最終話 まふゆと操真


 いつかの雪の日、操真が、髪を切りに行けないと言った時に、まふゆは思ったことがある。



(うちのおばあちゃんに切ってもらえばいいのでは?)


 でも、まふゆのおばあちゃんは、プロの美容師さんではない。


 もし切ってもらったら操真はきっと、まふゆと同じおかっぱになってしまうだろう。


(うーん……)


 まふゆは黙々と雪かきをしている操真の後ろ姿をじっと見た。


 少し髪が伸びたような気がする。


 今日はフユのニットワンピースを、操真に渡す日だった。


 フユを学校に持って来るのがダメなら、フユの服だってダメだろう。


 だから学校の帰りに家まで寄ってもらったのだが、なんと玄関が雪でふさがっていた。


 慌てて勝手口からおばあちゃんを呼んで、角スコップとスノーダンプを出してもらった。


 雪かきは重労働だ。


 近所の人もよく手を貸してくれるが、申し訳ないので、まふゆはなるべく自分でやるようにしている。せっかく来てくれた操真を働かせるのは申し訳なかったが、助かった。


 おばあちゃんに言わせると、操真は雪かきがうまいのだそうだ。


 力持ちだし、一か所ずつ丁寧に片付けるので、仕上がりがきれいになる。


 まあ雪かきするそばからまた降ってくるので、仕上がりなどあってないようなものだが。


 だが、空が晴れてきた。


 かすかな雪雲はあるが、いま降っているのは風花だ。


 山頂の雪が吹きおろして、町に小雪となって舞い降りてくる。


 操真は凍った道を、角スコップで砕いていた。


 欠けができると、そこにスコップの先をひっかけて、下から返すように氷を削る。


 するとおもしろいように車道の黒い色がずるずると出てくる。操真はつぶやいた。


「……おれ、これ、好きだ。ずっとやってたい」


 まふゆは驚いた。操真が声に出してまで言うのならそうとう好きなのだろう。


 雪かきをおばあちゃんに褒めてもらえたのが、嬉しかったのかもしれない。


「でも……ちょっとずつやらないと、あとで腰が痛くなるよ……」


「うん……」


 うなずきはするものの、熱中してしまっていて、スコップを休める気配がない。


 操真はお父さんと地下駐車場付きのマンションに住んでいて、普段は雪かきをしない。


 寒さに頬を赤くしながらスコップを動かす彼の頭に、かすかに雪がついている。


 毛糸の帽子をあげたいな、と、まふゆは思った。


 フユがいるからかもしれないが、操真と一緒にいると、どんどんお裁縫がしたくなる。


 縫い物も編み物も、いやそれどころか、他のどんなことだって、なんでもしたい気がする。


 そんな自分が少し恥ずかしくて、なんだか怖かった。


「まふゆさん」


 まふゆが見ると、操真は「雪かきをする部活って……ないだろうか……」と言った。


 少し考えてみたが、それはボランティアであって、部活ではない気がする。


 まふゆは、そんな部活があるなんて話は聞いたことがない。


 首を横に振ると、操真は少し残念そうだった。


 操真が体育の先生から、陸上部の勧誘を熱心に受けていることは、まふゆも知っている。


 入部するかどうか、まだ悩んでいるようだ。でも悩んでいるということは、部活に入ってみたい気持ちはあるのだろう。


 少なくとも『雪かきをする部活だったら迷わず入るのになあ』と、思うくらいには。


(……そんなに好きなら、うちにまた雪かきに来てほしいって言ったら……いや、操真くんをこき使おうとしているみたいで良くない……)


 まふゆは、なんだか操真を喜ばせたくてたまらない。あの笑顔をまた見たいのだ。


 でも、操真が何をしたら喜んでくれるのか、いい考えが浮かばない。


 なにか思いついても、あれがだめだ、ここがだめだ、と頭の中で立ち消えてしまう。


 そのうちに、なんだか気持ちが焦ってくる。


 まふゆがうまくできないせいで、操真が自分から離れていってしまう気がするのだ。


 これから陸上部に入ったりしたら、特にそうなってしまうように感じる。


 結局まふゆは、操真を自分に繋ぎとめておきたいのだ。操真になにかしてあげたいのも、そうすることで、一緒にいてもらおうとしているだけかもしれない。


 白いふわふわの雪の下に、黒くて固い車道があるように、まふゆにもけっこう下心がある。


 まふゆはスノーダンプで雪と氷のかけらを集めて用水路に放り込む。


 操真もひと段落したらしく、雪の山にスコップを突き立てていた。


 晴れているのに降る風花が珍しいらしく、不思議そうに空を見上げている。


 鼻と、頬と、耳と、首が、かじかんだように赤い。


 そのうちに、あのブラックホールのかけらみたいな目が、すっとまふゆの方を向いた。


 まふゆは吸い込まれるような気がする。


 向こうから歩いてくるのだ。雪崩が起きそうなほど、ずしんずしんと地面を響かせて。


(ああ、操真くんって、かっこいいなあ)


 どきどきしながら、前に立たれるのを待ってしまう。


 操真が、屈んで両手を前に出す。許可を求めるように首をかしげる。


 まふゆがうなずくと、まるでお人形にするように、抱きあげてくれた。


 目の前で泣きじゃくった時以来、たまにこうしてくれる。


 操真の肩越しに見ると、小さな自分にはもったいないほど空が近かった。


 まるでそうするのが当然みたいに操真に抱きしめてもらえて、まふゆは嬉しい。


 嬉しいのに、嬉しいほど、なんだか心配になってきてしまう。


「……操真くん、なにか、ほしいもの、ない?」


 まふゆは、ちょっと悩んだのだが、やっぱりそう聞いてしまった。


 だって、こんなにいいものをこんな当たり前にもらえるなんて、罰当たりな気がするのだ。


 まふゆだって、なにかあげないとダメだと思う。


 そうしないと、クレーンゲームみたいに空から巨大なアームが伸びてきて、操真がどこか持っていかれてしまう気がした。それだけは嫌だ。


「なんでもいいよ。本当に、なんでも」


 まふゆはちょっと無理して言った。


 でもさすがになんでもは嘘だと思って、慌ててつけくわえる。


「わたしに……わたしにあげられるものなら、なんでもあげる」


「……おれ、なんにもいらないよ」


 そう言って、まふゆを抱く腕に、操真は力をこめる。


 顔を見なくても優しく笑っているのはわかった。まふゆはまだ、何もあげてないのに。

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まふゆはお人形がいいのに。 春Q @haruno_qka

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