focus on 恵梨 part3
◯ 恵梨 side
私が家庭部に入部してから数か月が経とうとしていた。
季節は夏を迎え、夏休みが迫っている。
3年生は受験勉強に終われ、続々と部活を引退していくなか、家庭部に所属しているクミ先輩は変わらず、顔を出していた。
受験勉強とかしてないのだろうか。
その表情はあまりにもいつも通りで。
どこか余裕さえあって。
先輩の進路を知らない私からしてみれば、少し心配でもあった。
しかし、私のそんな気持ちなど知る由もない先輩は今日も元気に創作料理に励んでいる。
創作料理と言えば、私は最初の調理実習から学んだことが一つあった。
それは、真面目に考えれば考えるほどバカらしくなるということだ。あれから一度も先輩は自分たちが考案したメニュー通りに料理をしたことがない。
当日の気分で料理する。
それは先輩の中で既に決定事項であるかのようだった。何度言っても楽しむことの一点張り。
適応力を試されているのかと思う日もあった。
しかし、実際にそんなことはなく、先輩はただ純粋に料理を楽しんでいるだけだったのだ。
失礼かもしれないが先輩と料理はどうやっても結び付かない。
どうして、料理の道を志すようになったのだろう。
今まで見てきた人のなかで料理センスは絶望的だと言っていい。どうやったらあんなマズイものをずっと作り続けられるのか不思議に思ったこともある。
でも、それ以上に。
どうして、ここまで打ちのめされて尚めげずに頑張るのか。それがわからなかった。
「先輩って……どうして料理をするんですか?」
ある日、フライパンを使い試作品を作っている先輩にそう聞いたことがある。
先輩は、私の言葉を聞いた後数十秒黙り込んだ。
その表情は何かを考えているようだった。
そして、口を開いたかと思えば、
「ん〜〜そうだな〜〜。えーたんは、なんでだと思う??」
と逆に質問で返してきた。
尋ねているのはこっちなのに。
「誰かに自慢したいからですか……?」
ポジティブ思考なクミ先輩は、とにかくどんな事でも前向きに捉えるし、他人もひたすら褒める。
そうすることを是としている人で自分がそうするのも好きだったしそうされるのも好きだった。
だから、わたしは承認欲求のためにやっていると思い込んでいた。
だけど、クミ先輩の答えは。
「う〜ん、ちょい正解」
「ちょい正解??」
「うん、自慢したいのはあるけど、あたしはもっと別の理由で料理をしてんの」
「別の理由??」
「あたしさ ――元カレに復讐したかったんだよね」
「元カレ??復讐!??」
おおよそ、クミ先輩の口からは一生出てこないであろう言葉だった。だって、人を悪く言ったり恨んだりなんてする人じゃなかったはずなのに。
「あはは、えーたん。その顔……めっちゃ驚いてんじゃん」
「だって………」
「あたしがそんないい奴に見えた?いがい〜!えーたんの評価って案外高かったんだね」
料理が出来上がったのか、クミ先輩はコンロの火を止め、今日の試作品をさらに盛り付けた。
「ほら、鶏肉とパイナップルのバター炒め。ひとくち食べてみてよ」
爪楊枝を渡されて言われるがままに一口頬張る。
「ゔっ……」
「あちゃー、やっぱだめかぁ……」
お世辞にも美味しくはなかった。
「――お前みたいな、女らしいことひとつもできない奴なんて嫌いだ」
「え?」
「あたしの元カレ……あたしをフるときにこう言ったんだよ……自分で考えた料理を振る舞ってる時だった」
そう自嘲げに言いながら、またコンロに火をつけた。
今度は冊子を開いて。
「それまでのあたしはさ。料理も洗濯も……お裁縫も。なんもできなくて……オシャレばっかに気を取られてて……気付いたら、フられてた」
慣れた手つきで食材を切り、フライパンに入れていく。
「その時、マジで悔しくてさ……理不尽だよ……出来ないなりに頑張って……努力してたのに……」
料理を作りながら、唇を噛み締めるクミ先輩を見て、わたしは何も言えなかった。
慰めの言葉なんて見つからなかった。
己の滲む視界をどうすればいいのか、ただそれだけを考えていた。
「ちょっ……なんで、えーたんが泣いてんの」
「え……?」
どうやら、わたしは涙を流していたらしい。
溢れ出た一滴の雫が頬を伝う時、私は初めて認識した。
「も〜泣くな泣くな。別にお涙頂戴物語じゃないっての」
「ご、ごめんなさい」
慌てて頬に付いた涙を拭う。その様子をクミ先輩はけらけら笑いながら見ていた。
「ほら、いっちょあがり。冊子通りに作ってみた」
普段のクミ先輩からは想像もできない手際の良さ、同一人物か疑うほどテキパキしていたが、私の前に一皿の料理が出された。
「この前、一緒に考えたやつ」
目の前には夏バテ防止にゴーヤをふんだんに使ったゴーヤチャンプルが置かれていた。
ポイントは、苦さを控えめにしてゴーヤが苦手な人でも食べられるように工夫したところだ。
塩で軽く揉むと苦味が抑えられると言うことでそれを実践している。低コストかつ、少し手間を加えるだけなので他の人もやってみやすい。
「いただきます……」
見た目や匂いは完璧だ。
ひとつ箸でつまみ口に運んだ。
「おいしい………」
「でしょ?でしょ??あたしってば、創作料理の才能はないけどメニューみて作るなら上手に作れるようになったんだよ?」
得意げにそう語るクミ先輩を見ながら、どうして彼女がここまで創作料理に拘ってきたのかを理解した。きっと彼女は自分のできないことに対してコンプレックスを抱えていた。だから、メニューを見て上手に作れたとしてもそれに満足することなく創作料理に挑んでいく。
「その……ありがとね……」
「え……?」
「今まで一緒に考えたくれたこと。この料理たちは全部、あたしのこれからのキャリアで大事な武器になってく」
「これから……ですか?」
「うん。あたしってば……復讐目的で料理の練習始めたくせに気付いたら、料理することが大好きになってたみたい……だからさ、料理の専門学校に進もうと思ってる」
それは、どん底に落ちて這い上がった先に掴み取った彼女の大切な
「あの頃なんて……将来なんか興味なくてただなんとなく就職してなんとなく日々を生きると思ってた……こう言っちゃなんだけど、アイツがフってくれなきゃ今のあたしはいなかった。殴りたいけど、感謝もしてる……難しいね……この感情って」
わたしはそんな体験をしてこなかったから、今の先輩の気持ちを完全に理解することはできない。
だけど、彼女は確かに未来に向けて歩み続けていて。
その横顔がちょっぴり羨ましくもあった。
「…………えーたんにも来るよ」
「な、なにがですか……?」
「自分の運命を変えてくれる出会いが」
「そうですかね…」
自分ではそうは思わない。だって、わたしは学校では基本的一人だし。こうやって、話すのだってクミ先輩だけだ。
交流もないのに運命を変える出会いなんて。
「まぁ……きっと、その時は気付かないよ。でもね、きっとえーたんにもあるから。自分を変えてくれる出会いが……
―――その出会いがあたしみたいに最低な出会いじゃないといいね」
そう言い残して、クミ先輩は卒業していった。
本当にどこまでも勝手な人だった。
先輩が引退する時に家庭部を廃部にしようとした。
だけど、それをわたしは全力で阻止した。
あの時の先輩の顔は忘れられない。
だって、一年の義務感で部活に来ていた……とそう思ってたらしいから。
「廃部を阻止したんだから、最後まで続けろよ〜」というクミ先輩の軽口紛いな言い付けを季節が変わり、学年が変わっても守り続けた。
その間は(幽霊部員はいるが)ずっと一人で活動した。
時は経ち、わたしが三年生になった時だ。
始業式終わりに部室を清掃しているときだった。
「だ、誰ですか……?」
「べ、別に全然怪しい者じゃないですよ??」
と言って入ってくる生徒がいた。
それがわたしと山永拓実との出会いだった。
―――――――――――
すみません。体調を崩し本当は昨日投稿する予定でしたが間に合いませんでした。
温度差が激しい季節です。皆様もお体ご自愛下さい。
家事代行サービスで出向いた先に猫かぶり美少女がいた~段々と猫被んなくなるし離れてくれないんだが??~ 鮎瀬 @ayuse7777
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