こころ 🐚

上月くるを

こころ 🐚




 こころといえば反射的に思い浮かぶのは夏目漱石の代表作のひとつだが、朝日新聞連載当時は漢字だったタイトルを、岩波書店で単行本にするときに平仮名に変えた。字面の印象にこだわったところに、自身で装丁まで手がけた作家のセンスを感じる。


 青年期の屈曲した心もように仄暗く丁寧な光を照射していく長編の内容をひと口に言えば、自分の卑劣な裏ぎりによって親友を破滅に追いこんだ男の自責の物語だが、下宿の娘を巡る三角関係という俗の品格をぎりぎり保っているところに文学がある。


 


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 なんてエラそうに分析なんぞしてみたが、ウクライナ侵攻の影響とは思えないが、なぜか太平洋戦争関連の本を読む機会が増え、生死の極限状態に置かれたときの自分というもの、自分の心というもののあり方に、いっそう自信がもてなくなっている。


 たとえば悪名高い満洲開拓についても、敗戦後、日本の開拓民を襲撃し、身ぐるみ剥いで追放して、積年の復讐を果たした中国人が大半だったなかにも、小日本鬼子シャオリーベングイズを庇護し、じつの子どものように慈しんで育ててくださった養父母もたしかにいた。


 本土では、空襲で孤児になった幼児から食べ物を奪い取って自分の子どもに与えた母親や、途方に暮れる幼子の目の前でやけ残りの家財や食糧を奪った大人もいたが、一方には見ず知らずの子どもをぎゅっと抱きしめ「大丈夫よ」と言ってくれた人も。


 都会から地方への疎開(学童疎開を含む)でも人の数だけ悲劇が生まれ、わずかな米や野菜と引き換えに高価な着物を奪い取られた話や、疎開地の学校でいじめられた話は枚挙にいとまがないが、わずかであっても高潔な、情に厚い人もたしかにいた。


 



      🪵




 そういう話を読むにつけ、おそらく現在のウクライナやシリアでも、そっくり同様な逸話が展開されていることが容易に推察されるのだが、その場に立たされた自分は果たしてどのような行動をとれる? わが子可愛さの悪鬼にならないと言いきれる?


 考えようによってはことは戦時下だけではないのかも知れない、こころという目に見えないきわめて厄介なものを内包しているわたしたち人間は、平時においても純度を試されていると言えるのかも知れず、自分をよく知っている自分が一番怖い。💦




 🐑 ここで話はとつぜん変わります。🗨️💬🗯️💭 🗨️💬🗯️💭 🗨️💬🗯️💭 




 あらあら、トウコさん、またお絵描きなさっているの? いつも一所懸命ね。

 そういうお仕事をなさっていたの? それじゃあご趣味? みんなちがうの。


 あ、そうなの、むかし描きたくても描けなかったから、いま描いているのね。 

 ご主人がうるさい人で、お金にならないことはさせてもらえなかったんだ~。


 手芸とか絵とか小説とか、そんなことしている暇があったらお金を稼げって?

 そうなんだね、トウコさんにもいろいろあったんだよね、ここへ来るまでに。




      💙

 



 ねえ、トウコさん、一度訊いてみたかったんだけど、どうして青ばかり使うの?

 ほら、この人もこの人もこの人もこの人も……み~んな青い服を着ているよね。


 べつにいいんだけどね、二十四色もあるんだから、たまには別の色も使ったら?

 あ、そうなんだ、むかしはピンクが好きだったけど、いまはブルーが好きなんだ。


 で、子、婿、孫、犬、友……たいせつな人たちには、みんな青い服を着せるのね。

 うん、分かるよ、だって、みんな大きな口を開けて太陽みたいに笑っているから。


 


      🟤




 あら、どうしたの、わたしが言ったからって、急にべつの色を使わなくても……。

 それも濁った暗い色ばかりで、赤とか黄色とかの明るい色はお呼びじゃないの?


 あ、そうなんだ~、いやなことをされた人たちなんだね、どおりで顔が怒ってる。

 黒い人には叩かれた、グレーの人には裏ぎられた、茶色の人には騙されたんだね。


 ほかのことは忘れていっても、大切とそうでないものはずっと覚えているんだね。

 そりゃそうだよね、そのふたつが、いまのトウコさんをつくっているんだものね。




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