第7話


 闇属性持ちにかぎらず、冒険者なり商人が都市から出るには手順が必要になる。

 散歩するように、ふらっと外にいきたいという感覚で都市外壁から出ることはできない。

 俺は悩みながらも、フウマの爺さんが出ていったあとのギルドの受付に行き、特定の企業や個人ではなく、ギルドが依頼をしている遠方の探索依頼を受けることにする。

(都市は出る。今のアパートの保証人がフウマの爺さんだからな。爺さんが出ていったら終わりだ。俺は大家に嫌われてるから契約の更新はされないだろうしな)

 住み続けられたのはフウマの爺さんのおかげだった。

 そして今のアパートを追い出されたら保証人が必要ないランクのアパートが俺の住居になるだろう。

 そうなると寝て起きたら命以外全て奪われるなんてことにもなりかねないことになる。フウマの爺さんが来る前のこの都市では、闇属性の冒険者の生存率は相当にひどかったらしいしな。

(そういう意味で、最初に大家さんに拾われた俺は運がよかったんだよな)

 娘さんに彼氏ができたから追い出されたとはいえ、あの歳になるまで育てて貰ったようなものだ。

 どういう縁で、どういう流れで下宿させて貰うことになったかは思い出せないし、悪い思い出も良い思い出もとくに思い出せないけれど、感謝の心だけはあった。

「……あの、遠方の探索ですか?」

「え、あ、ああ。そうだけど」

 手続きをしていれば、怪訝そうに俺を見てくる受付嬢。

 いつもならどうでもよさそうに依頼を受理する受付嬢だというのにどういうことだろうか?

 思い出すのはフウマの爺さんが言っていた、闇属性異界の件だ。

(闇属性冒険者を都市に留めておきたい、とかか?)

 ただ闇属性冒険者なんて、この都市にはほとんど残っていない。

 爺さんが育てた闇属性冒険者もいるが、彼ら彼女らはある程度自立できるようになると遠方探索に行って、そのままこの都市からは逃げてしまう。もちろん、この都市では死んだと思われているだろうが。

 ゆえに、この都市に残っている闇属性でまともに探索に使えるのは俺ぐらいのもので――ああ、やっぱり逃げなくては。まともな探索者が少ないなら、俺を使おうって奴らも出てくるかもしれない。

(使い潰されるわけにはいかねぇぞ)

 そんな決意をする俺に対して受付嬢は「遠方探索をするなら安全のためにも他の冒険者とパーティーを組むか……危険ではない近場の探索ではどうでしょうか?」と言ってくる。

「あの、他の冒険者と組めば殺されかねないの知ってて言ってるんですよね?」

「いえ、それは、その、ギルドから信頼できるパーティーを紹介しますよ?」

 にっこりと微笑まれたので「新人の頃、その紹介されたパーティーに三回、重症を負わされました」と言ってやれば受付嬢は顔を引きつらせた。

「ギルドが俺を殺したいなら怪物モンスターの討伐依頼を受けましょうか。そっちの方がこっちとしては生存率が高いので」

 多少手間取るが、ギルド依頼であるなら問題はないだろうという気分で言えば「い、いえ、じゃあ近場の探索を」と受付嬢が言ってくるので「金がないんですよ。飢え死ねって言うんですか」と反論してやる。

 顔を引きつらせた受付嬢に俺は言ってやる。

「知ってると思いますが闇属性は重税がきついんですよ。前回は目当てがあるから近場の探索に行きましたけど、本来、近場の探索じゃあ異常物質なんてほとんど残っちゃいないから、全く金にならないんですよ。もちろんこの程度の冒険者事情は知ってるでしょうけどね。つか俺の場合は税金引かれれば下手すりゃ赤字になっちまう。そろそろ月末も近いし、遠方の異界に行ってマテリアルをがっつり稼いでこないとアパートも解約になって都市の路上で寝なきゃいけなくなる。ねぇ、俺を殺したいなら怪物の討伐依頼受けるって言ってるじゃないですか。そっちの方が生存確率が高いから、俺を殺したいなら受けさせてくださいよ」

 嫌味を言ってやれば受付嬢は黙ってくれる。闇属性冒険者がここまで受付で反抗すれば普通なら近くから冒険者がやってくるが、昼日中となれば稼げる腕の冒険者どもは探索に行っている。

 もちろん酒場には休養日らしい酔っ払った冒険者がいくらか残っているが、どうしてか彼らが俺に寄ってくることはない。


 ――誰も貴方に注目しない。この都市に、もはや楔は存在しない。


「……わかりました。ですが、無事に帰ってきてくださいね」

 どういう意図で言われたかわからないが俺は「そりゃ俺も死にたくないですから」とだけ言って遠方の探索依頼を受ける。

 最後に何か嫌味を言いたかったが、嫌味を言って悪い印象を俺は受付嬢に残したくなかった。最後・・なのだ。今のやり取りをした以上、手遅れかもしれないが、多少は良い印象を残してあいつはいいヤツだったな、ぐらいには思われたい。

 そういう感傷すらも薄くなっているが、俺は依頼を受けるとギルドを出ていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 都市を出る際には警備の詰め所に入る。

 ここも良い思い出はない。闇属性冒険者は出入りの際にそれなりに酷い目に遭うからだ。

 俺は性別が男だから殴られたり、賄賂としてマテリアルを多少奪われるぐらいで済むが、女だとかなり酷いことをされるらしく、女性の闇属性冒険者は逃げられるようになるとすぐにこの都市からは逃げ出すようだ。

 ただ、逃げられるだけでもマシなのだと言う。

 フウマの爺さんがいなかった昔は闇属性冒険者の女は娼婦代わりに冒険者たちに使われて、飽きたらそのまま都市の外で殺されていたらしい。

(それも爺さんが逃げるから終わりか)

「おらッ、いいからいつも見てぇに出せよ」

「はい、はい、わかりましたから」

 警棒で小突かれながら、マテリアルを賄賂代わりに払いつつも違和感を覚える。

(マテリアルが残ってる?)

 普段ならば根こそぎ持っていくはずなのに、装備を作れるぐらいには残されている。

「てめぇちゃんと都市に戻ってこいよ」

「勝手に死ぬんじゃねぇぞボケが」

 背中を蹴り飛ばされながら詰め所の通路を進み、俺は外に出された。

(……やっぱり、闇属性冒険者を残しておきたいのか)

 温かい言葉を掛けられたわけではないことはわかるが、なんだか少しだけ笑ってしまう。

 あれで優しいつもりなのか。あれで都市に未練を残せると思うのか、と。

(さっさと都市から離れよう)

 この調子では監視のために尾行がついててもおかしくないだろう。さっさと移動して、異界の中で尾行を撒かないといけない。

 スマホを操作する。マテリアルを消費して、『魔獣皮の鎧Ⅰ』を発生させる。『瘴気汚染』に対する耐性をこれで得る。都市の外は基本的に汚染されていると考えていいからだ。もちろん重度の汚染ではないが、都市の外ではすぐに瘴気耐性がある防護アプリを発生させた方がいい。

(手持ちのマテリアルが少ないな)

 警備兵に取られた分がやはり痛い。手加減をしたようだが、防護アプリに【3】使い、残数が【5】ってのは不安になる数字である。

(いくらか補充しておかないとな)

 俺とて八年も冒険者をやっていれば対処法ぐらいは頭に浮かぶ。

 馬鹿正直にマテリアルを全て渡したわけではない。死霊魔術アプリの『肉体改造Ⅱ』を用いて肉体内部にマテリアルを隠しておいたのだ。

 肉体改造アプリを使いながら俺はズボンのベルトを緩めて、ズボンの内側に手を突っ込む。そうして太ももに手を当てて、筋肉の中に隠しておいた高価な装備アプリの材料になる宝石を取り出し、アプリを使ってマテリアルと設計図に分解した。

 宝石型異常物質が還元され、マテリアルが【20】、俺の回収装置に補充される。これで一安心である。

 普段は賄賂として根こそぎ警備兵の連中に奪われるから、非常用の還元用マテリアルも高額のものを俺は体内に数点隠していた。

 というか貯金なども闇属性冒険者はそれぞれの能力を使って、こういう形で行っている。フウマの爺さんの入れ知恵だ。下手に金を持っていると奪われるからな。

 もっともマテリアルの形の方が価値としては高い。どうしても生成と還元でマテリアルの消費ロスが出るからだ。

 それでもこういう形ででもマテリアルを隠して保管しておけるのは闇属性冒険者としては非常に助かっている。

(ああ、キャラバンで買い物するなら、設計図ももうちょっと集めた方がいいか)

 それに異常物質の形で保管する利点もある。マテリアル回収装置を使わずとも、マテリアルを保管できるということだ。長期探索はリソース管理が重要なため、回収装置の容量以上を持っていられるというのは強い利点となる。

(移動するか……)

 立ち止まっているわけにもいかない。都市傍のために舗装されている道路を走り出しながら俺は考える。

(そういや今までは都市から疑われるから高価なスマホを使えなかったが、都市から離れるなら、装備の強化ができる、のか)

 だがスマホを新調したり、新しいアプリを購入するならもっとマテリアルを貯めておいた方がいいだろうな。

(ああ、これか。これが未来を考えるってことか)

 道とも言えない道を走りながら俺は喜びに顔を歪めた。

 開拓都市オウギガヤツでは闇属性冒険者はスマホやアプリの購入に制限がかかっていた。闇属性冒険者に強力な武装をさせたくないという都市の考えから、そういうことになっていた。

(くそったれの都市め。くそったれの連中め)

 道を歩いていただけで顔をしかめていた連中の顔が浮かぶ。

 俺を利用しようとしていたギルドの奴らの顔が浮かぶ。

 俺からマテリアルを奪っていった都市の警備兵どもの顔が浮かぶ。

 たった半日いただけであんなに嫌な思いをさせられた都市! くそったれいのクソ都市!!

 荒野を走りながら、都市を背後に見た俺は心中のみで叫びを上げた。

(二度と戻ってくるかよ! クソ都市が!!)

 暗黒属性異界に飲み込まれて! 消えちまえ!!


                ◇◆◇◆◇


 荒野の未舗装の道を走っている青年をコソコソと、目立たないように追っている影がある。

 開拓都市オウギガヤツに所属するエージェントの中年の男だった。

 彼はブツブツと「何が俺が監視してこいだよクソガキがよ」と呟いている。

「闇属性なんぞさっさと死んじまえばいいんだよ。害虫みてぇに長生きしやがって」

 そんなエージェントの男は土と風の二重属性持ちだ。普通なら希少な才能だというのに派手な高火力の技能を持っていないことと、名家生まれではないことからこんな溝浚いのような仕事をさせられている現実には吐き気しか催さない。

 そもそも、もともとこの任務は中年男の上司である、無口な年若い女エージェントの仕事だった。

 監視対象が聖女の幼なじみだとかいう理由でか、都市上層部より特別に命じられてあの青年の監視をしていた女上司は、最初は周囲にはうっすらとしかわからない程度にウキウキしてゲンジョウの監視を行っていたが、数年もすれば、その監視任務を厭うようになっていた。

(まぁいくら顔がよくても、貧相な生活をして、周囲にボコられまくってりゃな)

 女上司があのゲンジョウとかいう男に懸想していたことを周囲は気づいていたものの、放っておけば幻滅して現実を見るだろうという周囲の予想の通りに、女上司はゲンジョウよりいつしか興味を失っていった。

 その喪失は、自分では彼の苦境を変えられないという、女エージェントの内心の葛藤や自分への嫌悪感による隙を、死体の少女に突かれたためである。

 ただ、結果として、そんな女上司は今は同僚である名家出身のイケメンエージェントに迫られ、結婚を前提とした交際に至った。

 その二人は都市上層部の会議に出ている、と中年のエージェントは聞いていた。

 近く都市付近に現れるランク5異界への対策会議――らしいが。

(どうでもいい。どうせ俺には関係ないしな)

 そう内心で呟く中年の男は、そのときになってその異界への先行偵察任務を与えられ、怪物に襲われて死ぬ自分の未来を知らない。

 彼が考えているのは、闇属性のあの青年が、都市から逃げないように監視する任務をどのようにこなすかということだった。

(それと異界で死亡しないように、目立たず護衛……か。んなこと言われても、俺には向いてねぇんだよな)

 あの女上司ぐらいに優秀な固有能力持ちならともかく、中年男にできるのはせいぜい遠くから眺めて生きてるか死んでるかを確認するぐらいのもので、青年が怪物に襲われても、助けるなんてことはできない。

 そもそも護衛なんてものは、護衛対象の協力を必要とする高等行為だ。

 目立たないように、なおかつ絶対に死なせるななんてものはそもそも都市エージェントの仕事ではないのである。


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