そろそろ桜が咲くね

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

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 そろそろ桜が咲こうという時期になって久々に夜の散歩をした。夜中というにはまだ全然早く、野毛の住人達にとってはまだ宵の口の時刻。何も考えたくなくて、等と小説の中ではいったりするのだろうけど、実際には怨嗟の言葉と過去の仕打ちと言い訳と釈明とそれら全部の虚しさとを独り苦笑混じりに脳内で垂れ流しながら、公園までやってきた。

 夜の散歩なんて嘘だ。

 嘘だからこうしてiPhoneを前に、フィクションと思ってもらえるように駄弁をしたためはじめ、フリクションのあまりの反応の悪さに苛立ちながら指を滑らす。


 桜は本当だ。


 公園の周囲を桜が取り囲み、照明が夜桜を浮き上がらせている。まだソメイヨシノには早いか、あれは河津桜だろうか?

 しかし、大抵の当人達にとって深刻な問題は他人にとっての滑稽な出来事でしかなく、ましてや当人がハナから滑稽すぎて笑うしかないような発端から始まってるとすれば、おそらく他人は笑えないうえ、流すしかないような見るも無惨な、三文を払うも惜しいどころか、いいから時間返せコノヤローだろう。


 詳細は記さない。私が彼女との約束を破ったであるとか裏切ったとかではないし、彼女がそうしたわけでもない。単に、私のくだらない軽口が、彼女のプライドを傷つけた、それだけのことである。


 しかし、プライドなんて、本当に何の役に立つというのだろう。おそらくここに来るまでの積み重ねがあって、私のたわいのない軽口やツッコミがつもりに積もって、最後の一撃、ということなのだろうが、最後の一撃がもう何十回も繰り返されてるとなると、何をもって最後とするのか、はなはだ悩ましい。


 つまりは年中行事で、恒例でないのはこうして私が外に出て、散歩をしてコンビニでテーブルに置き忘れた煙草、それから缶チューハイの一本を併せて購入して、公園で独り煙草を燻らせているということだけなのである。


 世界が本当は愛すべき何かで満たされていると思うか、それとも悪意や嫉み、足の引っ張りあいやマウントの取り合いに満ちていると思うか、そんなのは受け取る側の意識の違いでしかない。


 世界は愛で満たされてると思う狂人もいれば、世界には悪意しか存在しないと考える善良なひともいる。


 そうして世界は回って、時に取り返しのつかない(ように見える)ぐらい損なわれ、人は生きて死んでゆく。少なくとも、私は世界の最後に居合わせることはないだろう。その前に、私が死ぬ。


 また春になれば桜が咲くだろう、と特に疑問にも思わず信じて、実際桜は咲いて、そこに人の想いを乗せて様々な顔を見せる。


 しかし見ているのは我々などという曖昧なものではなく、私だし、あなただし、そうではない別の誰か、なのだ。


 世界はそういうふうにしてできている。

 そう思って、そこに落ち着いて、ようやく私はぼちぼち家に帰ろうかと考えることができた。


 強迫観念症だか発達障害だかわからないが、自分では洗濯したてのシーツに布団を納めることのできない、泣きながら朝までやったってできないんだ、と文句を言った彼女が待っている。

 あまり遅くまで夜を楽しんでもいられない。


 そんなことでもなければ二時間でも三時間でも、できれば独りで公園で過ごしたい。今日は妙に暖かく、世界は愛に満ちている。できれば私だって愛されたいし、愛してくれると思える存在に包まれていたい。


 けれど、現実とはそんなに甘くないのだ。

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