第2問 HO:君は勇者だ(文章はその一文で終わっている……)

 魔王城の一階、カフェテラスでコーヒーにミルクと砂糖を入れて、一杯一息を入れる勇者と魔王。のんびりまったりとした空気が包み、闘争の空気は消え失せていた。

 その喧嘩の雰囲気が消えた事に不満を持つ、女拳闘士ビュティが口を開いていった。

「ちょっと、言いたいんだけど。こちらも倒しにくいのよね。コーヒーなんか出しちゃってさぁ……ッ」

 そんな空気をあまり居心地よく思っていない女拳闘士ビュティ。

 イライラと膝を立ててふくれっ面を手で支えて愚痴をこぼした。

「どうぞ、うちで採れた野菜のサンドウィッチごぶ」

 小柄な少年姿のゴブリンが現れて、どんぐり帽子にフリフリのピンクのエプロンを付けて、白いハムとチーズのサンドウィッチを皿と共に配った。

 ノラは配膳が終わるのを見届けると、ビュティの言うことに返答した。

「TRPGではよくあるのら『優しいゴブリン問題』っていうのら」

 そう言われて、魔導士がふと横で配膳するゴブリンを眺めて、白目になる。

「俺はもう何も言うまい」

 硬く独り言を言い、心でも誓う魔導士。

「あの……すみません、TRPGってなんですか? さっきから、全然話についていけなくて……」

 おどおどと先ほどまで、ずっと言いそびれたかのように魔王ノラに必死に話しかける白魔導士神官。


 ウィンクして、テーブルの下の本棚から、サッと大きく分厚い文庫本を出すノラ。

「よくぞ聞いてくれたのら! 君たちがやっている、冒険を話しながらダイスを使ったりして遊ぶのがTRPG……テーブルトークロールプレイングゲームなのら♪」


「君たちが勇者なら、きっと今までの大きな冒険をしてきたと思うのら。それを、リアルタイムで、アドリブを利かせたりしながら遊ぶ! それが醍醐味なのら♪」

 目を輝かせて、冒険者パーティに告げるノラ。

 しかし、勇者パーティの顔は暗い。

 それぞれが、いや……それが。実は……のような、独り言をこぼしている。


 発言の大きい勇者が口を大きく開けて、話を切り出した。

「勇者の武器や武具はもらったけど、記憶は現代知識だけなんだよな」

「え? ハンドアウトもらってないのら?」

「ハンドアウトってなんだ? 新しい呪文か?」

 ハンドアウト、という聞き覚えのない言葉に疑問符をつける勇者。

 ノラは、なるほど。と言って、説明を始めた。


「ハンドアウト。君たちの現代世界ではHOと呼ばれるもの。短い3~6行程度の文で、TRPGを始める前に勇者になった動機や、経験を書いて目的を示してくれたりする便利なキャラクターを演じる解説文なのら♪」


 それを聞くと、更に気まずそうに腕を組んで苦し気に勇者は言った。

「あー……たぶん、俺はそういうのは、女神ってやつから『あなたは勇者です』って言われて、終わった気がするなぁ……?」

 そう聞くと、はぁ……と、勇者パーティー全員がため息をついた。

 なにか、まだまだ自分たちの経験から、問題になるようなことが多そうであった。


「最近、勇者って異世界転生で多くてな。たくさん勇者居るんだけどさ、俺もその一人で……なんか、最近インスタント勇者が増えたせいで威厳もないんだよな」

 愚痴のように、勇者が語る。

「と、いうことは、設定がないのらね?」

「しっ、言っちゃだめよ。気にしてるんだから!」

 女拳闘士が落ち込む勇者を見て、ノラに人差し指を口に当てて止めに入った。


 そんな姿を見て、ノラはにっこりとほほ笑んだ。

「じゃあ、今からTRPGをして、勇者としての立派な動機を考えていくのら♪ 僕が君あった、大きな冒険を考えてあげるうな~♪」

 先ほどの魔王姿ではなく、猫の帽子をかぶり直してノラはそう言う。

「ほ、ほんとか!? 俺に、かっこいい動機が付くのか!?」

 涙ぐみながら、勇者はテーブルを叩いた。

 それは、喜びに満ちた歓喜の悲鳴であった。

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魔王城に乗り込んでみたらTRPG喫茶でした~優しい魔王軍問題~ 春野 一輝 @harukazu

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