第1話 ~異世界転生ドリームなんてない~
「ここは一体……?」
俺はたしかに渋谷にいたはずなんだ。
「あれ……? あいつらは……?」
大学の帰り、渋谷のカフェで課題のレポートを作成し、店を出たのは22時頃。
明らかにいかつい見た目のヤンキー3人にぶつかり、首根っこ掴まれて威嚇されてたはず。
カツアゲ、暴力、すべてを覚悟して俺は恐怖に震えていた。
1人のヤンキーが拳を振り上げ、思わず俺はギュッと目を瞑った。
「…………」
そして、目を開けたら人は誰もいなくなっていた。ヤンキーだけじゃない、ここに人が一人もいない。
「ここどこ……洞窟……?」
薄暗い空間、岩で囲まれた狭い通路。その中に俺は立っていた。
時々、水滴が地面に落ちる音がこだまする。
「不気味すぎるだろ……」
パニックの頭をどうにか整理したいものの、明らかに日常では目にしない風景にやはり冷静さを取り戻せない。
俺は悪い夢でも見ているのだろうか。
「お……?」
刹那、目の前に人影。いや、人じゃない……?
あれはもしかして……。
「エルフ……!?」
間違いない。少し奥に長い耳を尖らせた金髪ロングの女が見える。白い布の服を胸の下で縛っているように見える。しかも、この距離からでも分かるくらいその胸は隆起している。
そうだ。絶対に俺は。
「これが巷で噂の異世界転生か……?」
間違いない、間違いないんだ。洞窟にエルフ。俺はどう考えても異世界にいる。
まだ頭はぼーっとするものの、俺はエルフの方に歩を進め始める。
「…………?」
俺が2・3歩歩き始めたところで、奥にいるエルフがこちらに振り向き、俺の存在に気付く。
「お~い、エルーー」
「オス!!!!!!!!!!」
「――ッ!?」
何が起こった!?
刹那、エルフは人間離れしたスピードで俺に向かって飛んできた。反応できない俺はそのままエルフに覆いかぶさられる形で倒れこむ。
「オス……! ニンゲンのオス……ッ!!」
目を開けると、目の前には頬を紅潮させヨダレを垂らした恍惚の表情のエルフ。俺は命の危険を感じ、腕で顔をガードする。
「た、たすけてくれ……ッ!!」
「助けてやるよ」
「!?」
俺の声に、後ろの方から男の声がした。
「オスっ……オス……!」
「おいマルティナ、発情期なのは分かるが落ち着けよ。一回俺がコイツ落とすからよ……よいしょ~」
「ぐごっ……!」
その声がした瞬間、頭に重い鈍痛と共に俺の意識は遠のいていった。
―――――――――――――――
――――――――
――
「ハッ……!?」
目が覚めると、そこはまた見たことのない光景。
ギシ、と木が軋めく音がする。どうやら俺は古い木のベッドの上に寝ているらしい。
「おはようさん、ホームレスのニンゲンくんよぉ」
「……!?」
天井しか見えなかった視界にヌッと入ってきたのは、青髪で長身、筋骨隆々の男。頭から短しツノが生えている。
意識が遠のく寸前に見えた、俺に声を掛けてきた男の姿と一致している。
「お、お前何したんだ……!?」
「あ? 俺様の最強の棍棒で頭ひっぱたいだけだろうが」
「なぜ俺は死んでない……?」
「そんな簡単に死なねぇよ」
「…………」
男が尖った歯を剥き出しにして笑みを浮かべている。対する俺は頭痛のせいで起き上がれないまま、そのおぞましいスマイルをボーッと見つめていた。
「やぁねぇ、アルちゃん。死んだけどあたしが復活させたんじゃない」
「マルティナ、お前は俺が来なかったら発情期から帰ってこれなくなってたじゃねぇかよ」
「もぉ~、仕方ないでしょ~、そういう時期なんだから」
「…………」
続いて、先ほどのエルフが俺の顔を覗き込む。その大きすぎる乳が俺の顔の目の前までぶらさがっている。そしてよく見ると端正な顔立ちはしている。
エルフはカールした長い金髪を指でくるり、と巻くと俺の顔を見て微笑む。
しかし、この青髪の男といいエルフといい、何故か笑顔が不気味だ。
「なあ……俺は頭がまだ追いついてないんだ……」
次々と五月雨の如く起こるイベントに、俺はまだ追いつけていなかった。
洞窟で目が覚め、エルフを追い掛けたら「ニンゲンのオス」と叫びながら襲われた。助けに来たかと思ったアルと呼ばれる青髪の男に、何故か棍棒で頭を殴打された。そしてまた目が覚めたら、暗い一室の古いベッドの上。
窓に目を向けると、豪雨と雷が降り注ぐ景色が映し出されていた。
「そうか、そうか分かったぞ!」
「どうした、ニンゲン。変な行動起こしたら全然殺すからな」
「ヒッ……」
アルの鋭い眼光が俺を捕える。体も2mほどはありそうな大きさだ。こんなやつに襲われたら余命は3秒が限界な気がする。
「いや違うんだ……異世界転移ってのは往々にしてあるが、俺はどうやら魔王軍サイドに生まれ落ちたのかって」
「魔王軍サイドだぁ?」
「何言ってるのかしら、この子。ふふふ」
そうだ。そうだよ。運悪く勇者にはなれなかったけど、魔王軍として生きるケースもあるはずだ。道具屋や武器屋、はたまた特殊なチートスキル持ち職業。
俺は今回魔王軍なんだ。この邪悪な青鬼とエルフ。
荒廃した風景。古い城の一室。間違いない。俺は天才だ。
笑みを浮かべる俺と対照的に、今度は二人が怪訝そうな顔を浮かべる。
「転移だの魔王だの何言ってるかは分からねぇが……」
「お前は魔王軍の幹部じゃないの?」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
あれ? なんか違うっぽい……。
「ニンゲンくん。あたしたちは魔王軍なんかじゃないわよ。魔王軍ならもっといい暮らししてるわ」
「そうだな。でも世界を本当の意味で動かしてるのは俺たちだ」
「まぁ、それはそうかもしれないわね、ふふ」
なんだこの会話は。こいつらはなんなんだよ。どう見ても魔王サイドじゃねぇかよ。
「勇者とか魔王とかいるんだろ!? お前らは何者なんだよ!?」
「お前、なんでそんなに世の中知らねぇんだ? どこ出身?」
「日本だよ! 質問に答えてくれよ!」
「あー……まあなんだ、勇者とか魔王とか、俺たちはそんな名前のある存在じゃねぇよ」
「え……?」
俺はこのあと絶望する。
「俺はよ、この辺境の一帯を仕切ってるアルっていうんだ。で、こいつは仲間のマルティナ」
「で、あたしたちは……」
「この地帯に根を張る、王国側でも魔王側でもない、ただのギャングよ」
「まあ、よく言えばギャング。悪く言えば反社会勢力……てと
辺境UNDER GROUND ~東大エリートの俺が異世界転生した結果、勇者でも魔王軍でもない「辺境のギャング」に選ばれました。 三澤凜々花 @ririka_misawa
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