第4話 大挑戦だよ

 ――――きっと多くの人は、ピアノにロック、というイメージを抱かないと思う。クラシックとか、バラードのイメージがあるんじゃないかな。


 でも、あくまでそんなイメージがないだけで、ピアノ、またはキーボード主体でロックを演奏する人は確かに存在する。古いとエルトン・ジョンとか、ビートルズだってその類だ。あとジェネシスとかイエスとか……一応ディープ・パープルもかな? ソロパートあるし。


 ほら、挙げればキリがない。だから、ピアノで激しいロックを弾くことは可能だ……って思ってる。

 でも、勿論それは簡単なことじゃない。


「ごめんっ。ちょっとスローすぎだ。もっとテンポ上げられない?」

「これくらいが丁度いいとは思うけど……。了解。君が言うならそれに合わせるよ」


 先ずはリズム。今までクラシックやヒーリング系のものを多く弾いていたから、彼女が理想とするテンポよりもスローなものになってしまっているらしい。

 だからなるべくアップテンポになるように努めるけど……、それだと今度は少し走り気味になってしまうというか。


 それに、問題はそれだけじゃない。


「……なんか違うね。ねぇ、今君、どんなイメージで演奏してた? 私は風が吹き抜けるような爽やかな感じだったんだけど」

「俺は少し重たくてヘヴィな感じ……って2人して全然違うじゃんか。そりゃなんかコレじゃないって感じるわけだよ」


 その場で、お互いに思いつくままに演奏するが故に演奏のイメージに齟齬が生じるのだ。それが多少であれば特に問題はないんだろう、けど。

 こうして大きく乖離してしまうと、てんでバラバラな演奏になってしまう。

 詰まるところまとまりがないのだ。人に聞かせられるものでは到底ない。


 リズム、技術、イメージを全て合わせて弾く。コレを全て即興でやることがどれだけ難しいか、身をもって痛感させられる。


「うーん……っ。ダメだねっ! 3日経っても満足いく演奏ができないや」

「ごめん。俺が上手く合わせられればいいんだろうけど……。中々に難しくて」

「別に気に病むことじゃないよ。別々の人間が好き勝手にってるんだ。そう上手くいかないのはなんとなく想定してたしね」


 そんなこんなで3日経つけれど、正直なところ、まだ試行錯誤中。中々お互いに満足のいく結果が出せていない。

 でも、そんな中でも進展はある。


「でも、なんとなくだけど、君がやりたいロックの形っていうのが分かってきたような気がするよ。後はそれに合わせていくだけ……かも?」

「お、言うようになったねぇ。じゃあ聞くよ。具体的にどんな感じだと思ってんの?」

「うーん……。激しいけど、爽やか。例えるなら、真夏の太陽の下で汗を輝かせながらダンスを踊る、みたいな感じ?」

「あっはははは!! 詩的だねぇ! いいよ。まぁそのイメージままってわけじゃないけどさ、大まかそんな感じで合ってるよ」


 彼女はケラケラと高らかに声をあげて笑う。

 そして、俺の予想はある程度当たっていたらしい。少し嬉しそうな表情で、そう肯定してくれた。

 本当、喜怒哀楽がわかりやすい人だな。見てるこっちまで嬉しくなってくる。


「それに、私の方も君の弾き方の癖とか、スタイルってもんを把握できてきたところだし……、本気で詰めれば1週間、しっかり間に合う……かな?」

「……へぇ、そっか。じゃあ、今度は俺から君に聞こうかな。俺のスタイルって、どんな感じなの?」


 この人もこの人で結構言うじゃんか。自信ありげに不敵に笑う姿がどこか綺麗だ。

 そして、そんな姿に少しどきりとさせられる、けど、それは心地の良い高揚感となって心の中を駆け抜けた。


「うん、君、クラシックを下地にしてるでしょ? 確かに自由で奔放な感じがするけれど、その中にしっかりとした基礎がある。きっちりとした音楽理論の元、色々試してるって感じかな?」

「おお、凄いね。ハッキリ言うだけあってきっちり当ててきてるよ。クラシック下地にしてるってよくわかったね」

「ふふっ。そりゃ当然っ! 君のキーボードライン、ロックとはメロディの動きが違うもん。純粋なロックを指向してた私からしたら、なんか新鮮だよー」


 ある程度自分で言ったことが当たっていたのでご満悦みたいだ。彼女はにこにこと笑って身体を左右に揺らす。可愛い。

 でも、かく言う俺も少し嬉しい。確かに俺達は、前に進めてきているのだから。今は進展がないように見えても、このまましっかり進めていけば、絶対に大丈夫。そう思えた。


「そいつはどーも……。なんだろ、すげー楽しいな。1人で弾くのとは訳が違う。なんか、すごく大きなことをやってるような感覚が……」

「ふふふっ!! そうだよそうだよ! だってその場で好き勝手弾いて、それで音を合わせるんだよ? 心を一つにして、ピッタリ息を合わせなきゃ、そんなのできっこない。凄いことに挑戦してるんだよっ。私達は!!」


 彼女はちょっとテンションがあがってるのか、ばっ、と手を広げて、口調を強めてそう言う。

 

 ――――なんて、パッションなんだろう。凄い熱量だ。

 その思いに、俺まで熱くさせられる。この人と同じくらい、思い切り燃やして弾いてやりたい。合わせたい。そう思えてしまうくらいに。


「うん、そうだね。じゃあ後4日、思いっきり挑戦してやりましょうかね……。さて、この後だけど、もう少し弾いてく?」

「おっ、いいねぇ。もっと弾き明かそうよ。ふふっ、そうだそうだ。大挑戦だよっ!」


 そう、お互いに声を掛け合うと、勢いよく立ち上がった。

 熱い気持ちと、どこか甘酸っぱい気持ち。


 そんな思いが眩しい西日と共に、俺の心に降り注いだ。

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