第一章 読めない義弟①

 私、レリア・アメール・クラヴリーがルディウス・フォン・クラヴリーの義理の姉に転生したと気付いたのは、ルディウスと初めて顔合わせをした七年前だった。義父となるクラヴリー公爵からルディウスをしようかいされた時に、この世界は自分が書いた物語の中だということを知った。

 おくもどったあの時はあせったよ。だって死の宣告を受けたも同然なのだから。原作者の私がよりにもよってなんでこのキャラ? と思わずにはいられなかった。しかもこのキャラ、ルディウスの姉という設定だけで名前すら無いキャラ。前世での私の名前はれい。お気づきだろうか……『い』が『リ』に変わっただけである。しかもいんは残したままに。まるで神様が『名前が無いからこの辺りに入れとく?』と適当に決めたかのようだ。

 気を取り直して話を戻そう。この物語は二人の男がヒロインである平民出身の伯爵令嬢、マリエット・ドゥ・セルトンをめぐり、争いをり広げるベタなれんあい小説だ。

 一人は王太子のシルヴィード・ルネ・ベルナール、もう一人は我が義弟おとうとのルディウスなのだが……この子、ちょっとんでるんだよね。

 愛を知らないルディウスは正統派王太子のシルヴィードとはちがい、マリエットをちからくで手に入れようとして監禁という暴挙に走る。マリエットを自分の物にしたいという欲求から生まれた行動だ。だがルディウスが病んでしまったのには原因がある。

 それがルディウスによってざんさつされたこのクラヴリー公爵一家だ。

 私の母とクラヴリー公爵はおさなじみで将来をちかい合ったこいなかでもあった。しかし現王様の妹とのえんだんの話が出たことにより破談。公爵は王女とけつこん。母はしがない伯爵と結婚することに。

 公爵を忘れられない母と伯爵との結婚生活は言うまでもなくたん。さらに好きでもない男との子どもである私を幼いころからしつけしようしてぎやくたいしていた。子どもの頃は何故なぜ母が自分を愛してくれないのか分からずまどったものだ。記憶が戻って理解したけどね。

 一方、クラヴリー公爵の方もプライドの高い王女との結婚生活は破綻。公爵夫人となった元王女はルディウスを王家に仕える者として厳しくしつけ、あまりの厳しさに心配したしつが父のクラヴリー公爵に報告したのだが公爵は無関心をつらぬき通した。その後、お互いのパートナーが早々に急死したこともあり二人は再婚するのだが、公爵とルディウスの実母に育てられたルディウスは私が出会った時にはすでに感情を表に出さない子どもになっていた。

 追い打ちをかけるように、愛する男をうばった女の子どもとして私の母はルディウスをぎらいし、ルディウスを見かけるたびに一言必ずいやを言って去って行く。さらに原作での私は母にめられたくてルディウスをいじめる日々。そんな二人に対しても公爵は無関心を貫き通したことで、心のり所が全く無いルディウスの心は病んでいってしまうことに。

 物語とはいえ実際に生活してみると、あまりにもこくかんきようにルディウスに申し訳ない思いでいっぱいになった。

 だから記憶が戻った私は決めたのだ。

 ルディウスを弟として愛しまくると!!

 ルディウスの心が病む原因になったのは愛を知らなかったからだ。だったら私が愛とは何ぞやということを、身をもって教えてあげようじゃないの!

 ということでルディウスと出会ってからの七年間、あらゆる方法でデレデレに甘やかそうと遊びにさそったり、街に出かけようと声をかけたりもしてみたのだが……。

 うつとうしがられる毎日。……いや。無表情で反応がうすいから鬱陶しがっているのかも分からないが。

 毎年の誕生日プレゼントもあげているのだが、私は一度ももらったことがない。私の愛は伝わっているのだろうか……。このままだと行きつく先は死体の山の一部。

 一体どうすればいいものか……。

 日課となっているお茶の時間。庭に来ていた私がテーブルに突っしていると、後ろからとつぜん声をかけられた。

「お待たせしました。姉上」

「ルディ」

 ルディウスのあいしようを呼びながら上体を起こすと、黒いかみに黒いひとみの無表情なイケメンが立っていた。

 うちの子、カッコ良すぎるでしょ! ラフなシャツがかがやいて見える!

 ヒロインを取り合うならやっぱりイケメンじゃないと! という作者の意図通り、出会った当初はれてしまうくらいの美少年だったが、年月を重ね、あどけなさはまだ残るものの青年になった彼は色気が増してそこら中にフェロモンをき散らしている。私は文字で書いていただけなのだが、実物は作者の好みが反映されているといっても過言ではない!

「今日も訓練してきたの?」

 垂れそうになるよだれぬぐいながら笑いかけるも、無表情のまま「ええ……」とルディは向かいの席にこしけた。昔から表情筋はどうしたと言いたいくらい無表情で笑った顔など見たことがない。原作ではヒロインに対して口元をゆるめたりするくせに。私だってルディに愛情を持って接しているのに、まだ出会ってもいないヒロインにちょっとしつしてしまう。まあヒロインにしか興味が無いように書いたのは私なんだけどね。

「精が出るわね。がんるのは良いことよ」

 私もルディに愛されようと頑張っているけれど、いまだ確かな成果は出ず。お茶の席に来てくれるようになっただけでも多少の成果は出ているのかもしれないが。それ以外はさっぱり。お茶に付き合ってくれるようになったのも、訓練場にまで毎日押し掛けた結果なんだけどね。きっとわずらわしくて仕方なくといったところか。

 考え事をしながらお茶を一口飲むとルディが口を開いた。

「……明日あした、街に行きませんか?」

 突然のお誘いに飲んでいたお茶をき出しそうになりこらえた。

 私が街に誘っても全く付き合ってくれなかった子に何があった!?

「ど……どうしたの突然?」

 おどろいた顔を向けると表情筋を動かすことなく返答してきた。

「夜会用のしようを準備しようかと思いまして」

 なるほど。私の一つ下のこの子は現在十六歳。成人したことで夜会に参加できるとしになった。

「それならお姉ちゃんが成人祝いに買ってあげるよ」

 あねづらのドヤ顔でお茶を飲むもルディは小さく首をった。

「いえ……。王太子殿でんから臨時収入を得たのでそのお金で買おうと思います」

「ブホッ! ゴホッゴホッ…」

 今度はお茶を飲み込めずにせた。

「……姉上……」

 さすがの無表情もけんしわを寄せた。

 原作を知っていれば驚かずにはいられない! だって……。

「王太子殿下と知り合いなの!?」

 原作で王太子・シルヴィードと知り合うのはヒロイン・マリエットと出会ってからのはずなのに、なんでもう知り合ってんのよ!

「王宮にいるとよくからまれます」

 なにそのヤンキーによく絡まれますみたいな文言は。

「護衛などこの兵にたのめばいいのに、何故か団にまで来て俺を指名してくるので困っています」

 そうか。よく考えたらこの子が王宮で騎士をしていること自体が原作から外れているのか。

 原作でのルディウスは実母のえいきようで王家に仕えることをけんし、令息として日がな一日過ごしているだけだった。それなのに今は騎士として立派に王宮で勤めている。

 まさか私の愛が伝わったとか!? ルディを見ると無表情のままお茶を飲んでいる。私といても全く楽しそうな顔をしないルディに確信した。うん、違うな。

 それにしてもこの子が騎士か……。かんがい深くなり、立ち上がり頭をでるといぶかしそうに見上げられた。

「姉上。子どもあつかいはめてください」

「立派に育ってうれしいな~と思って」

 ルディは小さくためいきくとうでつかんできた。

「成人女性が成人男性にするようなこうではありませんよ」

 ルディは私の腕を掴んだまま立ち上がると、たんせいな顔を近付けてきた。

「姉からの愛情表現におおね」

「あなたは姉ではありませんから」

 たんたんと答えるルディにショックを受けた。

 分かっていた。

 ヒロインにしか興味の無いこの子は私を家族だとは思っていない。この子に愛をあたえられるのはやはりヒロインしかいないのかもしれない。そうなると私の行く末は……。

 グエッ!

 思わず苦々しい顔で首を押さえてしまった。

「どうされたのですか?」

 っ立ったまま百面相をしている私にルディは首をかしげた。

「ちょっと未来をてきただけ……」

 冷静になるため席に座りお茶を飲んだ。

 だいじよう。まだ策はある。

 最初の頃はルディに愛情を持って接すれば殺されるのはかいできるかもと考えていた。しかし七年ってもルディの心境の変化は見られず、もしかしたらもうヒロイン以外で心を動かされない子になってしまっているのかもしれないと考えた私は、新たな打開策を考えていた。

 それは私が王太子・シルヴィードとお友達になるという作戦だ。

 彼と仲良くなっておけば、最悪私だけでも守ってもらえるかもという愛の欠片かけらも無い作戦だ。

 しよせん世の中で一番大切なのは自分の身よ。

 それに私はこの世界の原作者。王太子の性格も好みもせつしよくタイミングもあく済み。あとはじわりじわりとめていけば……。

「ふっふっふっ……」

「悪い声がれていますよ」

 危ない危ない。本音がダダれるところだった。まあこの子が暴挙に走らないのが一番いいんだけどね。

 チラリと貴族らしくゆうにお茶を飲むルディをうかがった。

 もしも暴挙に走った時用にルディをげき退たいするための準備はしている。常に持ち歩いているバッグの中にはこの七年で作製した防犯グッズが多数。でもこれでどこまでたいこうできるか。しかもこの子、騎士になったからせんとう力が格段にアップしているし……本当に大丈夫かな?

「それで……」

 ルディがカチャリとカップをソーサーに置いた。

「明日は付き合ってくださるのですか?」

 うだうだ考えていてもなるようにしかならないし、今はまだもう少しこの可愛かわい義弟おとうとを見守ってあげよう。

「もちろんよ! 私が最高のしんに仕立ててあげるわ!」

 胸を張りながら自信満々にドンッと胸をたたいた。

「姉上の美的感覚はあまり信用していませんので付きいだけで結構です」

 前言てつかい!!

 ホント! 可愛くない義弟だな!!

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