祭りのあと

香久山 ゆみ

祭りのあと

「おばあちゃんはお祭りが好きなんだね」

 そう声を掛けると、おばあちゃんはうふふと笑った。

 家庭の事情で一年間、地方の田舎に住む祖母の家でお世話になることになった。

 その村では、毎年三月に祭りがある。昔からの風習で旧暦の一ヶ月間掛けて行われる。とはいえ、村の学校が休みになるのは神輿が出る二日間だけなので、私を含め大抵の人が参加するのはそこだけだ。その年度に赤ん坊が生まれた家が毎日祠様まで参拝するのはしきたりのようだけど、それ以外で欠かさず日参するのは年寄りぐらいだ。うちのおばあちゃんも律儀に参加している。

 祭礼中に日参する者は、毎日家の中にあるものを一つ持って、山の中腹にある祠様のところへ置いてくる。そんなことをして、祠様が不用品だらけになるんじゃないかと思うのだけれど、心配は無用らしい。子供が生まれた家の人は、逆に、毎日そこから何か一つ家に持って帰るという。三十日間の祭りが終わると、一日明けて三十二日目に村の皆で祠様のところまで行き、残りの余ったものを山分けするらしい。いにしえの物々交換の名残りかもしれない。「いまは少子化だからねえ」と、隣のおばさんが言っていた。

 そんなお祭りにおばあちゃんが参加するものだから、みるみる家のものが減っていく。始めはお酒や干物を持っていっていたけれど、じきに着物や食器や時計、運べるものなら何でも持っていく。お供え物だし、物々交換されるし、ゴミみたいなものではいけないらしい。

 神輿が出る日も律儀に祠まで登っていた。私はというと、新学期には両親のいる街に帰るということもあり、この一年で仲良くなった級友達と麓の神社で祭囃子や出店を目一杯楽しんだ。

「おばあちゃんは元気だね」

 毎日毎日荷物を持って山登りしているのだから、都会っ子の私には信じられない。こないだは炬燵まで運んでいた。

「うふふ。さっちゃんも、欲しい物があったら持っていっていいからね」

「私はいいよ。こうしておばあちゃん家で過ごせただけで充分!」

 そう言って、おばあちゃんの布団に潜り込んだ。今朝、布団を一組持って行っちゃったからだ。おばあちゃんにくっつくと、あたたかくて少しお線香のにおいがしてよく眠れた。すうすう眠るおばあちゃんの体は本当に小さくて、これで布団担いで山道を歩いたのかと、改めてその怪力ぶりに感動した。とはいえ、祭りが終わったらまたたくさんの物を持って帰ってこなければならない。当然私も手伝う気だが、山を何往復することやら想像するだにげんなりする。

 実際、最後の一週間はお隣から調理器具を借りる有様だったし、ラジオどころかテレビまでなくなっていて、私はむしろおばあちゃんマジすごい! と興奮していた。何もない家で、おばあちゃんにせがんで怪談を聞かせてもらった。村の民話も聞いた。おばあちゃんの若い頃の話で、農家に嫁いで一人で米俵を運んでいたと聞いた時には、怪力の理由に納得した。祭りが終わる頃には、「もう話すことはないよ!」とおばあちゃんがギブアップするほどに、たくさん話した。

 そうして月がめぐり、村の地味な祭りは幕を閉じた。

 翌三十一日目が明ければ、ようやく家財道具を取り戻せる。街へ戻るまでに全部運びきらなきゃ。そんなことを考えながら学校から帰ると、家におばあちゃんがいない。買い物かな。しばらく待っても帰ってこない。探しに行こうと家を出ると、隣のおばさんに出くわした。おばあちゃんがいないと告げると、気の毒そうな顔をした。

「じゃあ、祠様のところへ行ったのかしらね」

「でも、お祭りは昨日まででしょ」

 だいいち、もう家には持ち出すものなどないのだ。

「三十一日目の祭りには身一つで行くのよ」

 一ヶ月掛けて身辺を整理し、残る者達へ思いを託す。そうする中で自らの死期を悟ったら、最後に我が身を神様へお返しするために、身一つで参拝する。そうして出発した人はもう帰ってこない。おばさんはそう言った。

 そんな!

 祠様まで駆け出そうとする私を、おばさんは止めた。「神様のため一日だけ待ちなさい」と。

 明けて、三十二日目の朝一番におばさんと一緒に山を登った。思っていたほど道のりは大変ではなかったが、祠様は鬱蒼と木々が茂る中に鎮座していた。そこには、抜け殻みたいにおばあちゃんの家の家財道具が並んでいる。なのに、おばあちゃんはいない。

「おばあちゃん!」

 何度も何度も呼んだけれど、ついにおばあちゃんは戻ってこなかった。

 その日の午後、両親が迎えにきた。この村出身の母は事情を知っているのか、泣きじゃくる私を抱きしめてくれた。隣のおばさんに挨拶し、学校の手続きを済ませ、級友に別れを告げて、翌日には発つことになった。おばあちゃんの家は片付けるものなどもう何もなかった。

 最後の夜、何もない家から見上げると満天の星空が広がっていた。

 おばあちゃんの思い出が詰まった家財道具は全部貰われていったと、隣のおばさんが教えてくれた。私も何か持って帰るかと訊かれたが、首を振った。これ以上何もいらないと思った。ただ一つ残された布団に、両親と三人ぎゅうぎゅう詰めに並んで眠る。遠くで微かに赤ん坊の夜泣きが聞こえた。

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