漫画ばかりの本屋

久河央理

第1話 珍しい人のお客様

 深夜とも早朝とも言えないこの時間。


 ぽつりと一軒のお店にだけ、ひっそりと明かりがついていた。

 営業時間は「うしとら」、古典で見た時間表記だ。午前二時から四時までということだろうか。


「いらっしゃい、珍しいお客様」


 話しかけられて振り返ると、水色の和服を身につけた男性がいた。


「えっと」


「私はここの店主の、加賀美かがみと申します」


 光を反射している――。

 彼を表すには、うってつけの言葉だと思った。


「どうぞ、お入りください」


 ほんのり明るい店内や木製の本棚など、古書店を思わせる内装だが、並んでいる本は最新刊まで揃えた漫画ばかりだった。


 しかも、やたらと鏡が多い。監視カメラか、と言えるくらいにはあった。


「あの。このお店、人来るんですか?」


「もちろん、ヒトは来ますよ。でなければ、お店を開いていられません」


「どうして、こんな店を?」


「好きなんです、漫画。現代日本の素晴らしい文化ですから」


 はぁ……と一息つくと、また微笑まれる。


「興味がおありですか?」


「まあ……」


「では、どうぞこちらに」


 手招きに従うと、強く手を引っ張られる。そして、受付棚の下に押し込まれた。


「な、何を……」


 店主は、口元に人差し指を当てる。


 次の瞬間、店に若い女性が現れた。


「あら? どこか、珍しい気配が――」


「稲荷様。そちらの棚に、好まれそうな漫画を揃えてみましたよ」


「あら、ありがとう」


 続いて、立派な腹の男性がレジ前に立つ。


「なあ、例の新刊いつ出るんだ?」


「信楽様、もうとっくに出てますよ」


 話しながら店主は、一つの鏡を触っていた。顔ほどの大きさの鏡から、一冊の本を取り出して客に売り渡す。


「え……?」


 何が起こったか分からずに戸惑っていると、店主雲外鏡が柔らかく笑いかけてきた。


「ここはこういうあやかしたちの店なのですよ」


 ふいに背面から、大きな鏡の中へと落とされる。


「は!?」


 かくして僕は、玄関にある背の高い鏡の前で朝を迎えたのだった。

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漫画ばかりの本屋 久河央理 @kugarenma

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