第一章 読めない義弟③

 夜会当日。ルディプロデュースのおそろいのれいなドレスを身に着け髪を結った私は、ルディのエスコートで馬車に乗り込んだ。目の前に座る、いつもと変わらず無表情な義弟おとうとをチラリとぬすみ見た。ルディに喜んでもらいたくてお揃いにしたが……完全に私、着こなしているルディと並んだら浮いてないか!? マーメイドドレスだし……。しかもこの子、自分がオーダーメイドまでして買ってくれたのに何の反応もない! 「綺麗です」「似合ってます」くらい言いなさいよ! 不安になるでしょうが!

 と心の中で不満をさけんでいるとルディが、しようげき的な言葉をつぶやいた。

「今日は王太子殿でん十八歳のご生誕祭の夜会ですが……」

「王太子って今年十七歳じゃないの!?」

けいしようけていますよ。殿下は俺より二つ年上ですから今年十八歳になります」

 なんてこった!! 王太子・シルヴィードは自分と同じとしだとばかり思っていたから、まだ一年があると油断していたではないか!

 こんなに慌てているのには理由がある。

 それは王太子十八歳の生誕パーティー会場が物語のスタートになるからだ。だれだよそんなねんれい設定にした奴は! 私だよ!!

 えっと確かルディウスとヒロインの出会いは中庭で、れいじよう達にいじめられたヒロインの泣いている姿にルディウスがこうようするんだっけ。自分で書いていてなんだけど……サディストだな。ところでヒロインはなんでいじめられたんだっけ……?

 そうそう。王太子がファーストダンスにさそったんだった。それでしつした令嬢達の標的になったんだよね。王太子も考えてあげないと。いくら街で人攫いから助けてあげた子が気に入ったからってファーストダンスに誘うとか……うん?

「しまった!!」

 ゴンッ!

「姉上。馬車で立ち上がるのは危険ですよ」

 打った頭を押さえつつ、頭を抱えた。

 そうだ。王太子とヒロインの出会いって街でヒロインが連れ去られようとしているところを、おしのびで来ていた王太子が助けるって設定だった。

 私は数日前にひとさらいに連れていかれそうになっていた可愛い女性を思い出した。

 あれか!! 全然モブじゃなかった! どうりで私好みの女の子だと思ったわ!

 両手にこぶしを作り、太ももの上でふるわせた。

「姉上?」

 うつむきながら拳を震わせる私の挙動に不安を感じたのか、ルディが顔をのぞきこんできた。

 そういえばルディはあの女性は好みじゃないって言ってたよね。

「ルディ。この前街で助けた女性を見てこう……ときめいたりしなかったの?」

「? ええ……全く……」

 おかしい。かんきんする場所欲しさに私達をざんさつして、そのしきでヒロインをゆうかい・監禁するくらいしゆうちやくしていたのに……。

 ヒロインを見ても反応なし?

 えっと確かルディウスはヒロインの泣き顔を見て……。

 泣いてないからか!!

 そうだ。原作ではルディウスがヒロインと出会った時、ヒロインは泣いていた。なみだを流す姿に興奮したんだった! 私がマリエットを泣かせてみる? いやいや。それで好きにでもなったらまずいでしょ。むしろこれで良かったんじゃない? このままルディがマリエットに興味を示さなければ、少なくとも監禁場所確保のために殺されることはなくなるってことだ。あとは物語が内容通りに進むかどうかを見守れば。とりあえず……。

「ルディ……」

「はい?」

「泣いている女性を見ても興奮しちゃダメだからね」

 私の言葉にさすがのルディもけんしわを寄せた。

「……俺にそんなしゆはありませんよ」

 どの口が言う。

 王宮に着き馬車から下りると、エスコートをしてくれているルディの横顔をチラリとうかがった。

 このななめ下からのアングルがぜつみようなんだよね。

 ルディが私の背をした時に発見した、私一押しの絶景スポットだ。設定をイケメンにしておいて良かった。

「姉上。顔がくずれていますよ」

 どうやらにやけ顔になってしまっていたらしく、顔を引きめ直し会場へと向かった。

 さすが王太子の生誕祭。

 集まっている顔ぶれは要人ばかり。

「姉上。次ですよ」

 ルディにささやかれ前を見ると王太子殿下にあいさつしているこうしやくと母の姿が。いくつかある公爵家の中でも我が家が挨拶の先頭を切るのには理由があった。

 それはルディがいるからだ。

 関係的には殿下とルディは従兄弟いとこにあたり、殿下に兄弟がいないためルディが王位けいしよう権第二位となる。その一位、二位で一人の女性を取り合うとか……ある意味似た者同士なのかもしれない。まあそういう設定にしたのは私だけど。

 順番が回ってきて殿下に挨拶をすると顔を上げるよううながされた。

 おぉ!!

 ぎんぱつに黒を帯びたようなグレーのかみ色。ルディと同じ黒いひとみだが、とてもやさしそうな目。表情もおだやかで……その甘いマスクでヒロインを落としちゃうのですね!

 想像以上のイケメンに思わずほおゆるみそうになりそのままがおを作った。去年は両親の後ろで頭を下げたままだったからこんなに真正面から拝むのは初めてだ。

「あなたがルディウスの姉上か。去年は公爵の背に隠れて顔がよく見えなかったが、うわさ通り美しい方だ」

 えっ!? 噂ってルディが言ったの?

 ルディが私を綺麗だとか言っている姿が想像できなくて、となりに立つルディの顔色を窺うとみような皺が眉間に寄っていた。それだけで察したさ。殿下のリップサービスってことを。

「王太子殿下は女性をめるのがお上手ですね。今日、この会場に集まられた女性達の中には、私などよりも殿下の目を引く方がたくさんいらっしゃるでしょうに……」

 リップサービスを真に受けるほどお子ちゃまではありませんから。それにしてもルディといい、王太子といい、イケメン設定ばんざいだな。この二人に自分が取り合いをされる姿を想像すると……にやけちゃうかも。


 ダンスの時間になり手を差し出された。

「俺とおどって頂けますか」

 ついにこの時間がやってきてしまった。エスコートを受けた男性と最初に踊るのがこの世界でのマナーとなっている。つまり私はルディと踊らなければならないのだが……。

「私……すごく下手だよ」

 そう。公爵令嬢になってからダンスの練習が本格的に始まったのだが、下手くそ過ぎて先生がさじを投げてしまうレベルなのだ。いつしよにダンスの練習をしていたルディが一番よく分かっていると思うのだが……。

「知っています」

 そんなことは百も承知だと言わんばかりにそくとうされた。

 足んでもうらまないでよ。


 ゆうな音楽が流れ、ダンスが始まると体が自然に動き出した。

 この私が……踊れてる!?

 こんわくしているとルディに話しかけられた。

「何年姉上に付き合わされたと思っているのですか。姉上の独特なくせに合わせた踊り方くらい身に付けていますよ」

 さすがきようしない男! こんなところまで妥協しないとは!

「それ、大変じゃなかった?」

「ええ。おかげで姉上以外の方と踊るのが難しくなりました」

 え? 恨み言?

「なので姉上も俺以外の男と踊るのはひかえた方がいいですよ」

「私を踊りに誘う男なんていると思う?」

「姉上はもう少し自覚した方がいいですよ……」

 ん? それはどういう意味ですか?

 ダンスは無事に終わり、ルディのおかげではじをかかずに済んでホッとしていると、はくしゆをしながら私達に近付いてくる人物がいた。

「とてもてきでしたよ。、私とも踊って頂けませんか?」

 さそってくる男がここにいたよ!

 微笑ほほえみながら手を差しべてくる王太子殿でんに、思わずれいじようらしからぬきようがくの表情をかべそうになりえた。

「ルディの先導が上手うまいだけですから」

 ちがいなく!

 ほほほ……と笑いながらルディに助けを求め、視線を送ると無表情でこちらを見ていた。

 無視を決め込まないで助けてよ!

 首を小刻みにり無理だとジェスチャーで伝えると、ルディは殿下と向き合った。

「殿下が姉上と踊るのは無理だと思います」

 言い方! 人付き合い下手か! どちらに対しても失礼だから!

しつしているのか?」

 殿下の揶揄からかいにルディからげんオーラが放たれた。長年ルディを観察してきた私にしか分からない程度だが顔が引きつっている。殿下にかんちがいされたのが不快なのよね! お姉ちゃんは分かっているから! 君が嫉妬していないということを!

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悪役をやめたら義弟に溺愛されました 神楽 棗/角川ビーンズ文庫 @beans

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