手芸部に現れるぬいぐるみ誘拐犯の花音さん

最可愛 狐哀

第1話

 部活時間の被服室内。僕は鼻歌を歌いながら、ぬいぐるみをチクチクと縫ってゆく。

 家や家庭科の授業で縫うときよりも、邪魔されないこの部活動時間が僕は好きだ。

 心なしか、作業もはかどる気がするし、何よりも大体二年の思い出が詰まった部室だ。それだけでテンションが上がる。


「よし、こんなものかな」


 最後のパーツを縫い終わり新しい子、ペンギンのギン太さんが完成した。

 結構かわいくできたのではないだろうか。


「これは、花音さんも一番かわいいっていうんじゃないかな!」


 最高にテンションが上がり、ギン太さんを縫い終わった子用のカゴに入れようとして手が止まる。

 ひとり、ふたり、さんにん……よにん――。


「はぁ、やっぱり今日もか……」


 完成したぬいぐるみがひとりたりず、いたはずの場所にはルーズリーフで折られた鶴が

「変わり身の術中です」

と言わんばかりに鎮座していた。

 誰の仕業かはわかっているが、念のためと鶴をつかんでほどく。中にはいつも通り、僕へのメッセージが書いてあった。

『新作のネコ〈エリザベス〉は誘拐させてもらったわ! 彼女の安否が気になるなら、部活が終わり次第下駄箱でまってなさい! 怪盗花音♡』


「はぁ……やっぱり花音さんだったか……」


 〝返して欲しくば〟じゃなくて〝安否が気になるなら〟って、花音さんもう返す気ないよな~これ……。ため息をこぼしながら差出人の彼女について考える。

 篠崎花音、緩くパーマがかった栗毛の長髪で、同級生なのに年上のような大人の色気があり、お姉さんって周りから呼ばれている。長身でしっかりした性格の美人さん。

 去年だけでも二十人以上に告白されたらしいけど、誰も付き合えたためしがないとか。

 そんな花音さんが、僕の作るかわいいぬいぐるみを誘拐してるなんて話、誰が信じるだろうか。

 多分「花音さんにぬいぐるみ? 似合わないって」とか「ぬいぐるみより、宝石とかバッグとかじゃない!? 花音さんにあってるのって~」って感じの言葉しか返ってこないだろう。

 実際クラスメイトに話したらそんなふうに返されたし。


「花音さんがぬいぐるみと遊んでる姿結構かわいいんだけどな」


 以前花音さんから送られてきた写真を思い出す。

 一見無表情に見えたが、ぬいぐるみを見える目は優しく、わかりにくいが微笑んでいたのを覚えている。


「そういえば、花音さんに誘拐された子はこれで一四人目か……」


 毎回なんだかんだ、花音さんにからかわれて、流されて渡しちゃってるからな。

 ――よし。今日という今日は、ガツンと言ってやろう!

 心の中でそう決意し、今日作った子たちをバッグに詰め、花音さんの元へ駆ける。

 まだ花音さんも部活中なはずなので、いる場所はわかっている。

 

 彼女の居場所、調理室前に着くや否や、駆けた勢いを乗せて扉を開ける。

 ガンッ。と勢いが乗ったドアが音を鳴らし、遅れてガッシャンという金属音が響いた。

 部屋中では、花音さんが目を丸くして、地面に落ちたバットと僕を交互に見ていた。

 どうやらガッシャンは、扉の音に驚いた花音さんが、空のバットをおとした音、だったようだ。


「へっ! え、あれ」


 

 花音さんが混乱した頭を整理するように口を開いた。


「ん。えっと、なんで真昼……くんが調理室にいる!? ――あれ、下駄箱でまってなさいって書かなかったかな、あれ?」


 思った以上の混乱っぷりに、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。

 彼女に対する怒り、というかやめてほしい、というタイミングが完全になくなってしまった。


「えっと、真昼くん。何しにきた……のかしら?」

「それはえっと、花音さんが……誘拐したネコちゃんを返してもらいに……来ました」


 ちょっと気まずげに僕が言うと、花音さんは、近くのテーブルに座っていたネコちゃんの手をサッと引いて、奪われぬよう胸に抱きかかえてしまった。


「それはだーめ! お断りさせていただきます。エリザベスはもうウチの子です!!」


 ギュっとされたネコちゃんが、自ら隠れるように彼女の大きな胸の中に埋まってゆく。

 そんな光景を眺めていると、花音さんと目が合った。

 途端。ニヤリッと悪そうな笑みを浮かべ、ネコちゃんを抱いたまま片手でワイシャツのボタンを外し始めた。


「え、ちょ何やってるんですか花音さん!?」


 僕が慌てている間にボタンを外していき、チラリと薄緑色の下着の端が頭を覗かせる。

 これ以上明けたら色だけではなく、デザインまでわかっちゃうから。なんてもう手遅れ感があるが、静止させようとしたところで。

 途端に花音さんは悪い笑みを深め、ネコちゃんを谷間へしまい込んでしまった。


「これで、もう手は出せないでしょう? 真昼くん?」


 ホレホレと言うように胸を突きだし、谷間を強調するようなポーズをする花音さん。

 今までにないからかいに、身体が熱くなる。


「ふふっ。真昼くんの反応、いいね~。かわいいわ」


 どうしていいのかわからずに固まっていると、花音さんは〝悪戯成功〟とでも、言いたげに笑う。


「なにするんですか、花音さん! ネコちゃん、返してください」

「だから、それは断ります! くやしいならとってみなさい。ほーら」


 ネコちゃんを指さし挑発的に胸を前に突きだす花音さん。


「そんな目のやり場にこまることしてないで、おとなしく返してくださいよ!」


 からかいを無視して、今日こそは一歩も引かないと意気込む。


「じゃあ、これでお迎えさせてよ、いいでしょ?」


 そういってテーブルに、焼きたてと思わしきバスケットに積まれた沢山のクッキーが差し出される。

 拒否しようと口を開くが、言葉の代わりに唾液がこぼれてしまいそうになり口をつぐむ。

 何度か食べさせてもらっているが、花音さんの作るお菓子・料理は本当においしい。

 料理部員である彼女は料理が好きで、部活以外でも毎日料理をしているらしく腕はかなりのもの。

 一度食べたときはそこそこ高めのお金を払ってしまいかけた程だ。

 だから、その実物を見せられた上で自分の子との交渉ならば……と、断るのをためらってしまう。


「真昼お兄ちゃん、わたしこのお姉ちゃんのところで暮らしたいよーうぅ〜」


 僕が悩んでいた為か、ダメ押しとばかりに花音さんは顔前までネコちゃんを持っていき、ネコちゃんの腕を振りながら声を当て始めた。

 花音さん的には泣き落としのつもりなんだろう。普段は大人びた花音さんから発される声劇があまりにも可愛らしく、心臓が締め上げられるようだ。

 ――だめだ、かわいい……。

 どうしよう、この光景をずっと見てたい。


「だ、だっダメです! 返してください」


 浮かんできた思考からをなんとか振り払い。ネコちゃんに向かって手をのばす。

 足をつかんだところで――。


「んっ! あっ」


 ――と、突然。花音さんが慌てて叫び、ものすごい勢いで後ろに飛びのいた。


「え、どうしたんですか……」

「この子は絶対ダメ! 今の状態だったら絶対に真昼くんに渡せません!」


 顔前にネコちゃんを当てたままピシリと強い口調で言い放つ花音さん。その勢いについ素直に

「はい」

と言いそうになってしまった。けれど、今日は引くつもりはないんだ。

 僕はテーブルを回り込み、ネコちゃんをつかもうと花音さんに近づこうとしたが――。


「あっ、うわわぁっ」


 なんかに躓き、身体が前に倒れ花音さんに覆いかぶさるようにして、転んでしまった。


「えっ、ちょ真昼くん!?」


 花音さんの驚く声が聞こえる。が、思考の彼方に飛んでいく。

 すこしすっぱいような柑橘系の香り。自分よりもすこし高く暖かい体温。暖房のせいかじわりと湿ったやわらかい〝谷間の中〟。

 ――今の僕の頭はそこにいた。

 身動きが取れない。というか、どうすればいいかわからない。


「まままま、まひゅるきゅん。いっ、いっかいはなれてくれるちょありがたい……かな」

「うっ、あっあい!」


 ガバリッと顔を上げると、花音さんと目が合った。

 こみ上げる罪悪感。彼女の方へ視線を向けると、顔中真っ赤。

 まずい、まずい。これは怒らせてしまっている。

 謝罪しなきゃえっと……謝罪といったら土下座だ。

 勢いのまま、僕は頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!!」


 そして僕はまた、花音さんの胸に顔を押し付けた。

 あ、やばいこれ。これは言い逃れできない。


「ちょ、真昼くん! あやまりたいのはわかったから、落ち着いて一回離れよ!」


 花音さんに肩を掴まれ起こされる。


「ごめんな……さい」


 また同じ失敗をせずにすんだ。


「真昼くんのエッチ」


 優しげに花音さんはそう言って、視界を隠すようにネコちゃんを僕の顔に押し付ける。


「真昼くんは、わたしがいいっていうまでエリザベスに抱きつかれてなさい」


 視界がふさがれているせいか、視覚以外の五感情報がやけに入ってきた。

 花音さんがボタンをしめているだろう衣擦れの音。ネコちゃんがなぜかすこし湿っていること。そのネコちゃんから先ほどかいだ柑橘系のにおいがすること……。

 今日もネコちゃんは花音さんのものだな……この子は持ち帰れない。

 花音さんがなんで慌てたのか今更になってわかった。

 僕って……気遣いできないな……。


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