第8話


(監視は……やはりついてきているな)

 高度科学世界の遺産である廃ビルが地脈に飲み込まれてできた無属性ランクⅡ異界や、移動のために入り込んだ小さな山々の中にある小道が異界化した土属性ランクⅠ異界。他にも洞窟風の風属性異界や草原のように見える木属性異界などなど、都市を少しでも離れれば様々な異界がこの大地には存在していた。

 さて、俺はそんな異界に入っては汚染の薄い道を選んで、通り抜け、次の異界を見つけては汚染の薄い道を通り抜けるということを繰り返してきていた。

 というのも徒歩で都市周辺の荒野を移動するなら異界内部の方が安全であるのと、異界で異常物質を見つけてマテリアルを確保したかったからだ。体内に隠した宝石系異常物質へそくりによるマテリアルの確保はできているが、今後のことを考えるとこれらの資産には手を出したくはなかった。

(まぁ一応、ここに来る道中で見つけた異常物質を還元してマテリアルは稼げたけどな)

 俺は今後のことを思案しながら体内に蓄積した瘴気や属性による汚染を除去する医療系異常物質である『抗汚染薬Ⅰ』の錠剤を飲みつつ、現在いる山の斜面にあった大岩の影から眼下の小道を見下ろしていた。

 そこには俺に見つからないようにか、土色のローブを被った、都市エージェントである中年の男がいる。

 男は俺の姿を見失っているらしく、ブツブツと何か文句を言いながら地面に残っている痕跡を探っていた。

(フウマの爺さんの言ったとおりならあのやる気のない中年男だけが俺につけられている都市エージェントのハズだが)

 ふと、思い出す。

 俺の監視相手だが、以前は俺より年下ながらも、あの中年の男よりもずっと優れた、少女の都市エージェントであった。

 最初の出会いはなんだったか、ギルドから紹介された冒険者たちにリンチされて、死にかけていたところを治療されたからだったか。

 そのあとは都市での金の稼ぎ方を教わって――名前はなんだっけか?

 俺が学園に通えるまで稼げるようになったのはそんな少女の長年に渡る陰ながらの協力が――あったようななかったような。

(思い出せないぐらいに印象が薄いってのか?)

 フウマの爺さんのことははっきりと思い出せる。だからそんなことはないと思うんだが……畜生並に忘恩の徒と化している自分が信じられなく、俺は顔もうっすらとしている少女のことは頭から消すことにして、やるべきことを考える。

(都市から逃げるためにやるべきこと。フウマの爺さんが言うには、まずは俺を死んだことにするんだよな)

 死んだことにすると開拓都市オウギガヤツでは活動できなくなるが、それは問題ない。ちなみにギルドでギルド依頼を受けたのは自らを死んだことにする以上、依頼人がきちんと存在する依頼を受ければ迷惑になるからだ。

 加えて、自殺を装うことに失敗した場合に、他の都市でギルド依頼を精算できるならそちらの方がいいから。

 死ぬことに関しても問題はない。

 もともと死んでるか生きてるかよくわからない闇属性の身だからだ。

(それとスマホも、逃亡用に用意したものを使う……と)

 懐から黒いビニールに包まれた新型の端末を取り出すと俺は包装を剥いで初期設定をこなしていく。

 そうしてから現在使っている端末との接続を丁寧に解除しながら、新しい端末を脳に接続していった。

(もとの端末は、不自然な接続停止がないように死霊魔術で作った疑似脳と接続しておく……と)

 ちなみに、ここで解除に失敗して旧端末と新端末が混線すると酷いことになるらしい。

 俺は見たことがないが、複数端末の利用によって脳に負荷がかかり、脳に存在するアプリ化していない固有能力が暴走したり、意図しない発動をしたりして、体内に微量に存在するマテリアルを枯渇させられるなどの能力暴走が起きる危険性がある、らしい。

 スマホを複数持てば複数のアプリを容量関係なく使える――といった複数端末の使用が冒険者に推奨されないのはそのためである。

(つか新スマホもな。もうちょっといいものが買えればよかったんだが)

 闇属性冒険者がギルドでスマホを購入するのは難しかったので、フウマの爺さんの伝手を使ったが手に入ったのは今使っているネリアルベリアル社製のニュービー8――の、脱獄済みの違法品だった。

 一年かけて溜め込んだ【800】マテリアル程度ではその程度の品しか手に入らなかったことが悔しい。

 なおアプリの内容もほとんど変わらない。せいぜいがマッピングアプリの位置情報を発信する機能をカットしているのと、ギルド公認アプリを非公認品に変えたことぐらいか。

 非公式品の場合はあまり性能は良くないが、公式品と違ってアプリの自動アップデートがかからないので追手に位置がバレる心配がなくなるのである。

 なお普通の闇属性冒険者はここまで念入りに逃亡の準備はしない。

 俺がここまでするのは――っと。

(新スマホの準備完了、と)

 固有能力アプリのデータ引き継ぎが終了し、俺は息を吐く。

 なお新端末にあった連絡先などはフウマの爺さん以外は全て引き継いでいない。もはや開拓都市オウギガヤツの知り合いのことは心中から切り捨てている。

 地面に置いてある疑似脳を見ながら、俺はふぅ、と息を吐いた。

 やるか。

 死霊魔術を発動させ、疑似脳の周りに骨と肉を生成していく――!


                ◇◆◇◆◇


 砂と石ばかりの岩場に入り込んだ目標を追いかけていた中年男性の都市エージェントは「勘弁しろよ」と悪態を吐いていた。

 闇属性冒険者が表街道にあるような実入りの良い異界に入ればそこにいる冒険者に見つかって袋叩きにされたり、収穫品やマテリアルを難癖をつけられて奪われるのを警戒するためにこのような裏街道に存在する無数の雑魚異界に入るのは知っていたが、それにしたって入りすぎている。

「いつもはもうちょっと軽いところだろうがよ」

 バックアップの人員がいれば監視ももっと遠くから専門の機材を使ってやってくれるだろうに、中年男は一人のためにそういったサポートはついていない。

 おかげで見つからないように気を使う必要があり、そのせいで見失ってしまったゲンジョウ・ミカグラの位置を探るべく地面に目を向け、土魔法のアプリで足跡を浮かび上がらせようと苦労する。

「他の闇属性冒険者みたいに、はやく死ねばいいのにッ――!」

 開拓都市オウギガヤツでは闇属性冒険者はすぐ死ぬことで有名で、生き残っているのも死なない程度に影からサポートのある(それも微々たるものだが)ゲンジョウや、小汚い爺さんみたいな生き汚いゴミ冒険者ぐらいのものであった。

 それでも仕事は仕事だ。男は罵倒しながらも魔法現象を発生させる。

 ゲンジョウに引きずり回されたおかげで少なくなってきたマテリアルを用いた探査魔法だ。

 といっても派手な効果のあるものではない。ここにいたゲンジョウの足跡を可視化して、見つけやすくする程度のもの。

 しかもゲンジョウから見つからないように秘匿の術式も織り込んだ中年男渾身の固有能力技能。

「さて、こいつを追いかけ――「おおおおおおおおおおお!!!」

 いきなりの叫びに驚く中年男の視界の先に、岩場の上からゲンジョウが転がり落ちてくる。

「――は? なんで」

 そのゲンジョウの身体の上に乗っかっているモンスターがいる。荒れ地大豚という名前の、豚のモンスターだ。脅威度も低く、戦闘の得意ではない中年男でも勝てるような雑魚モンスターである。

 それにゲンジョウが負けかけていた。

「ああ! お、俺を!! 俺を食うな!!」

「ブギー!! ブギギギーー!!」

 ゲンジョウの肩口に食いついた荒れ地大豚によって、ゲンジョウの腕がバリバリと骨ごと食われていく。響き渡るゲンジョウの悲鳴。それにびっくりしながらも慌てたように男は戦っている両者の間に突っ込もうとする。死ねばいいと思っていたが、ゲンジョウに死なれると困るのだ。何が困るのかはわからないが! そういう任務だった!

「ちょ、ちょ、馬鹿! 死ぬな!! 雑魚野郎!!」

「クソ! クソ!! 俺を食うな! 俺を食うなああああああああ!!」

 中年男に気づいていないゲンジョウの手が大きく掲げられる。その手に握られているのは対大型怪物用の手投げ弾の一種だった。

「死んでたまるかよぉおおおおおお!!」

(はあああああああ!?!?!? ば、やめろ!! その距離だと!!)

 中年男は「お、落ち着け! 落ち着けぇえええ!!」とゲンジョウに向かって走るものの時すでに遅し。

 ピンの抜かれた手榴弾をゲンジョウが片手で豚の口の中に突っ込んだ瞬間、光と爆風が大波となって、中年男に押し寄せてくる。

(くそッ、馬鹿がッ!! ど素人がッ!!! なんで至近距離で手榴弾なんぞ!!)

 止めようと駆け寄りかけていたものの、巻き添えを食らってはことだとばかりに中年男は自ら地面に向かって転がっていた。瞬時に防御用の大岩も生成しており、それが爆発の衝撃を受け止めてくれる。

 男は生き残った。だが任務は失敗だった。

 びちゃびちゃと手榴弾の直撃を食らった荒れ地大豚の内臓や肉が吹っ飛んでいた。

 またゲンジョウ・ミカグラの肉体を構成していた部品も、中年男の周囲に散らばっていた。

 立ち上がって中年男が周囲を見渡せば装備や、スマホの残骸も見え――やべぇ、と中年男は呟いた。

「ま、マジで死んでんじゃねぇよ。クソ野郎が」

 どう手をつければいいのか中年男が悩む間に、爆発音や濃い血の臭いに誘われてか、チチチ、とばかりにこの荒れ山に生息する小鼠型の怪物が周囲に現れて、ゲンジョウや大豚の肉を掻っ攫ってしまい「いやいやいや指の一本ぐらいどっかに!?」と中年男が焦る間にも全て持ち去っていくのだった。

 冒険者が魔物の死体をマテリアルに還元するのはこういったスカベンジャーどもを警戒するからでもある。

「これしか残ってないってのかよ……はは、は」

 とはいえ、中年の手には半壊してデータが残っているのかも怪しいスマホが一つだけ残ることになった。


 ゲンジョウ・ミカグラの遺品として。


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