「変化」

「――どうやら、すでに片岡の後任の人間が決まったらしい」


 プログラムから戻り、病院の検査を受けた後。

 勇は川端に連れられて、都内のオフィスビルの一室にいた。


「少し、早すぎるような気もするが、向こうも片岡の話を聞きたいそうだ」


 そう語る川端の横でドアが開き、一人の女性が入室する。


。治療プログラムの件の担当をさせていただく、片岡と申します」


 名刺を差し出す妙齢の女性。

 少し老けてはいるものの、勇はその顔をどこかで見た気がした。


「川端さんのレポートは読みました。私のと会ったとのことで」


 報告書が書かれているのかタブレットを眼にする女性に「では、片岡サチさんでお間違いないですか?」と名刺と彼女を交互に見る川端。


「しかしながらどうにも、その名前は俺のよく知る片岡から聞いた妹さんの名前に聞こえるのですが――」


 そこでようやく、勇は目の前の女性が先ほどのプログラムで亡くなった片岡の妹と瓜二つであるということに気が付く。


「…おそらく、それは間違いではないのでしょう」


 そう告げると、スーツ姿の女性は自身の胸に手を当てる。


「ただ、私には兄がおらず一人っ子。私を産んで以降、両親は子供をもうけませんでしたので――ただ、気になることがあるとすれば一つ」


 ついで、自身のお腹をさする片岡。


「最近、夢の中で何度も見知らぬ男性と会いまして。それが何となく自身の兄だとわかる。私に兄なんていないのに妙な実感があって――そんな折、配属された部署であなたのレポートを読み…どこか腑に落ちるものがありました」


 嘆息し、顔を上げる片岡。


「おそらく、兄は確かにいたのです」


 その目は嘘をついているようには見えない。


「そして、そちらの知る事情によって、彼はこの世界から消滅してしまった…」


「では、消失の原因についても思い当たるところが…?」


 尋ねる川端に「ええ、あくまでこちらの考えですが」と片岡は続ける。


「おそらく、兄はプログラムによってとなったのでしょう。ルールを破ったことにより、存在を消され、それ以前の穴埋めとして妹である私が長子として生まれた――それならば、辻褄つじつまが合います」


「え?でも。じゃあ、なんで俺たちが片岡さんのことを覚えて…」


 思わず、口を挟む勇に「おそらくですが」と片岡は続ける。


「この世界が多重構造であるのなら、説明がつくはずです」


「は?」


「なるほど…俺たちは並行世界を移動したってことか」


 納得したようにうなずく川端に「――ええ、おそらく」と彼女もうなずく。


「こちらも体験したわけではないので、あくまで推測の範疇ですが。おそらく、あなた方はプログラムの渦中にいたために、兄のいた世界から存在していなかった世界へと移り、記憶を引き継いだものと考えられます」


 それに「ちょ、ちょっと待てよ」と、思わず話を遮る勇。


「それだと、俺と川端は俺たちの知っている世界とは別の世界にいるってこと?じゃあ、片岡が今まで担当していたとかいう諸々とかの手続きとか、俺の家族は一体どうなっちまったんだよ?」


 説明についていけない勇に対し「まあ、誤差の範囲はあるがほとんどのところは変わりないんだろう」と答える川端。


「その証拠に、俺たちが家を出てここに来るまで特に変わった様子もなかった。その辺りのことも汲んでお前さんが派遣された辺り、ボチボチと近い事例も見つかっているんだろ?」


 そう続ける川端に「ええ、その通りです」と、片岡は答える。


「話が前後してしまいましたが、以前から私どもが管理するデータベースの中にいくつか矛盾が生じるフォルダが見つかっておりまして。具体的に申しますと、現実には存在しない人物の残したデータ記録が多数報告されているのです」


「となると、最初の口ぶりからして片岡がいた痕跡もその一つであると?」


「その通りです」と、タブレットを見せる女性。


 そこにあったのは片岡の名がついたフォルダ。

 中には治療プログラムに関連した写真やレポートの数々が残されていた。


「兄の他にも何人か。そして、あなた方のようにプログラムから帰還後に存在しない人物について語る者もいました」


「それも承知の上と――だが、妙だな。【医療教会】側が治療と称して人を消すのが目的であったのなら、こうしてデータが並行世界を通して残ること自体おかしいことなんだが…」


 それに彼女は一瞬だけ目を泳がせるも「そうですね。お二人には話しておいた方が良いでしょう」と息を吸い込み、タブレットの電源を落とす。


「データが残るのは多重世界を通してパソコン同士が繋がっているからと私たちは考えています。その中心にあるのは、次世代のスーパーコンピュータ」


 それに「次世代…まさか、最新量子計算機の【対雛たいすう】のことか?」と川端は尋ねる。


(…そういえば。以前出会った環境活動家の子が、二十一世紀に入って、今までの倍以上の計算ができる量子コンピュータが出たとか言っていたな)


 そんなことを、ふと思い出す勇に「――あくまで憶測ですが」と続ける片岡。


「もし、【対雛たいすう】が絡んでいるのなら辻褄は合います。ネットワークを介し、自身で計算を行い、開発から分解まで独自こなせるあのスーパーコンピュータなら、我々の預かり知らぬところでデータを保管できるでしょうから」


「…ちょっと待て」


 そこまで聞いたところで話を遮る川端。


「確か【対雛たいすう】には、最新の人工知能と計算能力が備わっているはず。つまり事の次第を分かった上であのスパコンはデータを保持しているということで、そうなると――」


「ええ」と答え、電源を切ったタブレットを見つめる片岡。


「【対雛たいすう】が一連の出来事の中心にあると私たちは睨んでいます」


 その言葉に世界がぐらりと歪んだように感じる勇。


(…私どもはあなた方を、いつ何時なんどきとも見つめている)


 いつしか勇の耳元で、シスターの声が聞こえた気がした。

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Hospital(ホスピタル) 化野生姜 @kano-syouga

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