第3話 一緒に組もう
「……そうだね。まだ腑に落ちないことは多いけど、これ見せられたら流石に信じざるを得ない、かな」
「やーっと信じてくれた? もぅっ。私秘蔵のドラムスティック見せて漸く信じてくれるって……、君意外と疑り深い性格?」
「いや、有名人が普通自分の学校にいるなんて考えもしない訳だしこの反応は妥当じゃ……?」
さて、あのあと俺はもちろん彼女が「NIKKA」だということを信じられず、幾つか質問をぶつけた。
まぁどれもこれも彼女がNIKKAでなければ完璧には答えられないものだったとは思う。
その中で彼女が見せてくれたのは1組のドラムスティック。大手メーカーからのプレゼント品で、オーダーメイドらしい。
ちょっと前に上げられた動画で興奮気味に説明していた記憶がある。その時のものと今見せてもらっているものの形は、ピッタリと一致していた。
一応、信じるに足るものが出てきたので、信じることにしたという感じだ。
「まぁ、私顔出ししてないし、それも仕方ないか。で、信じてくれたところで話の本題に入りたいんだけど」
「あぁ、そういえばなんか考えがある……とかなんとか言ってたね。具体的にどういう事なの?」
そんな俺の疑問を受けて、彼女は良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに頬を緩める。
「……そうだね。じゃあ結論から先に言っちゃおうか。ねぇ、古川凛くん。私とユニット組まない?」
「ふぇ?」
俺の名前が突然出てきて一瞬驚く。けど、この人俺のこと音楽の先生から聞いてたらしいし、それなら名前を知ってるのも頷ける。
でも、それを抜きにしても、だ。
結構な急展開故に、なんか間の抜けたような言葉が出てしまう。今日何回驚いたかわかんないな。
「あっはは。いきなり言われてキョトンとしてるねそりゃそうだ。その顔いいね。可愛いよ?」
「そりゃ褒めてんのか貶してんのかどっちなんだ……。それにユニットって言われても何の話か……って」
そこまで言ってふと、思い当たるものがあった。
あー、あれか。彼女が言ってるのってもしかして。
「動画でチラッと言ってた内容のこと?」
「That's light! 大当たりだよー」
「や、何でそこだけ英語なの」
ちょっとテンションが高まったのか、俺に向かって彼女はぐっ、とサムズアップ。随分ハツラツとしてるな。動画で見るノリがそのまま飛び出てきたような感じだ。
――――そう、1ヶ月くらい前だったか。彼女がライブ配信で話してた内容。事務所からの提案で、音楽ユニットを立ち上げることになったと軽く触れていたっけ。
確か人は今探してる最中……みたいな事を言ってたから、お披露目はだいぶ先なんじゃないか、とは思ってた。けど。
まさかその話を今、ここで切り出されるなんてな。しかもこれ勧誘されてるんだよな。そうなるとちょっと困惑……というか色々疑問が湧いてくる。
「……と、いうかさ。そんな大事なプロジェクトなら俺じゃない方がいいんじゃない? もっと別の、それこそ有名なピアノ系動画配信者とかにオファーするとかさ」
いくら、彼女が評価してくれたとはいえ、今の俺はそこら辺にいる一般のピアノ好き。さしたる実績がある訳じゃない。
そんな俺を選んでもし、そのプロジェクトがお釈迦になってしまったら、それこそ彼女に申し訳が立たない。そう思うんだけど。
「んー、人から見たらそうかもしれないけどさ。私からしたら君しかいないというか……、いや、君がいいな。そう思ってる」
でも、彼女ははっきりとした口調でそう言う。
何でだろう。彼女は俺の演奏をほんのちょこっと聞いただけのはずなのに。
どうして、そこまで――――?
「一応ね。募集かけてオーディションとかもやったんだよ。でもさ、なんかこれじゃないの。参加者に即興演奏、弾いてもらうんだけどさ、どこかみんな型にハマってるというか、そんな感じ」
彼女が言おうとしてるのは、すごく感覚的なものなのだろう。現に彼女も上手く言葉で言い表せないのか、少し悩むようにして話してるし。
でも、言いたいことは何となくわかる。
「でもさ、さっき聞いた君の即興はそんなんじゃなかった。自由に、楽しく。とにかく綺麗で新しい世界を出そうとしてる音だった。その時思ったんだ。これだ! これが私の求めてた音なんだ……って、ね」
そう言うと彼女は俺の手をぱしっ、と掴む。相当熱が入ってるな。
でも、急に距離感バグるのやめてくださいちょっとドキドキするじゃないですか。
そんな俺を差し置いて、彼女は話を続ける。
「だから、お願い。私と組んでよ。きっと……いや、絶対。君とならリスナーの度肝を抜けるような曲を作れる。聴く人みんながぶっ飛んじゃうようなロックを、即興でやりたいんだよ。私は」
ぎゅ、と。俺の手を握る力が少し強くなった、気がした。
そこまで、言うのか。段違いだな。即興っていうジャンルにかける思いが、本当に。それを俺に見出してくれたということか。
なら、そこまで覚悟してるなら。
俺もこう答えて返そうか。
「……分かったよ。君の相手が務まるかわかんないけど、全力でやってみせる」
「本当っ!? 〜〜〜〜ったあ!!」
彼女は握ってた手をぱっ、と離して天高く突き上げる。めちゃくちゃ喜んでるな。
……こりゃ、生半可なクオリティじゃやってらんないぞ。逆にプレッシャーだな。
「そこまで喜んでくれると嬉しいよ……。で、これから具体的に俺はどうすれば?」
「あ、そうだね。君が良ければすぐにでも音、合わせようよ。私から話はしておくけど、一応事務所の方にも審査してもらわないといけないし」
「成程。で、それはいつ頃の話なの?」
事務所の審査……と聴くとさらに緊張するのも事実だけど、それを乗り越えられなきゃ彼女と一緒に演奏するなど夢のまた夢だろう。
どれくらいの期間があるんだろう。大体一ヶ月くらいか。そんな事を悠長に考えていた。
が、
「1週間後かな?」
「へー1週間か……ってへぁっ!? 短くねぇかそれっ!?」
「だろうね。だからこそすぐにでも合わせたいんだ。ほら、早くやろうよっ」
短い。短すぎるぞ。親しい人間以外の前で弾くことも、他の楽器と合わせるのも初めてだってのになんて無茶振りだ。
でも、やるしかないか。ウキウキしながら準備する彼女……、恋歌さんを見て、そう腹を括る。
ったく、分かりましたよ。と、そう呟いて俺は、据え置かれているピアノへと向かった。
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