我慢大会

川谷パルテノン

ナーちゃん

 タバコに火を灯すと煙が目に沁みた。冬の忘れ物かのような冷たい風が肌を突き抜ける。

「おじさん、なにしてゆの?」

「我慢大会」

 手持ちはタバコとライターのみ。俺は全裸だった。

 ガキが親に引っ張られながら遠ざかった。岬に立つ俺はいつだって孤独だ。ちんぽこは情けなくぶら下がっているナマケモノのナーちゃんだ。少しでも寒さを凌ごうと両肘を抱えて縮こまってみるがたいして効果はない。ポリカーのサイレンが聞こえ始めた。

「あんた何やってんの!」

「我慢大会」

「ふざけんじゃないよ。ちょっと乗って」

「失礼します」

 ポリカーの後部座席に乗せられ両脇を警官で挟まれた。俺はハムの気分になった。サンドイッチのハム。生身だから生ハムだ。

「おまわりさん、俺ァ生ハムかい?」

「変質者だよ。服どうしたの」

「煩わしくて捨てちまったや」

「おかげでもっと面倒なことになってるけど大丈夫」

「このバスは駅前に停まりますか?」

「駅前より手前の警察署が終点です」

「おまわりさん、俺はね絶望したのさ世間ってやつに」

「だから脱いだのか」

「いや、それは違うね。そんじょそこらの絶望ならそうしたかもしれねえ」

「じゃあそんじょそこらだったんだね」

「まあ聞けや。俺はこれでも某大手銀行の頭取だったんだ」

「で、本当は?」

「レンタカー屋で着ぐるみのバイトしたのが最後かな。あん時は暖かかったねえ」

「今は無職ね。名前と住所教えてくれる?」

「ナポレオンボナパルト、俺がなりたかった奴さ」

「名前と住所教えてくれる?」

「西野、住所はありません」

「ホームレス? いつから?」

「アフリカで井戸を掘りたかった。そのための準備もしてた。スコップを買ったりね。でも新しい夢が出来たんだ」

「そりゃよかったな。で、いつから?」

「去年です」

「どうやって冬越したの。そん時はまだ服着てたんだね」

「煎餅ってのはお湯につけるとふにゃふにゃになるんだ。そうだな、ほれ。ちょうどこんな硬さになる」

「手をどけろ。あまり警察をおちょくるなよ」

「すみません」

「西野さん、あなたこれから取り調べを受けてしばらく留置所に入ってもらいます。で然るべき処遇を受けた後もしかしたら何ヶ月かそれとも何年か檻の中ってことになります。とりあえず署の方でも少し詳しい話聞くから覚悟してくださいね」

「おまわりさん、夕陽が綺麗だね」

「今日はド曇天ですよ西野さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

我慢大会 川谷パルテノン @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る