第3話

 待ち合わせ場所に指定した中庭のクスノキの前で、村ちゃんの部活が終わるのを待つ。さすがに寒いからギリギリまで屋内にいたけど。これなら書架整理代わってもらわなくてもギリギリいけたかも……? とも思ったけど、ギリギリ間に合わなかったかもしれないしな、と思い直す。大丈夫、やよちんはそんなことで怒るような人じゃない。


「おー、那由多。待たせて悪いな」


 通学鞄と、部活用の鞄を二つ背負っている村ちゃんは、急いできたのか、ちょっと息を切らせている。こめかみに汗が伝っていて、何だか頭から湯気も上がっているようにさえ見える。


「そんな急がなくても良かったのに」

「いや! こんな寒空の下お前を待たせるわけにはいかん! ハムスターなんだから、冬眠でもしてしまったら大変だ」

「室内飼いのハムスターでも冬眠すんの?」

「環境によってはするらしい。その疑似冬眠を死後硬直と間違えてしまう飼い主もいるらしくてな」

「うええ、大変じゃん。……いや! そうじゃなくて! あんね、俺、ハムスターじゃないから!」


 拳を握って力説すると、すまんすまん、と言いながら、やっぱり頭を撫でて来る。


「ちょ、もう、やめろぉ!」

「それで、那由多の用ってのは何なんだ?」


 そう聞きながらも撫でる手を止めてくれないものだから、俺の頭をすっぽり包むようなデカい手に遊ばれて、視界がぐらんぐらんに揺れる。


「お、俺は、その、村ちゃんにこれを、わた、渡そうって思って! ああもう、撫でんのやめろよぉ!」


 差し出したチョコも、頭が揺すられるのにつられて揺れる。おお、というイエスともノーとも判別のつかない返答と一緒にどうやら受け取ってはくれたらしいが、ぐわぐわと揺すられるせいで彼の表情までは読み取れない。喜んでいるのか、迷惑がっているのか。


 すると。


「うわぁっ!?」


 またしても、抱きかかえられて、持ち上げられた。


 いつもと違うのは、それが後ろからではなかった、ということだ。真正面から抱きかかえられ、ぐい、と持ち上げられたのち、軽々と向きを変えられて、気付けは横抱きの状態にされている。つまりは、お姫様抱っこってやつだ。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ! 何この体勢!」

「何って、お姫様抱っこっつーやつだな」

「冷静に返すんじゃないよ! そういうことじゃないだろ! 降ろせ、この馬鹿力ぁ!」

「はっはっは! 軽い軽い!」

「軽くて悪かったな! 何なんだよ! 何でなんだよぉ!」


 足をばたつかせて、必死の抵抗を試みる。

 遠藤が関わっているから、この恋は上手くいくかもとか、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていて、ただもうひたすら、この慣れない『お姫様抱っこ』とやらの居心地の悪さから逃れたくて必死だった。


 が。


「好きだからに決まってるだろ!」


 さらりと放たれたその言葉で硬直する。


「は? いま、なんて?」

「好きだ! 那由多!」

「お、俺、男、だけど?」

「奇遇だな! 俺も男だ!」

「いや、わかってるけど。え? 村ちゃん、馬鹿なの?」

「うん、まぁ、自覚はある。俺は自分で言うのも何だが、頭は良いけど、馬鹿なんだ」

「それは俺もわかってるけど。そうじゃなくて。え? 村ちゃん、俺のこと好きなの? え? その、友達と、して、だよね?」


 駄目だ。

 期待するな、紺野那由多。

 村ちゃんだぞ? 頭は良いけど、馬鹿な村ちゃんだ。きっと何も考えずにしゃべってるんだ。うん、村ちゃんってそういうところあるから。


「違う。友達としてじゃない。恋愛感情アリアリのやつだ!」

「あ、アリアリ、の……?」

「そうだ! お前はどうなんだ?! このチョコはどういう意味のやつなんだ? 俺の部活を待ってまで、こんなところに呼び出してまで渡してくれたこのチョコの意味って何なんだ?」

「それは……」


 村ちゃんの顔が近い。

 お姫様抱っこされてるんだから当たり前だ。

 ボールを追ってる時のような、真剣な眼差しだ。まさかそれが俺に向けられるなんて思ってもみなかったけど。


「れ、恋愛感情アリアリのやつ……」

「アリアリのやつ?! アリアリのやつなんだな?! 言ったな?!」

「い、言った! 言ったよ! 俺だって、村ちゃんのことが好きだよ! 本命のやつだよ、馬鹿ぁ!」

「えぇ? 俺また何か馬鹿なこと言ったか? いまは身に覚えがないんだが?」

「やってることが突拍子もなくて馬鹿なんだよ! 馬鹿!」

「だっはっは! 那由多にだったら馬鹿にされても良い!」

「何でだよ! もう馬鹿! いい加減降ろせぇ、馬鹿ぁ!」


 何度も、馬鹿、降ろせ、と訴えたが、それはなかなか聞き入れてはもらえず、それどころか機嫌よくその場でぐるぐると回り出す始末。


「コラ、回るな、馬鹿! 目が回るだろぉ!」

「安心しろ! 俺は大丈夫だ!」

「俺が大丈夫じゃないんだっ!」


 やっとの思いで解放されたが、頭はぐわぐわ撫でられるわ、お姫様抱っこでぐるぐるされるわで、ふらふらである。えっと、俺達、両想いなんだよな? 上手く回らない頭で先刻の会話を思い出そうとするが、脳がまだ揺れているのか、上手く働いてくれない。吐くまではいかないけど、胸の辺りもむかむかする。おい、普通告白ってもっとロマンチックな感じになるんじゃないのかよ。


 そう文句をつけてやろうと思って、村ちゃんを見上げ、ぎぃっと睨みつけてやる。


 と。


「――むぎゅぅっ!?」


 思いっきり両ほっぺを押さえられた。いま絶対ひょっとこみたいな顔になってる。何だよ。最悪なんだけど。何するんだよ次は。ひょっとこ踊りか?


 なんて考えていると、そのまま、ちゅっと唇が重なった。デリカシーの欠片もない脳筋馬鹿の村ちゃんのことだから、てっきり加減も知らない、何なら頭突きと大差ないようなやつかと思ったが、意外や意外、めちゃくちゃ優しいやつだった。惜しむらくは、俺の口がひょっとこ状態だったってだけだ。ファーストキスがひょっとことかふざけんなよ。


「俺のもんだな、那由多!」

「うっ……。何だよ、その言い方ぁ」


 でもまぁ、そうなんじゃない? と突き放すように言うと、またしても、がばっと抱き締められた。持ち上げこそはしなかったけど。


 ああ、でもわかった。何で村ちゃんがすぐ俺を持ち上げるのか。身長差があるから、逆に辛いんだ、この体勢。中途半端に腰を落とす姿勢になるからな。


「わはは! 俺のだ、俺の!」

「もう、何だよ。俺の、って」


 持ち上げこそしないものの、ぎゅう、と抱き締めて俺の頭にすりすりと頬ずりする。クソ、ほんとに好きなのかよ、俺のこと。それら一連の動作で村ちゃんの気持ちが全部伝わってくる気がして、鼻の奥がつんとする。ちくしょう、泣いてたまるか。


「村ちゃん、コンビニ付き合って。やよちんへのお礼買う」

「やよ……ああ、神田か。良いぞ、コンビニでも何でもつき合ってやる。任せろ」


 その返答を待って俺達は離れて、歩き出した。


 そこでふと思い出す。


「そういや村ちゃんも俺に何か用があるんじゃなかったっけ?」

「んお?」

「さっき電話で、俺からも誘うつもりとかなんとか」

「もう済んだ」

「もう済んだ?」


 てっきり俺にチョコでもくれるのかと思ってたけど違うのか?


「さっき言ったろ、好きだって。それを言うつもりだったんだ」

「あっ、そ、そうなん……?」


 何だよお前、チョコもなしに告白一本のために呼び出すつもりだったのか! 今日バレンタインだぞ!


 でもまぁ、村ちゃんらしいか。

 村ちゃんだもんな。


 これからはレンズ越しに何の疚しさもなく、そこに堂々と恋愛感情を乗せて村ちゃんを見つめられる。そのまま、見たままを切り取った写真は、たぶんいままでと何も変わらないだろう。

 

 だけどその、何一つ変わらない写真が俺には全く別の物に見えるはずだ。

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そんなこんなで!②〜0距離脳筋馬鹿と毒舌ハムスターが恋人になるまで〜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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