即興でロックが弾きたいです!

二郎マコト

第1話 ピアノの俺とドラムの彼女

 ――――俺、古川凛ふるかわりんは昔から、ピアノを弾くのが好きだった。

 でも、曲が弾けなかった。


 そりゃ一体どう言うことだ……って問われると思う。

 まぁ詰まるところ、世間のアーティストが発表する曲……、誰それの何々って言うロックの曲とか、あれこれってラブソングがあるとする。人気のものになると楽譜とかtab譜がでたりするね。


 そういったものが、俺は弾けない。いや練習すれば弾けなくはないと思う。でも、上手い人に比べたら拙いし、技術があるわけじゃない。

 じゃあ、何が弾けるのかって? それは――――。


「自由即興、かな?」

「自由即興? 何じゃそれ」

「その場で考えたメロディをその場で弾く。楽譜も何もない。弾いてるうちに思いついたメロディをそのまま弾くんだよ……。わかる?」


 即興演奏だ。その場で思いついたものをそのまま弾いて形にするもの。でも……やってる人は少数だと思うし、それ故にマイナーなものであると思うから、あまり理解されたことはない。

 今もこうして高校に上がってからの「親友」とも呼べる奴に話をしてみても、頭に疑問符を浮かべたような顔をされるし。

 

「……何となくは。つまり適当に引いて曲っぽく見せるってことか?」

「まぁ、ある程度音階を決めたりとかはするから100パー適当とは言えないけど、概ねそんな感じだね」

「へぇー、なんか凄いようなことやってんねぇ」


 どんな楽器が弾けるんだと自分から話題を振ったからか、しっかり理解しようとしてくれている。いやそうしてくれるだけさすが親友って感じだ。でも……、完全に理解することはできない、って感じか。


「で、何さ。それで今日もこれからその即興演奏をやりに音楽室まで行くんか?」

「まぁね。音楽の先生が理解ある人でさ。使わなくなった教室のピアノ使わせてもらってるというか」

「ほぇー。ま、頑張れよ。多分だけど、それって誰にでも出来ることじゃないだろうしな」

「ありがとう。んじゃこの辺でね」


 おーう、と気の抜けた声で我が親友は応ずると、下駄箱に向かって歩き出す。今は放課後、部活のない帰宅部の人達はまっすぐ帰路に着く時間帯だ。


 そんな中俺は、その人の流れとは真逆の方向へと歩いていく。職員室に寄り、音楽の先生に話をつけ鍵を借りて目的地へと向かう。

 程なくして、旧音楽室へと辿り着いた。

 

 中には当然、誰もいない。まぁ、当然か。此処にはあまり使われなくなったピアノと、ドラムセット、あとアコギが数本しかない。音楽系の部活は少し離れた別の音楽室を使っているし。


 それに……、こんな誰も使わなくなったようなところでピアノを弾こうなんて異端児、俺くらいだろう。


「ま、別に良いけどさ。即興やる時はいつも1人だったし……。先生に教わってる時は別だったけどさ」


 そう。俺が即興にハマったキッカケはピアノ教室の先生が聞かせてくれたとあるロック曲。イントロの部分が即興的要素を多く含むと聴いた。

 それを聴いた時、頭を思い切り殴られたような感覚になった。


 スリリングな展開。

 何にも囚われない自由な旋律。

 何だろう。この曲、本当に「自由」だ。

 その自由さに、ものすごく心惹かれた。


 そしてその先生に教えを乞う形で、今に至るまで続けているものだ、けど。

 まぁ、そんなこと考える奴は異端なのだろう。実際にこのジャンルを初めてこのかた、同じこと考えてる奴に出会った事なんて、ない。


「さーて、今日も弾きますか。えーっと、どんな感じの曲弾こうか」


 そう、ぼさっと呟いてピアノの前へと座る。

 そういえばこの前は、ヒーリング系のBGMを意識して弾いたっけ。それなら今日は……。


「ロック系、弾くか」


 ロック、良いよね。昔から好きだ。本来弾いてみたいのはそんな感じの音楽だったりする。まぁ、自分の理想が高いからか納得いくようにいつもいかなかったりするけど……、まぁ、今は関係のないことか。


 そう思って、軽く集中。

 そして、いつもよりアップテンポで旋律を刻む。


 ちょっと短調で、クールな雰囲気になるように努める。とめどとなく頭の中に浮かび上がってくるメロディー、進行から、これだ、と思うものを選び取って奏でていく。


 途中指がもつれて半音ずれてしまう……、けど、大丈夫だ。そのこそが、この曲を予想もしない世界に連れて行ってくれる。

 少しズレてしまった音も合わせて、綺麗な音になるように展開を纏め上げた。うん。我ながら上出来。


 ……と、いうか今日はいつもに増して気分が乗ってるな。ロック調の曲を弾いてるから、と言うわけではないはずだけど。

 ふと、そう思った時、ピアノの音以外に聞こえてきた「音」があった。


 弾ける音。俺のメロディにピッタリ合わせるようにして、リズムを細かく、そして大胆に刻む音だ。

 ――――もしかして、ドラムの音か。これ。


 そう思って演奏を中断し、後ろを振り向く。丁度俺の後ろにドラムセットがあった。

 そしてそこには、人がいた。


 女性だ。髪型はポニーテールで、綺麗な顔立ちをしている。少しあどけない印象で、歳は……、俺と同い年くらいか。

 その女の子は、俺のことをじいっと見て、そして少し首を傾けて言った。


「? どうしたの? 続けてよ。良いとこだったじゃん」


 ……いや、まず一言言わせてほしい。

 これから俺の口から出る言葉は、至極真っ当なものであるはずだから。


「いや、誰? 君」

「……偶然居合わせた即興ドラマーだけど?」

「いや当然のように言われても」


 ……何が、起こってるんだろう?

 今の俺の頭には、そんな言葉で埋め尽くされていた。

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