第2話

 お互いを名前で(といっても俺は『村ちゃん』のあだ名呼びだけど)呼ぶようになってから、村ちゃんはやたらと俺に絡んでくるようになった。それが写真を撮ってほしいからなのかはわからないけど。


 朝の挨拶では、必ず頭を撫でて来る。別に髪をセットしてるわけでもないから良いんだけど。

 休み時間にはおにぎり持参でやって来る。宿題やったか? 昨日の○○の試合見たか? などなど、とにかく話しかけて来る。

 昼休みには、これまたでっかい弁当箱を持参で、一緒に食おうぜ、とやって来るのだ。そんで、「那由多、そんだけしか食わねぇのかよ」と言って、無理やりおかずを分けてくる。

 放課後はさすがにそれぞれ部活があるから、一緒に帰るなんてイベントはあんまり起こらないけど。テスト期間なんかは、まぁ、たまにある。


 やめてほしい。

 切実に。

 村ちゃんは馬鹿だから気付いてないかもしれないけどな。俺は、村ちゃんに頭を撫でられる度にドキドキしてるんだぞ。口の端についたご飯粒になりたいとか思っちゃったり、甘い玉子焼きが好きだって聞いてからは、家でそればっかり練習してる。好きだってバレちゃうだろ。それに、俺だって勘違いしちゃうから。片想いなんて、いままで一度も実ったこともないのに。


 だけど、もしかして、なんてちょっと思ったりもする。だって村ちゃんは俺以外のやつにそんなことをしない。


 もしかしたら、もしかしたら、と思い続けてあっという間に2月だ。バレンタインである。チョコは用意したんだけど、あと一歩の勇気が出なくて、結局家に置いてきちゃった。


 もし俺が一歩踏み出したら何か変わるかな。

 だけど、全部俺の勘違いかもしれないし。


 そんなことをぐだぐだと考えて、机に突っ伏す。寝てるふりをしていれば、村ちゃんは来ない。一応そういう気遣いは出来るのだ。馬鹿だけど。


 と。


 肩をとんとん、と突かれた。なんだ、と顔を上げてみると、隣の席の坂下である。「紺野にお客さんだぞ」と言われて、彼が指さす方を見れば、隣のクラスの遠藤が立っていた。おせっかい焼きで有名な男である。


「ちょっとお前に良い話がある」

「何? チョコならいらないけど」

「何で俺がお前にチョコをやらんといけないんだ。まぁ、悪い話じゃない。良いから」

「えぇ、何だよぉ」


 ここじゃ何だから廊下で、と連れ出され、渋々ついていく。


「あのさ、ズバリ言っちゃうけど、紺野お前、好きなやついるよな? ウチの学校に」

「んなっ、何で」

「いや、落ち着いて聞いてくれ。俺はそれをネタにお前を強請るつもりはない。むしろ、俺は応援してるんだ」

「はぁ?」

「俺がおせっかい焼きだっていうのはもうかなり知れ渡ってると思うんだが」

「まぁ、それはね。あちこちでカップル成立させてるって聞いてる」

「ふふふ、俺の噂は正しく知れ渡っているようだな」


 誰が言い出したのか知らないが、遠藤には『ハッピーエンド請負人』なんて異名がある。凄いな、異名のある高校生。中二病かな? なんて心のひねくれた俺はそう思ってしまうけど、実際、こいつの手によって成立したカップルは多い。しかも、校内で、だ。つまりは、男同士。それも、元々は異性が好きだったやつらだったりする。


 この遠藤初陽はつひという男は、独特の嗅覚があるというか、『くっつきそうなやつら』というのが直感でわかってしまうらしい。だから、遠藤に肩を叩かれたやつは、もれなく恋人が出来るなんてとんでもない噂があったりもするのだ。なので逆に、どんなに良い感じに思えても、遠藤の食指が動かない二人は、何の進展もなく終わるのだとか。


「それで、だ。そんな『ハッピーエンド請負人』の俺が、素晴らしい情報を入手したから、紺野にだけは伝えねばならんと思って馳せ参じた、というわけなんだ」

「そ、それはご丁寧にどうも」


 そう返したけど、正直落ち着かない。

 バレンタインのこの日、遠藤がわざわざ出向いてその『素晴らしい情報』とやらを伝えに来たということは、だ。これも彼の「ハッピーエンド」のレールに乗っている、ということなのだ。だから、こいつの話に乗れば、もしかしたら俺も上手くいくかもしれない。いや、もしかしたら、なんかじゃない。そんな予感で、胸がざわつく。


「実はウチの学校、放課後に中庭のクスノキの前で好きな人に贈り物をすると絶対上手くいくってジンクスがあるらしくて」

「うっそ! それほんと!?」


 そんなの初耳なんだけど!


「ほんとほんと。俺もさっき先輩から聞いたんだけどさ。これはもう紺野にだけは教えてやらんとって思って。ほら、今日、さ」


 つまりは、その、中庭のクスノキの前で好きな人にチョコを渡せ、ということなのだ。この情報がからもたらされたことに意味がある。彼の実績を信じて動くしかない。


 あっ、でも、チョコは家に置いてきてるんだった! 俺の馬鹿! 取りに帰らないと!


 わぁぁ、と思わず歓喜の声が漏れる。


「そうと決まれば、こうしちゃいられない! ありがと遠藤! 俺、頑張るよ!」


 ぎゅっと強く両手を掴んで、ぶんぶん、と上下に振る。強力な後ろ盾、あと一歩の勇気を得られた気分で、俺は走り出した。家が近くて良かった。俺はそんなに足が速いわけじゃないけど、頑張れば往復二十分くらいで何とか。

 

 その足で隣のクラスに駆け込んで、同じ図書委員の神田夜宵――やよちんを探した。


「良かったぁぁぁ、やよちんまだいたぁぁ! やよちん助けてぇ」

「なゆ君、どうしたの?」


 やよちんは、ものすごく良いやつだ。頭も良くて、運動も出来て、物腰も柔らかくて、とっても優しい。やよちんも結構背はデカいけど、シュッとしてるし威圧感がないから全然怖くない。


「ねぇ、今日の書架整理代わってくんない? このあと一世一代の大事な用があってさぁ」

「良いよ」


 見込んだ通り、二つ返事でOKしてくれる。恋愛感情とかではなしに、本当に大好きな友達である。上手くいったら何か差し入れでもしてお礼しなくちゃ。


 さて、急がないと。


 自分史上最速で帰宅し、「そんなに急いでどうしたの?」というばあちゃんの言葉に「ちょっと忘れ物したから」とだけ返して、机の上に置いてあったチョコレートを引っ掴む。

 

 と、ポケットに入れていたスマホが震えていることに気が付いた。村ちゃんからだ。慌てて『通話』をタップする。


「もしも――」

『おー那由多! 良かった、やっと繋がった! お前いま何処にいるんだ? 鞄、教室に置きっぱなしだぞ?』

「あー、うん、えっと、ちょっと忘れ物を取りに帰ってて」

『忘れ物? 家にか?』

「うん」

『でも、もう放課後だぞ? 明日でも』

「明日じゃ駄目なんだ!」

『そんな重要な提出物とかあったっけ……? まぁいいや。貴重品とか大丈夫か? サッカー部の部室で預かっとくか?』

「いいの?」

『おう良いぞ。そんで、あのさ、今日は北原先生が用事あるから、ウチの部、早く終わるっつーことになってるんだけど』

「うそ、ほんと!?」

『ほんとほんと。五時には終わる。でさ、写真部那由多んトコは何時までだ?』

「俺らのとこはその辺あんまりきっちりしてない。でもちょうど良かった! 村ちゃんお願い、部活終わったら、俺にちょっとだけ時間ちょうだい!」

『えっ』

「なんだよ。えっ、って。嫌なのかよぉ!」

『いやむしろ、俺から誘うつもりで』

「は、はぁ?」


 もしかして、が『もしかして』じゃなくなる予感に、胸がざわついて仕方がない。

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