そんなこんなで!②〜0距離脳筋馬鹿と毒舌ハムスターが恋人になるまで〜

宇部 松清

第1話

 写真が好きだ。カメラが好きだ。

 だって、誰が撮っても変わんないから。


 えっと、そういう意味じゃなくて。誰が撮っても同じって意味じゃなくて。上手いも下手もあるのはもちろんわかってる。


 俺が言いたいのは、カメラを持つ人間がどうであれ、撮ったまま、そのままのものが出来上がるって意味だ。


 背が高かろうが低かろうが、腕力があろうがなかろうが、足が速かろうが遅かろうが。そんなものはカメラ機械の方では関係ない。必要なのは、被写体に対する強い感情であったり、どこにピントを合わせるか、どこを切り取るか、光をどう使うかなどの技術である。だから、誰が撮ったって、その人の外見やら身体的能力なんかは加味されない。


 さらに言えば、そいつの性格に問題があったって関係ない。クソみたいな性格のやつが、ほんと悔しいくらいにすごい才能を持っていたりすることもある。カメラっていうのは正直で、融通が利かなくて、残酷だ。


 だから俺は、写真が好きだ。カメラが好きだ。

 レンズ越しならなんだって見られる。

 好きな人だって、じっと見つめられる。

 もちろん許可は撮るし、撮ったものもちゃんと見せる。だけどレンズを覗く時、ほんの少しの疚しさがあることは否めない。俺は、被写体としてだけではなく、そこに恋愛感情を乗せてそいつを見てる。


 叶うわけがない。

 俺は男だし、向こうも男だ。昔からそうなんだ。俺はどうやら、同性にしかそういう感情を持てないみたい。


 そんな理由で男子校を選んだのかって?


 そうだよ? 悪い?


 だけど、恋愛対象がノーマルなやつだって、高校という新しい環境に、ほんの少しでもそういう期待を乗せているはずだ。絶対合格して高校で彼女を作るんだ、なんて言葉は辛い受験勉強を乗り切るための合言葉だった。それが俺の場合は『彼氏』だったってだけだし、それが性的マイノリティである以上、出会いの確率を増やそうと思ったら、単純に分母を増やすしかない。


 学生の本分は勉強だろ、って?

 

 もちろんもちろん。ご心配なく。俺、こう見えても成績は良いんだ。このままの成績をキープすれば来年は特進クラスになるはず。だけどさ、恋愛にうつつを抜かすのは異性愛者だって同じじゃん? どうして俺らばっかりネチネチ言われなきゃなんないんだろ。


 カメラは、異性が好きでも同性が好きでも、なんにも言わない。ただ、俺が選択したものを写すだけだ。選択したものを、そのまま。


 だから、写真が好きだ。カメラが好きだ。

 


『俺の写真も撮ってくれよ』

『那由多って呼んで良い?』


 グラウンドにいる、クラスメイトを見る。レンズ越しに。


 人を撮るのは嫌いじゃない。動いているから難しいけど、止まっている被写体には出せない生きた表情かおがある。必死さ、というか。まだ俺の腕じゃうまく切り取れないのが悔しいけど。


 そいつ――村井むらい南雲なぐもは、正直ちょっと苦手だった。サッカー部のエースで、身体もデカくて、声もデカくて、頭良いくせに、なんか馬鹿っぽい。喋り方なんていかにもな脳筋野郎だし。試合での彼しか知らない他校の生徒は、模試でその名前を見て驚くのだ。何せ、『山田太郎』ならまだしも『村井南雲』なんて同姓同名はなかなかいないから(まぁ『山田太郎』もある意味レアかもだけど)。


「那由多ーっ! どうだぁーっ?! カッコよく撮れてるかぁーっ!?」


 その、頭は良いくせに馬鹿っぽいクラスメイトが、グラウンドの真ん中から、やっぱり馬鹿みたいにデカい声で、馬鹿みたいなしゃべり方で俺に向かって手を振る。


「どうもこうもないよ。後で見せるから、練習に集中しな!」

「あぁー?! 聞こえないぞぉー?!」

「あ・と・で! 見・せ・る!」


 戻れ戻れ、と追い払うように手を振ったが、俺が応えたと思ったのだろう、満面の笑みで、両手を大きく振り返してくる。馬鹿だ。ああほら、先輩から脇を殴られている。


 あいつは――そんちゃんは、俺が男を好きだって知ったら、どう思うだろう。気持ち悪いって思うかな。思うだろうな。これまでもそうだった。男が好きってバレて、俺は逃げるようにこの学校に来た。居候させてもらってる父方の祖父母は、俺が男を好きでも何にも言わない。


「那由多の人生なんだから、那由多の好きに生きなさい」

「誰を好きでも良いけど、気持ちを押し付けてはいけないよ」


 それくらいのことは言われたけど、それだけ。こんなの誰にだって当てはまることだ。誰にだって当てはまることなんだ。同性愛者だって、ただ好きな人が同性だってだけなんだ。何が違うわけでもない。違う倫理があるわけじゃない。独自の規範で生きているわけじゃない。してもいいこと、しちゃ駄目なこと、それは同じだ。


 別に俺は窮屈じゃない。

 毎日楽しく生きて、のびのび暮らしてる。

 ただちょっと恋人を見つけるのにハンデがあるってだけ。

 だけど、この学校には案外同性同士うまくやってるやつらがいる。最初から男が好きだったってやつばかりではないみたいだから、在学中だけの関係かもしれないけど、それでも、仲間がいるようでちょっと安心する。男子校だからってそれがマジョリティではないけど、マイノリティ度は共学より薄い。


 楽しそうにボールを蹴る村ちゃんをレンズ越しに追って、十数枚撮り、彼の休憩を待って、それらを見返す。教室での馬鹿っぽい彼とは違う、真剣な顔にドキリとする。


「上手く撮れてるじゃん。すっげぇ」

「――おわぁっ!? 気配消して来るなよ、びっくりするだろぉ!」

「わはは、すまんすまん」


 スポーツドリンクのボトルを持ったまま、よいしょ、と隣に腰を下ろす。肩が触れるかどうかってくらいの距離だ。ずい、とカメラを覗き込んで、「俺、上手いとかそういうの全然わかんねぇけど、なんかすげぇカッコよく撮れてる気がする」とご満悦である。


「全然、アレだな、あのほら、ブレっつぅの? そういうのないんだな」

「カメラの性能が良いから」

「そういうもんなのか? たぶん同じやつ使っても俺が撮ったらブレッブレになるぞ? その自信しかねぇ」

「そりゃ慣れもあるしさ。俺が村ちゃんが愛用してる良いスパイク履いても速く走れないのと一緒」

「成る程。そういうものか。那由多は頭良いな!」

「は? 村ちゃんの方が頭良いじゃん嫌味かよ」

「違うって。俺はさ、まぁ、勉強は出来るんだけどな? なんか、そういうのが下手っつぅか。マジで勉強だけなんだよなぁ。那由多はさ、なんかそういうのもパッと浮かぶじゃん」

「そうかなぁ」

「本当に頭良いやつって、そういうのなんじゃね? 勉強だけ出来てもしゃあないじゃん」


 そんなことを言って、「やべ、そろそろ行かんと」と立ち上がる。俺の頭をがしっと掴んで、そのままわしゃわしゃと撫でて行く。おい、ちょっと待って。いまの何だよ。

 

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