第2話

 ネコちゃん――エリザベスは結局、花音さんに譲ることにした。

 というか、それ以外の選択肢はなかった。慰謝料というやつだ。


「そんなに気にしないでよ。わざとってわけでもないんだし、転んじゃったのはわかってるから」


 申し訳ない気持ちで僕がうつむいていると、頭に暖かいものが振れる。花音さんがなでてくれているようだ。

 やばい、かなり心地よい。まだ申し訳なさを持たなきゃいけないはずなのに、思考が溶けてゆくようだ。


「それに――真昼くんに触られるのは別にいやじゃないし」

「ん? なんか言いました?」


 後半の方は声が小さく聞こえなかったが、花音さんはどこか満足げなので、この話は水に流してくれるということなのだろう。


「エリザベスも正式にわたしの子になったし、っていったんだよ~」


 そういって花音さんはエリザベスの手で僕の鼻をつく。


「うっ……」


 エリザベスから香る柑橘系の匂いに、先ほどのことが脳裏に浮かんで顔が熱くなるのを感じる。


「真昼くんのエッチ、なーにを思い出してるのかな?」

「え、あえぇっと」


 図星を疲れてしまいテンパる。花音さんは先ほどのことでどこか吹っ切れたのか、エリザベスで僕を遊び始めた。


「ふふふ、かわいいな真昼くんは」

「からかわないでくださいよ」

「ごめんね、つい。お詫びってわけじゃないけどお茶をご馳走するから、真昼くんは座ってて」


 そういって立ち上がると、花音さんは先ほどのバスケットを僕の方にずらし、お茶の準備をし始めた。

 カチャカチャと食器の音が響き、手際よくティーセットが準備されてゆく。

 準備が終わったのか、花音さんはカップにお湯を注ぎ始めた。その姿はお嬢様然としていてものすごく似合っている。


「真昼くん、お砂糖とミルクどうする?」

「えっと……両方とも、下さい」


 なんだか大人びている花音さんを前に、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまう。

 両方って子供っぽくない、よね。


「ふふっ、わたしも一緒よお揃いね」


 微笑ましそうな視線を向け、花音さんはお茶を淹れ始める。

 これ気を使わせちゃったかな……。花音さんが入れた砂糖とミルクは結構少なかった。

 そんな事を考えていたが、あれ。僕の方もかなり少ない……。

 自分のカップを覗くと、ミルクティーというよりストレートティー寄りの色合いをしていた。

 見た目は渋そうだ……。でも、ここで追加を頼むのは恥ずかしい。


「真昼くん?」

「いえ、なんでもないです」


 ごまかすようにカップを手に取り、口をつける。


「あ、おいしい!」


 全く渋くなく、むしろ程よい甘さだ。というか、今まで飲んだ中で一番おいしい。

 この程よい甘さが、お茶請けのクッキーによく合っていて本当においしい。


「ふふっ、喜んでくれたみたいね」

「花音さんが作るものってなんでもおいしいですね」


 心のそこからそう思う。今まで食べた花音さんの料理は、苦手なものが入っていたとしてもすべておいしく食べられた。合わないなって、なるようなものは皆無だったのだ。


「ありがとう。真昼くんにそう言われるのが一番うれしいわ」


 花音さんのテンションが急に上がったような気がする。作り手の冥利に尽きるというやつなのだろう。僕も、花音さんが僕の作った子で遊んでいた姿を思い出す。

 うん、花音さんが喜んでくれている姿を見るのは、僕にとって一番うれしいことだ。

 きっと花音さんもこういう気持ちなのだろう。

 そこでふと気になったので訪ねてみることにした。


「そういえば、今まで誘拐してった子はどうしてるんですか?」


 花音さんに限って乱雑に扱っているなんてことはないだろうけれど、様子が気になる。


「あれ、前に真昼くんと交換したSNSに上げてるんだけど、見えてない?」

「あぁ、あまりあの手のは開かないので」


 花音さんが言っているのは写真を主体としたSNSのことだ。

 押し切られる形でアカウントを作ったけど、なんをどうしていいのかわからず、それ以来一度も開いていなかった。


「じゃあ、未加工のだけどスマホに入ってるの見せてあげるよ。こっちなら上げてないのもあるから」


 そういって花音さんが僕にスマホを渡してきた。

 画面には僕の子たちが、花音さん作であろう料理を囲み、今から食事をとろうとしているかのような光景が写っていた。


「わぁー。これ、すごいですね!」


 皆が生き生きとしている。今動き出しても不思議じゃない。

 というか、写真も相変わらずうまいな~。

 風景写真を見せてもらったことがあるが、そのときも手の中にその景色が確かにあるような錯覚を覚えるほど、すごくきれいな写真だったことを覚えている。

 それに、最初に譲ったとき送られてきた感謝の写真は、自撮りなのに最高のアングルでウチの子を写していた。

 僕の子たちでこんなふうにとってもらえるなんてうれしいな。


「ほかにもあるから、見えたかったらスクロールしていいよ」


 なんだか、花音さんも楽しそうに僕を見ながら紅茶を啜っていた。

 花音さんの言葉に甘えて画面をスクロールする。と、目の前のご飯を食べるようなそぶりなど、先ほどの続きともいえるような写真が出てくる。

 途中から数が増え、そのおかげか、より楽し気な印象が増えている気がする。

 それにしても一三人すべての子が、それぞれ見た目に合うような性格で写真に写っている。

 やっぱり、花音さんに誘拐された子たちはみんな幸せそうだ。


「かわいいでしょ?」

「かわいいです。親として子の光景は最高ですよ~」


 どんどんスクロールし、新しい写真を眺めてゆく。どの写真も本当に心が癒やされる。

 と、いくつか写真をスライドした先で手が止まる。


「へっ?」

「っつ!」


 写った写真に気づいたのか、花音さんは即座に僕の手からスマホを奪っていった。


「真昼くん!」

「えっと……ごめんなさい」


 写っていた写真は、花音さんがぬいぐるみを抱いた自撮りだった……。問題があるとすれば花音さんの姿が下着姿だったからだ。しかも、結構セクシーなやつだった。

 今日のトップスなんて目じゃ……って、ダメだ。何考えてるんだよ……僕。


「真昼くんのエッチ」


 花音さんは顔を赤らめ、僕をにらみつけていた。でも、怒っているというより、からかっているような表情だ。


「真昼くん、慰謝料で新しくリスの子がほしいな~」


 チラリと、カバンから出ているリスのしっぽを凝視している。


「花音さん! もしかして、わざとですか」


 ペロリと舌を出せしながら、僕の方を見える。

「あっバレちゃった?」

とでも言いたげだ。


「なんてね。ふふっ、さすがにそんなことしんないよ。恥ずかしいし、何よりこの写真の存在、忘れてたから……」


 バツが悪そうに眉を下げ、僕から視線をそらしている。そらしながら、チラチラとリスのしっぽを見えているのは花音さんらしいけど。

 しかたない……か。

 写真のお礼。というか自分の子たちをあんなに大切にしてくれてるし、渡してあげるか。

 カバンからリス次郎を盗ろうと後ろを振り向く。


「送ろうとして、送れなかった写真だったんだけどね……」

「ん? 花音さんなんか言いました?」


 彼女がなんか言ったような気がしたが聞こえなかった。


「ん? 何もいってないよ」


  プルプルと首を横に振る花音さん。なんか聞こえた気がしたけど、まぁいいか。


「これ、あげますよ。写真を見せてもらったお礼です」


 途端花音さんが満面の笑みになる。なんだかいやな笑みだ。


「写真のお礼ってどの写真かな??」


 やっぱりからかう為の笑いだった。

 花音さんが笑うときはたいていろくなことじゃない。

 僕の中でそんな教訓が生まれそうだ。


「ふふ冗談だよ。写真を喜んでくれてありがとう」

「〈リス次郎〉大切にしてくださいね」

「わかってる。この〈ナッツ〉は今日からわたしの家族だよ」


 花音さんの手にわたりリス次郎がナッツに改名される。

 ナッツは、花音さんによって、エリザベスと仲良く遊んでいる。

 普段家での花音さんもこんな感じなのかなと想像し、つい笑みがこぼれる。


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