第一章 読めない義弟②

 翌日。高級衣装店に入るとれいじよう達が声をひそめて色めき立っていた。

「ルディウス様よ」

「今日もてきね」

 ふっふっふっ……。うちの子、カッコいいでしょ。

 ドヤ顔で聞き耳を立てていると上品そうなマダムがルディに声をかけてきた。

「これはこれは。クラヴリーこうしやく家の子息様ではありませんか。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「姉上の夜会用の衣装を買いたい」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

 ルディとマダムの会話に目が点になり、前を歩いているルディのそでを引っ張った。

「今日はルディの衣装を買うんじゃなかったの?」

「姉上の衣装が決まらないと合わせられませんから」

「え!? 私と衣装をおそろいにするの!? あらぬ誤解を招かないかな?」

「俺とお揃いはいやですか?」

 仲良し姉弟きようだいに見えるのは悪いことではないけど、おたがいのけつこんとお退くことはちがいない。ただ私も今は結婚とか言っている場合ではないし、ルディもマリエットと出会ったらどうなるか分からないから、これでルディの心が少しでも開いてくれるなら。

「ルディが嫌じゃなければ私は嬉しいよ」

 それにカッコいい弟とお揃いは悪くない。

「では試着してみましょう」

 この後、試着室に案内された私はこうかいすることになる。

 何着か試着をするもルディはなつとくがいかないのか眉間にわずかな皺を寄せた。

「姉上は体の線がれいなので、もっと大人っぽいドレスの方が似合うと思うのですが」

「ですがそれですと新しく作り直す必要がありますが……」

「いくらかかっても構いませんので、姉上に似合う最高のドレスを仕立ててください」

「かしこまりました!!」

 ……おいおいおい。ちょっと待っておくれよ、お兄さん。

 ただの姉のドレスにそこまでこだわるのかい?

 ルディにフルオーダーメイドの注文を頼まれたマダムは、さつそくスケッチブックを取り出すとドレスの絵をき始めた。

「こちらなど如何いかがでしょうか?」

 差し出された絵はスレンダーラインのデザイン。この短時間で描き上げるとはさすがプロ。感心する私をに、ルディは見せられたデザインに対しても納得できないのか、マダムの持っていたえんぴつを受け取った。

「これでははなやかさが足りません。もっと足元まで綺麗に見えるように……」

 そう言うとルディはマダムのデザイン画の上から線を描き足し始めた。この子、絵まで描けるの? スペック高すぎない?

 などと感心している内に絵が完成したのだが、その絵を見て青ざめた。これって所謂いわゆるマーメイドラインとか言うやつじゃないですか? 海外のセレブスター達がよく着ているのをニュースとかで見たことはあるが……え? 私が着るの?

「ではレースはこの辺りに入れた方がより華やかになりそうですね」

 ルディのデザイン画にしよくはつされたのか、マダムもヒートアップしてきた。

「そうですね。あと胸元に黒色のそうしよくを入れるように……」

 ……それ、私のドレスですよね?

 本人の意見を全く聞くことなく話を進めていくルディとマダムに、ただただ立ちくしてながめていることしかできなかった。

 ルディとマダムのやり取りにつかれた私は、一足先に店を出て馬車へと向かった。

 ルディは原作の中でもゆいいつ王太子・シルヴィードに対抗できる人間であることから、美的センスもかんぺきな男だというのは分かる。だけど私のドレスだよ? 姉としてしか登場しない原作では名前すらない人間のドレスにそこまでこだわるか? だがいつさいきようしないのがこのルディウスという男だ。

 妥協するなら暴挙に走ることもなかっただろうし……。

「……して!!」

 フラフラになりながら馬車に乗り込もうとすると、路地裏からだれかのさけび声が聞こえてきた。声のする方に向かうと男女のめている会話が耳に入ってきた。

「暴れるな! だまってついてこい!」

「いや!! 誰か……!」

 こっそり顔をのぞかせると数人のくつきような男達に囲まれ、奥へと引きずり込まれていく女性がいるではないか!

 女性は必死にていこうするも口を布でふさがれそのままかつぎ上げられた。

 これはひとさらい!?

 私はとつに持っていたバッグを、女性を担ぎ上げた男目がけて投げつけた。

「その手をはなしなさい! この人攫いが!」

 男はバッグが命中した頭をさすりながらり返った。

「なんだてめえは?」

 仲間と思われる男達も私の方に体を向けた。

「見られたからにはこいつも連れて行くぞ」

 女性を担いでいる男が指示を出すと、周囲にいた男達は私をらえようとじりじりとにじり寄ってきた。

 バカなやつらめ。ルディの暴挙を止めるため七年の時をついやした防犯グッズのりよくを味わうがいい!!

 防犯グッズを取り出そうとして青ざめた。

 バッグ投げちゃったよ!!

 防犯グッズは女性を担いでいる男の足元に無残に散らばっている。あわてる私を見た男達はニヤニヤ嫌なみをかべながら近付いてきた。

 こうなったら最後の手段!

「だれか────!! 助けて────!!」

 最大級の叫び声を上げる私に慌てた男達の手がびてくるも、風を切る音がして男達は咄嗟に手を引いた。

きたない手でさわるな」

 私を背にかばい男達にけんを向ける人物に目を見開いた。

「おはありませんか。姉上」

「あ……うん……」

 まさか助けにきてくれたの?

 ルディのあつに男達はいつしゆんひるむも、数の上で優勢と判断したのかものを取り出すといつせいおそかってきた。

「ルディ! 危ない!!」

 叫ぶ私をしりにルディが剣を振るうと、一瞬で男達は地面に伸された。

 え? なにこれ? チート系ファンタジーの世界ですか? 目で追えないくらいのルディの速いけんさばきにこんわくした。ジャンルは異世界れんあいだと思っていたのは私だけでしょうか? ジャンルが違うなら技名を考えないと。『しつぷうじんらい』ってのはどうだろうか。などと的外れなことを考えている間に、ルディは女性を担いでいた男も気絶させていた。

 果たしてこの子が暴走した時、私はげ切ることができるのだろうか……。やはり王太子とお友達になろう作戦を決行した方が良さそうな気がする。

「あ……あの……ありがとうございました」

 ルディにき留められた女性は地に足を着けるとルディにお礼を言った。

「礼は姉上に言ってください。姉上を助けるついでに助けただけですから」

 おどろきであごが外れそうなくらい口が開いた。

「なんですか、その顔は……」

 ルディが無表情のまま私の方に振り返った。

 だってこの子が私を優先的に助けるなんて夢にも思ってなかったから。明日あしたやりでも降るのだろうか……。

「あの……ありがとうございます」

 女性は私の前に歩み出ると、花がいたような可愛かわいい笑顔でお礼を言ってくれた。緑のひとみきんぱつのその女性はまるで天使のような可愛らしさだ。意地悪そうなり上がったあおむらさきの目に、毒々しい紫のかみの私とはおおちがい。

 あまりの可愛らしさに見入っていると女性のほおに小さな切り傷を発見した。

 美少女の顔に傷を作るとは! 許すまじ!!

 ころがっている男に殺気を浴びせていると、ルディが女性にハンカチを差し出した。

「少し血が出ているので、良かったらどうぞ」

 再び顎が外れそうなくらい口を開いた。

 この子、こんなにしん的だったっけ??

よごしてしまうといけないので……」

「構いません。差し上げます」

 なになにこの二人……ちょっと良いふんじゃないの!!

 小説のネタになりそうなくらいお似合いの二人に、この二人を主役にした物語でも書いて出版しようか検討し始めた。

 ……とうそう資金をめるために。


 結局女性はルディからハンカチを受け取ると何度もお礼を言って帰って行った。

「それにしても可愛い子だったね」

 帰りの馬車の中でさきほどの女性の姿を思い出していた。

 私もどうせ転生するならモブでいいから彼女になりたかった。むしろ彼女の方がいい。殺されるなやみをかかえなくてすむから。

「そうですか?」

 素っ気ない返事のルディにニヤニヤと笑みを浮かべた。

「そんなこと言って。お似合いでしたよ、お二人さん」

「彼女は俺の好みではありません」

「え? 好みの女性なんているの?」

「俺をなんだと思っているのですか」

 マリエットとはまだ出会ってないよね? マリエット以外に興味のある女性がいるってこと?

 難しい顔で考え込んでいるとルディが小さくためいきいた。

「……姉上は本当ににぶいですね」

 はあ!? 原作者の私に鈍いとか言っちゃう!?

 私の愛に気付かないルディの方がよっぽど鈍いわ!!

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