詩「黒い目」
有原野分
黒い目
それは部屋の隅に置かれたパンダのぬいぐるみだった
哲学を頑なに否定する人たちの森に日が当たらないよう
に
それは埃をかぶって呼吸する
注射器の先端が緑色に光る
空気に溶けていく葉緑体がうっすらと信仰心を持とうと
している最中、
大人たちはみな蒸発した
ある子供は駆け落ちだとはやし立てたが
後に残る静けさだけが捨てられたという現実を突きつけ
る
この部屋にはなにもない
ここは日本ではない
ここは世界の一部でもない
ぬいぐるみを抱えた子供たちは一人ずつ腐った春の咳を
する
ここはここで
ここはここ以外のなにものでもなく
ここはここ以外にここという概念を持ち合わせていない
だから太陽はいつまで経っても孤独の歯車から抜け出せ
ず、
月はいつの間にか明日をあきらめていた
軽々と
埃が宙を舞う
体が細い部分から液状化していく
部屋の隅に木が生えて
気がつけばここは森の中
パンダのぬいぐるみはその一部となって
以前と変わらない黒い目でぼくたちをじっと見つめてい
る
詩「黒い目」 有原野分 @yujiarihara
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