第3話



「じゃあ、部室の鍵、しめてきますね」


 花音さんを叱咤しようと、勢いのままで出てきたので開けたままになっている被服室に戻ろうとしたが。花音さんに、ブレザーの裾を掴まれ、歩くのを止められる。


「真昼くん、一緒に下校しようって誘ってたんだけど……気づかなかった?」


 何のことだかよくわからず考えたが、すぐに結論が出た。

 花音さんが悪戯でのこした折り鶴内の手紙。『部活が終わり次第下駄箱でまってなさい!』書かれていたはずだ。

 確かにかろうじて下校のお誘いともとれる文言ではある。


「あれ、折り鶴に書いてあったのって、そういうことだったんですか??」

「やっぱり、気づかれなかったのね……」


 ガックリと肩をおとした花音さん。


「直接誘ってくださいよ……」

「それは……だって、ふざけてないと恥ずかしいから……」


 襟をつかんだままうつむき気味に花音さんが呟く。その頬は薄っすらと赤みを帯びていた。かわいい理由、しぐさにドキリとする。


「ま、まぁ一緒に帰りましょうか」


 ごまかすように、思考を彼女から戸締まりに移動させようと、歩き出す。

 

 ――襟にかかる普段とは違う重み。

 すぐ後ろから、聞こえる足音に、どうしても意識してしまう。

 花音さんが部室内とは違い無言だから尚更だ。

 僕もなにを話していいのかわからない。頭に考えが浮かんでは、すぐに消えてゆく。

 もう、被服室前だ。何か言わないと……。

 なんて問答をしていると向こう側から誰かの足音が聞こえ、僕の襟から重みが消える。


「あ、佐藤さんこんにちは」


 同じ学年のリボン。クラスメイトだろうか。


「あ花音さん! 今日の授業中は本当ありがとう。助かったよ」

「気にしないで大丈夫ですよ。それより、佐藤さんこそ大丈夫ですか?」


 紅茶を注いでいた時と同じような、大人びた表情。

 同級生は普段この花音さんを見ているのかな。

 なんて、同級生とのやりとりを眺めながら、見慣れないけれど彼女らしいやりとりに、視線を奪われていた。


「まっててくれてありがとう、真昼くん」


 話し終わるや否や。襟に重みがかかる。

 どうして、花音さんはそこを掴むのだろうか。


「そ、それじゃあ、しめてきますね」

「ねぇ、真昼くんあれ、忘れててない?」


 そういって花音さんは、さっきまで僕が作業をしていたテーブルを指さす。

 そこには、カバンに入れ忘れていたのかギン太さんが座っていた。


「あ! ありがとうございます」


 ギン太さんに申し訳ない気持ちになりながら、急いで回収する。


「その子、なんだか真昼くんに似てるね」

「え? どこがですか?」


 言われ、ギン太を見つめるがよくわからない。

 どの辺が似ているのだろうか。弱々しく、愛らしい雛のような子をイメージして作ったんだけど……僕ってもしかして花音さんにそう思われている、のだろうか……。


「えっとどの変がですか? 僕的には全然似てないと思うんですけど」


 恐る恐る尋ねる。が、花音さんが悪い感じで笑みを浮かべる。あ、これからかってくるときのだ。


「うーん、ついいじっちゃいたくなるところとか?」


 そういって、花音さんはギン太のくちばしをつつく。

 そのしぐさは、僕の鼻の頭をつついたときのようで、重なって見えた。

 冗談もあるんだろうけどこれ、わりと本気で言っていそうだ。

 なんだか、つつかれているギン太を見えていると、自分がいじられているようなそんな気分になる。

 これ以上いじられぬよう、サッとギン太をカバンにしまい。

 部室の鍵をかけ、職員室に向かって歩き始める。


「ちょっと真昼くん、おいていかないで」


 とっさに駆けたせいで、花音さんをおいてきてしまった。

 申し訳なさに振り向くと、突如視界がふさがれ、全身が暖かなくやわらかなものに包まれる。

 鼻に広がる柑橘系の香りに、事態はすぐに理解できた。花音さんが抱きついてきたのだ。

 多少の混乱はあるが、今日起きた怒涛の事態にすこし慣れてきたのか、僕は落ち着いて花音さんを引きはがそうとする。が、僕が逃げようとすれば逃げようとするほど、力が強められる。


「ぷはぁ、花音さん!? なにするんですか!」


 結構な勢いで暴れたせいか、花音さんは解放してくれた。


「ごめん、ちょっとやりすぎちゃった」


 息を整え、花音さんを見る。と、彼女の手元に今日最後の完成品、ペンギンのギン太さんが抱かれていた。


「え、僕に抱きついてきたのってギン太を盗る為だったんですか」

「いや、真昼くんがかわいかったからつい抱きついちゃった」


 ギン太を抱きかかえ、うれしそうにそんなことを言われても信じられない。


「真昼くんは……わたしに抱きつかれるの、いや?」


 顔半分をギン太で隠し、なんだか恐る恐るといった様子だ。


「いや……じゃないですけど、かわいいっていわれるのはちょっと。僕これでも男なんですけど……」


 花音さんからはどうにも僕を男としてではなく動物の雄として扱っているかのようなそんな距離感がある。へいきでなでたり抱きついてきたり……。僕、そういう意味では意識されてないのかな……ないんだろうな。

 どうにも、完全に男性としての意識じゃないような気がする。


「当然男性として見えてるよ! 真昼くんはわたしにとって最高にかわいい男性だよ」

「はぁ。とりあえずもう学校、閉まるんで鍵、返してきちゃいましょ」


 これ以上この話を続けたら、ダメージをおいそうなので話を切り上げる為、花音さんの腕をとり職員室へ向かう。

 このままだと、花音さんのペースに巻き込まれて閉門間際まで遊ばれていそうだ。


「あの、真昼くん……ここで急に男の子にならなくても……真昼くん、放して……」


 後ろから何やら、言っているようだがか細くて聞こえない。


「放して……」


 なんをいっているのか、耳を傾けようやく自分がしていることに気づく。


「あぁごめんなさい」


 慌てたせいか、歩いたまま手を放してしまい。花音さんがよろける。

 彼女が倒れないよう支えようとするが間に合わず、前に出た僕の胸元に彼女の頭がポスリッと当たる。


「花音さん、これはわざと、ですよね」

「うん。真昼くんに意地悪されたから、頭突きです」


 頭突きというには、全く痛くないものを受ける。いきなり手をつかんでしまったのは僕なので、花音さんのしている謎な行為を甘んじて受け入れるしかない。


「ねぇ、真昼くん。職員室でも、手つないでて……」

「え、花音さんどうしたんですか……」


 手をつなぐことを拒絶していたはずなのに、どうして急に手をつなぎたいなんて……。


「それか、ペンギンのこの子頂戴……」


 言いながら花音さんはお腹にギン太をぐりぐりと、押し付けてきた。

 本当になんがしたいのだろうか。


「はぁ、ギン太さんもあげますよ……わかりました」


 花音さんのおねだりに僕は完全にまけるしかないな、なんて考えながらギン太さんを譲ろうとしたが、花音さんから予想外の言葉が出た。


「真昼くんはそっちでいいの? 私と手、つなぎたく……ない?」


 まだ頭が胸元にあるせいで、彼女の表情は見えない。

 でも、きっと意地悪な笑みを浮かべている……のかな。


「何でもない。この子もらうね」


 ごまかすように僕から離れる花音さん。


「というか花音さんはいつまで誘拐を続ける気なんですか?」


 聞いてしまった。


「前にも言ったけど、わたしにとって一番かわいいと思う子をわたしは手に入れたいの、だからその子が手に入るまでかな」


 花音さんにとって一番かわいいものってなんだろう。花音さんがかわいいって言っていたもの――。

 ネコのエリザベスやや、リスなどの小動物で愛らしいものばかりだ。

 あとは……僕も結構言われてるけど……いや僕はぬいぐるみじゃないし。勘違いをするな。

 思考がぐるぐると、変な方向に回ってゆく。


「花音さんが一番かわいい子と思う子。作ってきます! だからどんな子がほしいか教えてください!」

「大丈夫。真昼くんに作ってもらうのは違うから」


 なんて考えてたが、拒絶されされてしまった。


「えっと……僕じゃたりないってことですか?」


 素人だし、花音さんはかわいいって言ってくれているけど、いろいろたりないんだろうか。


「ん-。真昼くんは十分たりてるよでも、今はまだ大丈夫って感じかな」

「えっと、それは……」


 手に入れようとしているはずなのに僕が進んで作るのは違うし、まだ手に入らなくてもいい。

 なぞなぞでも出題されているのだろうか。


「わたしは過程も楽しみたいの。最終的に手に入れればいいと思っているから」


 どこか、優しげにそして大切そうな表情で花音さんは告げた。

 過程を楽しむ。僕が作るのが彼女一番かわいいに近づく過程も込みで楽もうとしているのだろうか。


「わかりました。いつか絶対に花音さんが一番かわいいと思うぬいぐるみ、渡します!」

「う、うん楽しみにしてる」


 ちょっと違っただろうか、花音さんの反応はあまり良くなかった。

 なんが違ったのだろう、答え合わせをしようとして、花音さんに集中する。


「手芸部から誘拐したいのは別に、ぬいぐるみだけってわけじゃないんだけどな……」


 小さく、きっと僕には聞こえないようにして呟かれた言葉。

 でもそれはしっかりと、僕の耳に届いた。届いてしまっていた。


「……」


 どうしよう、絶対聞いちゃいけないこと、だよな。

 なんて言っていいのかわからず、歩みも思考も止まる。


「ん? あ……まままま、まひゅるくん……もしかして……聞こえ、たか……」


 僕の様子からわかってしまったのだろう。花音さんは顔を真っ赤にしている。


「えとぉー。なっ、何のことでっ、すか?」


 ごまかそうとするが声が上ずっている。自分でも動揺しているのがわかる。

 嘘をついてるのが、バレバレだ。


「えぅ、あー。うん! そうか そういうことに……しておくじゃ、じゃあ!」


 逃げるように花音さんは走り去ってしまった。

 その背が見えなくなるまで、眺め続け。地面にへたりこむ。

 足に、腰に力が入らない。それに反して、すべての音をかき消すくらいの力強さで心臓の音がなり響く。


「花音さん……」


 さり際の頬が、耳が、真っ赤になっているのが鮮明に見えた。

 これは……勘違いしてしまっていいのだろうか……。

 

 ――大切なもの……誘拐されたかもな、これ……。



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手芸部に現れるぬいぐるみ誘拐犯の花音さん 最可愛 狐哀 @saikawa_kosai

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