最終話 過去の先に見出す”者”へ

 ルシアはマーダと同じく永遠を生きる人造人間。リイナは不死鳥と同化する事で老化しないかにみえたが、精神の方が耐え切れず、不死鳥の輪廻転生術によって2周目の1988年を目指した。


 リイナが辿り着けなかったのは周知の通りだが、ルシアと共に生き抜いた仲間達は2周目の同年。

 サイガンとアヤメの別れを防ぎ、さらに5年後、アヤメは死別しない事を見届けた。これでサイガン少年も心の闇に落ちる事を防げた。


 サイガンは希望のうちに、再びAYAMEを創り出し、2周目のマーダは完全体として創造される事でこの物語は終焉を迎える……筈だった。


 2周目を生きる人間…つまり俺達には1周目からさらに進化を遂げた、AYAMEとナノマシンが息づいてる。


 AYAMEは人間が元来持つ意識と完全に共有する事で、他人の心すら理解出来る様になってゆく。

 俺に目覚めたバードアイを超えた『月之目ムーンアイ』のスキルは他人の意識を得て、かつ自分の想いを具現化出来る様になった通称『扉の力』の一つ。

 そして俺の心の中に聞こえてくる声の正体もこれだったという訳だ。


 ルシアの夫、ローダはその扉の10の封印を解いた先駆者。ローダは自らが想像出来る限りの力を無限に体現出来る。

 俺みたいに使える力の数に制限がある人間は、不完全な扉使いであるらしい。


 ただローダは自らの力を戦いの後、あえて封じた。その気になれば何でも出来る自分を危険視したのだ。

 さらに自らで始まった扉の力の顛末を見届けるべく、自分も妻であるルシアと同じ身体になる事を望んだので、今でも存在していた。


「ところが私達はとんでもない思い違いをしていた。1周目の歴史で大流行しある意味進化を遂げるウイルス」

「………」

「2周目に於いてはナノマシンと共存する形で抗体があるから流行しない」

「そ、それって……」

「進化を止めたウイルス。2周目のサイガン様が創るAYAMEを載せるナノマシンのベースがなくなる。このまま歴史を進めたらどうなる事か」

「なっ…」

「最悪私やルシア姉さま……いや、貴方達がシチリアと呼称する島をベースにマーダが生んだアドノス島が誕生せず、私達共々消えてしまうかも知れないの」


 里菜の顔が夜の海の様に暗く沈む。昼間のLINEから里菜の様子がおかしかった原因だ。

 そして1周目からの過去の中に息づく者の宿命が、里菜達を形作っている事を唐突に理解した。


「ま、待ってくれ……その話、矛盾…いや違うな。所があるだろ?」

「あ、流石に気づいたね」


 俺の言葉で里菜の顔に少しだけ希望が灯る。


「進化したナノマシン、それは既に俺達この世に住む人間全てに存在する。そうだな?」

「そう、その通りなの。けれど……」

「最大の難関はその俺達が里菜達の言動を信じ、無条件で協力出来るか……って事だな……多分」


 俺はここで昼間のルシアさんの怒りを思い出す。せっかく1周目の人達が守って2周目を作ってくれたというのに、肝心な俺達がその力を悪用する。

 それがどうしても許せなかったんだ。


 俺は立ち上がり、窓から鹿児島の夜景を眺めた。


 1周目の皆が繋いでくれたこの世界。俺だってその意志を継ぎたい、でも……やれるのか?


 拳を血が滲む程に握りしめ、歯を食いしばる。正直怖い。


 ― その子の背負うモノは重い。共に背負う覚悟はあるか?


 突然聞こえてくる男性の心の声。会った事は勿論、聞いた事もない。でも間違いなくこの人が扉の先駆者、ローダに違いない。


 その声に呼応するかの如く、里菜が後ろから抱きしめてきた。驚きはしたがその優しさ、暖かさに俺の心に生命を作った海水の一滴ひとしずくが落ちるのを感じた。


「覚悟なんてない、俺はただこの女性ひとの力になりたいだけだっ!」

「ゆ、友紀っ!」


 里菜が抱きしめる腕に力を入れる。俺よりも小さな身体から溢れる包容力に涙が込み上げてきた。

 俺は里菜の腕をほどいて正面に向き合った。彼女も笑顔で号泣している。


「里菜、俺はローダさんやルシアさんの様に強くはなれないと思う」

「はいっ」

「だけどお前を想う気持ちは決して揺らがない。俺の魂にはいつもあの桜島が宿っているんだ。熱くたぎる想いだけなら、不死鳥にだって負けやしない」

「うんっ!」


 俺達は涙ながらに海の様な深い口づけを交わしてから互いを求め合った。


 ◇


 翌日、朝帰りした孝則ペアと俺達は、互いを大いに冷やかし合って沢山笑った。

 そして逢沢さんに俺と孝則にかけられた力を解いて貰う。彼女はひたすらに謝ってきた。

 彼女の能力は間違いなく私的なものだ。しかしこの先、もしかしたら彼女の力が有効に働く日が訪れないとも限らない。


 逢沢さんは正月に帰省する様だ。”今度は1人だよ”って意味深な事を孝則は言われたらしい。


 一方、里菜は此方も近々”1人”で鹿児島を訪れるつもりである事を別れ際に告げてきた。


 けれど俺は微笑みながら首を横に振る。


「空も海も繋がっている。だから俺達は何処にいても一緒だ。それに……」

「…?」

「本当に好きなら今度こそ俺が行く番だろ? ま、まあ来年の春が来たら……の話だけどな」

「うんっ、約束だよっ!」


 俺は来年の春、東京の桜を里菜と共に眺める姿に想いを馳せた。


 ― 友紀第2章『過去の先に見出す”もの”』 終 —

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友紀(ゆき)第2章『過去の先に見出す”もの”』 🗡🐺狼駄(ろうだ)@ともあき @Wolf_kk

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