時間よ止まれ
秋待諷月
時間よ止まれ
休日とはいいものだ。
何がいいのか具体的に挙げるならば、「心行くまで朝寝坊ができる」、これに尽きる。
前夜は翌日の仕事への影響を案じることなく、夜更けまで好きな映画のDVDを鑑賞していられる。無粋でけたたましい目覚ましの音に叩き起こされることもなく、ぬくぬくと温かい布団にくるまって、二度寝でも三度寝でも決め込むことができる。
高く昇った太陽の光が安物のカーテンを突き抜け、部屋の中がすっかり明るくなろうとも、独り身である僕が惰眠を貪り続けたところで、誰に迷惑がかかることも無い。
これが平日の朝だったなら、冷え冷えとした室温に身震いしつつ妖怪じみた動作で布団から這いずり出し、時計を気にしながら分刻みの格闘をしなければならないところだ。
全くもって、実にいい。休日最高。
くふふ、と怪しい笑みを漏らして、僕は布団の中でさらに小さく丸まった。
「ああもう。いっそこのまま、時間が止まってくれればいいのに」
むにゃむにゃと呟いて、僕は枕を抱き締める。
そしてそのまま、再び幸せな眠りに落ちる。
異変に気付いたのは、執念深いまでの四度寝から目を覚ました時だった。
例え休日であっても習慣というものは変えられないもので、覚醒時には無意識に枕元の目覚まし時計に目をやってしまう。文字盤の針は九時半を指していた。
違和感を覚える。
――三度寝から起きた時も、九時半じゃなかったか?
とは言え、夢見心地のため深くは気にせず、ばふん、頭から布団を被り、僕は再び真っ暗でぬくぬくとした世界に閉じこもる。
今日の朝飯兼昼飯は何にしようかなど、どうでもいいような思考を少しだけ巡らせたあと、ふと気になって鼻から上だけを布団から出し、もう一度時計を見る。
時間はやはり、九時半だった。
「――ええ?」
一気に眠気が吹き飛び、僕は驚愕の声を上げる。
そこで頭を過ぎったのは、昨日――いや、今日の三時過ぎまで、夢中になって観ていたSF映画のストーリーだった。
主人公の男は、世界有数の頭脳を持つ天才科学技術者。
ある切実な、だが、到底実現不可能な願いを抱く男は、長きに渡る研究の末、「時間を止める機械」の単独開発に成功する。
いよいよ機械を作動させ、そして訪れるのは、操縦者である主人公以外のありとあらゆる生命体が完全に活動を停止した世界。この時間停止を利用して男は見事に目的を達成し、物語は大団円かと思われた。
だが、ここで予想外の事態が発生する。男が機械の作動を停止しても、一度止まった時間が再び動き出すことはなかったのである。
孤独と絶望の果てに発狂した主人公が、一切の生命活動が停止した死の都市の中を滅茶苦茶に走って行く後ろ姿。それが、映画のラストシーンだった。
頭の中でリアルに再生される映像を追い払うように、僕は布団をばさりと撥ね除けた。
勢いよくカーテンを全開にして窓を開け放ち、ベランダに顔を突き出す。妙に静かだ。アパート裏手の道を歩く人は誰もいない。空には鳥の一羽も飛んでおらず、羽虫一匹も見当たらない。
僕は愕然として頭を引っ込めると、窓に背を向け、後ろ手にカーテンを閉めた。
目を見開いたまま、首を左右に大きく振る。ずるずるとしゃがみ込み、頭を抱えて髪を掻き乱した。
意味も無く天井へと目をやり、壁へと視線を彷徨わせ、そして、そこにあった壁掛け時計を見て。
僕は。
目覚まし時計の電池を取り替えた。
Fin.
時間よ止まれ 秋待諷月 @akimachi_f
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