでも言えようか。
「はぇーそうなの。色々やってんねぇ。というか即興ドラムて。またニッチもニッチなんじゃないの?」
「ま、そうだろうね。でもそれを同類の君に言われるのは、少し心外かな?」
「いや、それはそうかもしれないけど。でもそんな俺にそう言われちゃうほど君の方が……って事でもあると思うな」
「あははっ。かもねー」
そういうと彼女は可笑しそうにケラケラと笑う。楽しそうに、それでいて少し嬉しそうに。
なんだろう。どこか、不思議な人だ。外見は普通の今時の女子高生……って感じがするのに、それとはまた別の何かを感じさせる。
初対面で軽く一言二言話しただけなのに、妙に親近感を感じさせられるからかな? なんて、そんなことを考えた。
「あっさり肯定しますね貴女……。というか、こんなとこまでよく来たね。ここ、校舎の隅っこも隅っこでしょ。一体何用でこの階まで?」
「あぁ、そりゃもちろん君の音楽を聞くためだけど?」
「……はぇ? だってさっき通りすがりって」
「元々君のことは音楽の佐藤先生から聞いてたんだ。それからずっと気になっててね。丁度今日の放課後、下の階に用事があったから寄ってみようって思ったんだよ。これって通りすがり、でしょ?」
いやそれは通りすがりというのか……? よくわからないけれど、まぁ、そう言われればそうであるような気もする。
「通りすがり」というより「もののついで」という言葉の方が似合うような気もする……、けど、まぁいいか。
「なるほどね。でもこうして聴きに来てくれたのは嬉しいよ。今までずっと1人で弾いてたからさ」
「だろうねー。こんな隅っこの目立たないところで黙って弾いてるんだもん。そりゃだーれにも見つかんないよ」
「あれ、もしかして俺貶されてる……?」
「そう思うんならそうなんじゃないの?」
にひひ、と彼女は悪戯っぽく笑う。その笑顔に若干むず痒い気持ちにさせられた、けど、不思議と怒る気にはなれない。おもしれー人だなこの人。
そう思うのはきっと、似た人種を見つけて舞い上がってるんだろうな。俺。そう、思うことにした。
「でもまぁ……勿体無いなぁって、私は思うけどなー」
「ん? そりゃどういう意味で?」
「だってさ? 私ちらっと聴いただけだけど、君の音すっごく良かったよ。メロディにオリジナリティはあるし、和音進行も斬新だ。それがこうして日の目に当たらないのはなんか……ねぇ」
「お褒めの言葉ありがたいけど、そんなに?」
先生以外だと初めて聞いた他人の評価。しかも同じ即興をやる人間。そんな人にこうも高く評価してもらったのは率直に嬉しい、けど。
正直なところ、この「即興演奏」っていうジャンルで褒められたことがないに等しいから、その言葉に疑りの感情を持ってしまうのも、また事実だ。
「そんなに、だよ。聴いた感じ、相当な時間弾き込んでるだろうし、私が思わずノッちゃうくらいだよ? もっと自信持っても良いと思うな」
「……そっか、そんなに聴く人を感動させられたなら、自信持っても良いのかもね。ありがとう」
でも、彼女のどこか熱が籠ったような言葉を聞いて、そんな気持ちがいくらか吹っ飛ぶ。本当の気持ちを言ってくれてるんだな、って自然とそう思えるような雰囲気があった。
「ふふっ、喜んでくれちゃって。こっちまで嬉しくなるなぁ……っとそうだ。君、このあと時間ある?」
「まぁ、部活にゃ入ってないから有り余ってるけど。何さ急に?」
「いや、さっき言ったじゃん? それだけ弾けて日の目を見ないのは勿体無いってさ。だから私にすこーし考えがあるんだけど……、着いてこれるかなって」
「……へ?」
この人、結構色々と話の手順すっ飛ばすんだな。なんか急展開すぎる。
目まぐるしく展開が変わるが故に頭は追っつかないけれど、これだけは確かに理解できた。
◆◇◆
結局あのあと、彼女について行くことに決めた。
まぁ、同じ学校の人だし、ドラマーってのは本当だし、何より俺の演奏を褒めてくれた人でもあるし。別にこれと言って拒否する理由が見当たらなかった。
それで、連れてこられた場所が――――、
「さて、ここだよ。どうぞ上がって」
「お邪魔、します……。なんかすごいなここ」
「でしょ? ここは
「まぁそれは言われずとも。てか事務所って。君、本当に一体何物なの?」
スタジオだ。それもかなりしっかりとした。
これだけでわかる。この女の子、普通の女子高生じゃない。
そんな俺の予想を見透かしたように彼女は笑う。そしてこう言った。
「そういえば自己紹介、まだだったね。私の名前は
まぁ、知ってるどころか。
NIKKAといえばネットじゃそこそこの有名人で、俺もよく見てる人……だったような。まぁ顔隠して動画投稿してるから、素顔は謎、らしいけど。
いや、これは、流石に。たとえ本物だったとしても、だ。
完璧に信じられるまでには時間がかかりそうだ。そう頭の中で呟いた。
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